トップへ

『腐女子、うっかりゲイに告る。』脚本家・三浦直之が目指す、新しいボーイ・ミーツ・ガールの物語

2019年06月08日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 NHK総合で毎週土曜23時30分から放送中のよるドラ第2弾『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』がいよいよ6月8日に最終回を迎える。浅原ナオトの『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』を原作とする本作は、ゲイをひた隠しに生きる18歳の高校生・純(金子大地)と腐女子の同級生・三浦紗枝(藤野涼子)の出会いを描く青春群像劇。単純なラベリングに抗う少年少女の瑞々しくも切実なメッセージで話題を呼んでいる。


参考:『腐女子、うっかりゲイに告る。』クイーンの楽曲が物語の要に フレディと重なる金子大地の苦悩


 今回リアルサウンド映画部では、本作の脚本執筆を務め、劇団ロロの主宰者として、カルチャーファンからも注目を集める三浦直之にインタビュー 。原作への思い、脚本執筆において重視したこと、そして演劇とドラマの違い、今後の展望についてまで話を聞いた。


ーー『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』の脚本執筆のオファーを受けた時の心境は?


三浦直之(以下、三浦):実はスケジュール上厳しい部分もあったのですが、原作をいただいて読んだらすごく感動したんです。ドラマの7話に当たる部分は、読んでいて涙が止まらなかった。これは自分もぜひ関わってみたいと思って引き受けました。


ーーある種デリケートな題材を含む内容かと思います。プレッシャーはありましたか?


三浦:かなりありました。僕自身は、セクシャルマイノリティーの当事者ではないですし、BLにも詳しくありません。そういう人間が本作の脚本を書くことで、当事者の方たちを傷つけたり、原作の世界観を壊したりしたら本当にいやだと思っていました。ただ、自分ではこの物語は絶対に書けないんです。そんな原作に自分が関わってみることで、今までとは違う言葉が書けるかもと思ったし、自分がこれまで演劇を続けてきたことで得たノウハウが少しでもドラマの力になれたらという気持ちでやりました。


ーー三浦さんのこれまでの活動で得たノウハウにおいて、本作に持ち込んだものとはなんでしょう?


三浦:家族や恋愛といったフレーミングされた関係性をどうしたら解放できるかということは、僕自身演劇のモチーフの1つとして常に考えています。そして、原作もそのモチーフを丁寧に扱っているから、自分が今まで書いてきたことにも繋がると思っていました。あと、『いつ高』シリーズという高校の青春モノの演劇をやってきたので、ドラマにおいて学生たちの会話のリズムを作る部分で力になれるのではと考えていました。


ーー脚本は、基本的には原作に忠実ながらも、三浦さんならではのオリジナルのストーリーやセリフも加わっています。どのように原作との距離を保ちましたか?


三浦:なるべく、自分の色を出さないようにしていました。謙遜とかではなく、このドラマを面白い! と言っていただけるのは、浅原さんとキャスト、スタッフのみなさんの力だと思っています。純くんの葛藤に、変な味付けを絶対にしないということも決めていました。ストーリーに関しては、小説は一人称ですが、ドラマになった場合はたくさんの人たちが出てきて、人称というモノが固定されないから、より群像劇に近くなる。だから、純くん以外のキャラクターに質感を加えることを意識して、原作とは違うエピソードを加えています。


ーーセリフに関してはいかがでしょう?


三浦:僕自身も、純くんや三浦さんと同じようにいろんなカルチャーが好きで、それに救われてきたから、三浦さんがBLを好きだということが純くんにとってポジティブに作用するといいなと思っていました。それでBLを実際に読んだり、腐女子についての本を読んでいる中で、数字を男性に置き換えたり、人物をカップリングする「妄想遊び」が紹介されていたんです。腐女子の方に取材させてもらった時も、そういう妄想を学生の頃からしていたという話を伺って、その想像力って素敵だなと思って。その素敵さを自分も少しでも描けたらなと思い、加えた部分もあります。


ーー当事者の方への取材を通して、改めて気づいたことはありますか?


三浦:本当に繊細な世界だと思いました。BLを愛する人たちの大切にしているルールがあることを知りました。僕も演劇とか漫画が好きだから、外部の人に変にその自分たちの大切にしているルールを脚色されたら腹が立つよな……と改めて悩みました。実際、傷つけてしまった人もいると思います。けれど、何かのカルチャーや物語を愛することが別の誰かを救っていたりする、そのことを描こうという気持ちも強くなりました。


ーー三浦さんが考える小説、演劇、ドラマそれぞれのフォーマットの違いとはなんでしょう?


三浦:小説は「書かれたことしか読めない」というのが原理としてあると思います。「ここにAがある」というのと「ここにBがある」というのを同時に読めない、このことが小説だと思うんです。でも、映像はそれを同時に表現することができる。小説と演劇の違いに関して言うと、小説は読みながら、森のシーンがあれば森が読者の頭に浮かんでくるじゃないですか? 演劇の時は、この想像力が2段階になっていて。観客は、舞台にある偽物の森をみて、さらにその上で本物の森を想像する。僕が演劇が好きな理由は、この「二重の想像力」です。


ーー演劇とドラマの違いに関してはどうですか?


