■世界の美術館/博物館スタッフらが給与を公開。1800を超えるエントリが集まる
自分の給料をGoogleスプレッドシート上に開示して、同業者らとシェアしよう――。ある美術館スタッフらの呼びかけに世界各地の美術館、博物館職員が応え、運動が広まり始めている。
アメリカ現地時間の5月31日に公開された公開されたスプレッドシート「Art + All Museum Salary Transparency 2019」には、所属する機関の名前もしくは種類や規模をはじめ、所属部署や役職、国や地域、初任給と現在の給料、勤続年数、記入者のジェンダー、人種、雇用形態、福利厚生の有無などの欄が設けられている(どの項目も記入は任意)。
記入は匿名で行なうことができ、現在までに集まったエントリーは1800を超える。現在はシートに直接入力するのではなく、専用のフォームから投稿を受け付けている。
スプレッドシートには公開から24時間で350を超えるエントリーが集まったという。多くはアメリカだが、イギリス、フランスをはじめとするヨーロッパや、ブラジル、メキシコ、韓国、香港、インド、オーストラリアといった国々、都市の名前も。そのなかにはニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、テートギャラリー、オルセー美術館といった世界の著名美術館の職員も名を連ねる。
雇用形態は正社員の人もいればパートタイム勤務、インターンもおり、職種もキュレーターやプログラムディレクター、デザイナー、セールス、セキュリティーなど幅広い。フォームにはこの調査の主眼は「透明性と同僚意識」の精神から積極的に団結し、完全ではないがこの分野の見識をいくらか共有することにあると綴られている。
■発起人はアメリカの美術館キュレーターら。自身も非正規雇用で福利厚生を受けれず苦労した経験
「こんなにエントリーがあって驚いています」と語るのは、同僚たちと共にこのプロジェクトを始めたフィラデルフィア美術館のキュレーター、ミッチェル・ミラー・フィッシャーだ。
彼女のInstagramでは、過去に行なわれた類似のプロジェクトや、これまでのキャリアで得てきた給料を公開したキュレーターのキンバリー・ドリューのプレゼンテーションなどにインスピレーションを受け、仲間たちとこのプロジェクトをスタートさせたという経緯が綴られている。
フィッシャーはCINRA.NETの取材に対し、「私たちは、美術館において特定の役職や職務レベルでどれくらいの待遇が期待できるものなのかを理解するために、自分たちの給与をとてもオープンなやり方でシェアしました。もし多額の学生ローンを抱え、長時間労働を求められている人が多くいるのであれば、将来、美術業界で自分がどのような状況になるのかを知っておくことは重要だと思います」とプロジェクトの意図を明かした。
フィッシャー自身、かつて大規模な財力のある美術館に一時契約のスタッフとして勤務していた際、医療保険などの福利厚生を受けられなかったために、医療費を賄えず、契約期間中は病院に行かない、という選択肢しかとれなかった経験があるそうだ。公開されているスプレッドシートを見ても、福利厚生があると記入している人の多くは正社員だと回答している。
■「施設の規模や予算、都市の大小にかかわらず、この分野全体で一貫して賃金が低い」
このスプレッドシートは勤務形態、役職、人種、ジェンダー、施設の規模、立地などの様々な条件が異なる美術館/博物館職員の給与が集まった貴重なデータベースのようだが、誰でも匿名で記入できることから情報の信憑性は担保されていない。
フィッシャーと共に本プロジェクトに取り組む協力者のひとりは「データは匿名で投稿され、検証することはできないし、標準化もされていないので、ここから確かな結論を導くことはできません」と認めつつも、「この業界で働く者のひとりとして、人々の投稿や彼らが伝えるストーリーの中に真実を見ることができます」と話す。
さらに「確かに賃金格差はありますが、データ全体を見て、私が一番目を引きつけられたのは必ずしも格差ではありません。それは、施設の規模や予算、都市やそこでの生活費の大小にかかわらず、この分野全体で一貫して賃金が低いということです。このことは長期間にわたる賃金の停滞ということもであります。多くのエントリーが、5年、10年、15年間のキャリアを積んでさえも賃金があまり変わらないことを示しています」と続けた。
■「アートの世界で給料をもらう、ということはどういうことなのか」。オープンな議論の喚起を期待
同様に「本プロジェクトで完全なパイチャートを作れるとは思っていません」と述べるフィッシャーは、「同僚たちのコミュニティーの中で、アートの世界で給料をもらう、ということはどういうことなのかについて、率直でオープンな会話が起きるよう喚起できると良いと思っています」と期待を込める。
「財力のあるいくつかの美術館/博物館の館長を除いて、アートの世界で高額な給料を稼げるとは思っていないですし、それを望んでいるわけでもありません。でも誰もが生活できるだけの賃金や、可能であればキャリアの中での昇進、ヘルスケアや家族休暇などの妥当な福利厚生を手にするべきですし、無給インターンは無くなるべきだと思います」。
彼女はスプレッドシートの公開翌日に自身のInstagramを更新し、美術家や博物館の警備や清掃のスタッフ、フリーランサーも含む多くの職種の人々にシートへの記入を呼びかけると共に、このデータを整理して就職面接に活用したり、これをもとに友人や同僚と議論してみること、自分の視点で記事を書いて地元の記者や編集者に持ち込んでみることなどを推奨。さらにこのデータの活用法についてもアイデアをオープンに募っている。
またエントリー数の目標は設けていないようで、本プロジェクトにまつわるアップデートは今後もTwitterで共有されるとのこと。
先日、世界一の入場者数を誇るフランス・パリのルーヴル美術館で膨大な来場者数に対する人員不足を訴え、受付や警備の職員がストライキを起こして臨時休館になったことは日本でも報道された。ニューヨークのニューミュージアムでは今年始めに組織の透明性や新たな契約などを求めていた職員たちが投票を行ない、労働組合を結成することを決定した。組織や国を超えて同じ分野で働く人々から情報を集める「Art + Museum Transparency」も、組織に正当な対価や待遇を求めるアート業界の労働者の新たな一手となるだろうか。今後の動きも見守っていきたい。