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『インハンド』山下智久が訴えかける“生命への信頼” サイエンスものに収まらない人間ドラマに

2019年06月07日 06:11  リアルサウンド

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 山下智久が天才科学者を演じる金曜ドラマ『インハンド』(TBS系)。原因不明の疾患や集団感染に科学の力で立ち向かういわゆる「サイエンスもの」だが、奥行きのある人間ドラマが視聴者をひきつけている。


参考:『インハンド』要潤、知的さとユーモアを併せ持つ唯一無二の魅力 期待される山下智久との再共演


 山下演じる紐倉哲は天才寄生虫学者。というと世捨て人めいた「変人」のイメージが思い浮かぶが、右手がロボットハンドで、廃園になった植物園で研究に打ち込む異形の寄生虫学者を生き生きと演じている。紐倉とコンビを組む医師の高家春馬を濱田岳、2人に調査を依頼する内閣官房サイエンス・メディカル(SM)対策室のキャリア官僚・牧野巴を菜々緒が演じており、この3人が中心となって難事件を解決していく。


 なんといっても主演の山下智久の存在が大きい。俳優として20年以上のキャリアを持つ山下だが、近年は振れ幅の大きい演技で話題をさらってきた。『アルジャーノンに花束を』(2015年・TBS系)で6歳児の知能をもつ主人公、『5→9~私に恋したお坊さん~』(2015年・フジテレビ系)で東大卒のエリート僧侶に扮したことをはじめ、『ボク、運命の人です。』(2017年・日本テレビ系)では未来から来た謎の男を演じるなど、シリアスからラブコメまで、その臨機応変ぶりには圧倒される。『インハンド』の紐倉はクールさの中に時折りのぞく熱さのコントラストが印象的だが、エッジの効いた役柄を自然体で乗りこなしている。


 そんな山下を支える濱田岳や菜々緒とのかけ合いも見どころのひとつ。最先端の知を武器にする科学者(紐倉)と、命を救うことを使命とする医師(高家)、医療と社会の問題を取り扱うキャリア官僚(牧野)という組み合わせは問題解決のための理想的なトライアングルであり、原作者の工夫と意図を感じさせる。紐倉と高家の関係はさながらホームズとワトソンで、古典的なバディものを踏襲しているが、2人に絡む菜々緒の、悪女キャラとはひと味違う自然体の演技が新鮮だ。


 脚本を手がける吉田康弘は、なんばクリエイターファクトリー(NCF)出身。井筒和幸監督『パッチギ!』(2005年)の助監督などを務めたのち、⾃らも監督として映画『バースデーカード』(2016年)、ドラマ『プラージュ~訳ありばかりのシェアハウス~』(2017年・WOWOW)などの作品を送り出してきた。


 専門的な科学知識が事件解決のカギを握る各回のエピソードに通底するのは「命の重み」だ。第7話で描かれた、PID(原発性免疫不全症候群)で入院中の牧野の娘のために紐倉が治療法を探す、生きている命と生まれてくる命の両方の貴さを伝える一幕をはじめとする「命との向き合い方」は、吉田が脚本を担当した『コウノドリ(第2シリーズ)』(2017年)にも通じるものがある。また、親友を失った過去を背負って生きる紐倉の孤独は、消えない罪を抱えた『プラージュ』の登場人物たちの心情とも重なり合う。命を見つめ、感情のひだをすくい取る丁寧な筆致が『インハンド』を単なるサイエンスものではない感動的な作品にしている。


 また、第8話でテーマになったのは「遺伝か、環境か」という古典的な問いだった。遺伝を運命として「血はあらがえない」とあきらめるキガシマホールディングスの会長・園川務(柄本明)に、紐倉は「ナンセンス」だと一蹴する。実際には、遺伝と環境の両方が作用しているのだが、寄生虫と人間を平等にリスペクトする紐倉の視線の先には、生命の尊厳と可能性がある。


 物語は終盤に入りフューチャージーン社をめぐって展開することが予想される。紐倉のアメリカ時代の上司・福山(時任三郎)がCEOを務める同社は、最先端の遺伝子診断で業績を上げているが、命に対する2人の異なるスタンスがどのような結末を招くか注目したい。


 親友を失った記憶から右手の幻肢痛が消えない紐倉。しかし仲間への信頼を手放すことは決してない。「未来は僕らの手の中」という言葉には、それでも相手の手を握り返す、という生命への信頼が込められているのではないだろうか。(リアルサウンド編集部)