三浦:ドラマは、カットを割ることができるのと、シーンを飛ばすことができるのが大きいですね。演劇だと、毎回暗転して転換して……というのは繰り返せないから。演劇の台本を書く時は長回しのイメージで書くんです。ドラマや映画のような映像作品だと省略の技術が重要になると思いますね。


ーー普段からドラマは観られますか?


三浦:高校まではかなりテレビっ子だったんですが、一時期ほどは観なくなりました。母親もテレビが好きで、三谷幸喜さん、宮藤官九郎さんや野沢尚さんのドラマのシナリオ本が家に置いてあり、それを読んだりもしていました。今でも、好きな脚本家である坂元裕二さんや、木皿泉さん、宮藤さん、野木亜紀子さんの作品は観たりします。


ーー数多くの演劇の脚本を手がけられてきましたが、ドラマの脚本執筆は難しいですか?


三浦:難しいですね。勝手が違うなと思います。ドラマってリライトが多いんですが、僕はリライトがすごく苦手な作業なんです。


ーー『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』の脚本執筆で大変だった作業は?


三浦:削る作業ですね。浅原さんの言葉ひとつひとつが、いろんなことを思いながら書いている言葉だから。ファーレンハイトと純のやり取りは原作より短くしなければいけなかったんですが、2人のやり取りは作品においても重要なので、削る作業は心苦しかったです。


ーー撮影現場にも足を運びましたか?


三浦:7話の学校での演説のシーンの撮影にお邪魔させていただいたんですが、現場の雰囲気がすごく良くて、こういう雰囲気が作れているということはきっといい作品なんだろうなと思いました。三浦紗枝の演説を聞いているみんなを撮影していたんですが、モニターで見ている時に、エキストラの人たちも含めてみんなそれぞれ多様な聞き方をしていることに気づいて。あの時は感動しました。


ーー劇団ロロのメンバーである望月綾乃さんと亀島一徳さんも、三浦紗枝のBL仲間である姐さんとその彼氏・隼人として出演しています。


三浦:僕はわざと細かく言葉の言い回しを不自然にするのをよくやるんですが、ロロのメンバーはそのことへの理解が早いから、台本を読むだけで想定しているテンポがすぐに分かるんです。望月さんはちょっとヲタクっぽいところがあるから、姐さんの役が合うんじゃないかなと思ったし、亀島くんは根はいい奴だけど、少し言葉をぶっきらぼうに出すギャップが役にハマるといいなと思って執筆しました。


 純くんを演じた金子大地さんは、新鮮でしたね。声が素敵だから、抑えたトーンで言葉をポツポツと語るだけで説得力が生まれる。金子さんがバッっと感情を爆発させると胸に迫るものもあるし。一方の三浦紗枝を演じた藤野涼子さんも「いい子」というのが雰囲気からにじみ出ていて、そんな2人の関係性もよかったです。


ーー三浦さんを通して、劇団ロロを知る方も多いかと思います。


三浦:理想としてはロロだけやって、メンバーみんなが食っていけたら一番いいんですけど難しいです。やっぱりロロをやっているときが一番楽しいですね。僕はロロが普段演劇を見ない人も見に来る場所になるといいなと思うし、そういう出会いを広げるためにいろんなお仕事をやらせていただくこともあります。


 ロロは大学の仲間で結成して、今年で10年になるんですけど、劇団という形でここまで続けているところってあまりなくて。プロデュースユニットみたいなものが増えて、昔みたいに「小劇場すごろく」がなくなった今、どうやって劇団という場所・コミュニティを再構築できるかが僕の今の一番の関心です。作品としては、『いつ高』シリーズという高校演劇に感動して始めた青春群像劇のシリーズ物とは別に、本公演では人が未知の物に出会って、新しいところに踏み出せたり、既存の家族や恋愛を超えたコミュニティが立ち上がることを考えながら作っています。6月22日からは新作本公演として『はなればなれたち』をやります。


ーー原作ありきの本作の脚本執筆の経験が、今後演劇の分野で活きることもあるんでしょうか?


三浦:自分じゃ書けない言葉を考えるという経験はありがたかったです。やっぱり自分一人の世界観だけでずっと続けていたら限界があるから、こういう機会はこれからも大事にしていきたいと改めて思いますね。


ーーより外部の人たちと作業をしたり、原作を基に執筆することも展望としてありますか?


三浦:そういうことをやってみたいという気持ちは強くなっています。僕は、暴力や悪をしっかり正面から書いてみたいといつも思っているんですが、どうしても書けないんですよね。そういう時に外側にあるものから始めていくことは考えますね。


ーー三浦さんが『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』を通して伝えたいメッセージはありますか?


三浦:「世界を簡単にしない」ということ。原作の通りですが、自分が脚本を書く時のアプローチにおいてもこれを実践しなくちゃいけないと考えて、全てのキャラクターに対して、「わかった」と思わないことを念頭に置きました。そのことが届いてくれれば嬉しいです。番組の掲示板で、共感の声を見ると、本当にこのドラマに関われて良かったと思います。(取材・文・写真=島田怜於)