経団連の中西宏明会長が、文春オンラインの記事で「新卒一括採用には違和感がある」と発言し、ネットで話題になっていました。
記事では中西会長と、経営共創基盤の冨山和彦CEOが対談しており、「一括採用型、通年採用型、インターン採用型。就活は多様化の時代へ」といった見出しもついています。
「いつから何をする、という時期が固定されている」(中西会長)ことへの問題意識は、現場の感覚としても理解できます。しかし「就活は多様化の時代へ」と言われると、本当にそうだろうかと思ってしまいます。(人材研究所代表・曽和利光)
「多様化」はすでに多様すぎるほど進んでいる
ひと口に「日本は新卒一括採用」と言いますが、採用活動の現状はすでに複線化しています。3年生の夏のインターンぐらいから外資やベンチャーが採用活動を始め、大手もインターンシップやリクルーターなどの水面下活動をしています。
そして3年生の3月に就職ナビがオープンすると、大手が会社説明会やエントリーシートの受付などを始め、表面的な見せ方はいろいろですが、なし崩し的に選考をしはじめます。
6月の「選考」解禁が、実質は「内定」(正式には「内々定」)解禁となり、6月1日からどんどん内定(内々定)が出ます。そして、10月に内定解禁で晴れて「正式内定」を対外的にも発表できるという流れです。
一方、中小企業などの採用力の弱い企業は、早期の外資・ベンチャー、遅い日系大手に挟まれて、なすすべもなく右往左往している状況です。日系大手が終わるまでは労多くして益少ない活動を続け、ようやく残りの短い期間で急いで採用をしているのが現状です。
要は、大学3年生の夏から4年生終盤にまだ渡って、のべつまくなしにいろいろな企業が入れ替わりながら採用活動を続けているのです。
「僕は外資だ」「私は日系大手」と決めている人なら、ある時期だけの就職活動で終わりますが、そうでない「いろいろ見てみたい」という大多数の学生は長期間に渡って就職活動をせざるを得ません。多様化は、すでに多様すぎるほど進んでいるのです。
学生は「複線化」「長期化」の煽りを受けている
多様化がもたらす長期化は、ゼミを休んだり部活に支障が出たりと学生生活を阻害することになります。結果だけ見れば、大学が怒るのは無理もありません。大学は就職のためだけにあるわけではなく、学ぶことが本分なのですから。
なぜこのような「複線化」「長期化」が進んでいるのかというと、逆説的にも見えますが、大学側が「企業の就職活動の時期を遅く制限せよ!」と訴え、経団連加盟企業を中心とする大手がこれに従っているからなのです。
外資やベンチャーの行動を大学が制限することは、法律でも作らない限り不可能で現実的ではないでしょう。つまり「時期制限」は、日系大手「のみ」遅く採用活動を始めることにつながり、結果的に「複線化」「長期化」につながるのです。
切ないのは、本来大学が庇護すべきである学生は、「就職活動が一斉に行われること」を望んでいるということです。今のように長期に渡ってバラバラに採用活動が行われているから、長い間辛い就職活動を続けなければならないのです。
オワハラが問題になってきた理由も、就職活動の「複線化」「長期化」のせいです。就職活動の時期が分かれるから、初期に内定を出した企業が必死に「就職活動を終えてくれないか」と懇願することになるのです。
以前のように一斉に就職活動ができるようになれば、外資コンサルティングとベンチャーと総合商社に、同時に興味を持っている学生は、全部一気に受けることができ、比較検討することによって、最も自分に適した企業を選ぶことができるでしょう。その方がいいに決まっています。
採用活動の「時期制限」を撤廃すれば短期化する理由
いろいろ煽りを食らう中小企業も、外資・大手・ベンチャーなどの人気企業に一斉に就職活動をやってもらい、早く彼らの就職・採用活動が終わって欲しいと思っています。
人気企業に入れる学生は全体の2割ぐらいで、8割の学生は人気企業の採用が終わっても残っています。ただ、学生も中小企業が知らないし分からないので、ミスマッチをなくそうとすれば、ここには少々時間がかかります。
中小企業の情報はネットで調べても少なく、実際に行って話を聞くしかありません。現状では、遅い日系大手終了後の短い期間でマッチングをさせられているわけですが、人気企業が早く終われば、中小企業の就職・採用活動はじっくりゆったり行うことが可能です。
私の結論は、「時期制限」などという逆効果の施策は完全にやめてしまい、企業の採用活動を自由化すれば、最初は多少の試行錯誤や混乱はあるでしょうが、最終的には短期化し、上述のような様々な問題が一斉に解決されるのではないか、ということです。
自由化すれば無制限に早期化するという人もいますが、「大学1年から内定を出す!」と言っていた企業の採用がうまくいった例を私はあまり知りません。大学生も1年生の時に内定をもらっても、もらうのはタダですからありがたく頂戴するかもしれませんが、それで自分の人生を決めるわけがありません。
ものには適切な時期というものがあり、就職という自分の人生を決めるのは、卒業が見えてくる大学時代の後半戦でしょう。ですから、そんなに心配しなくても超早期化はしないと思います(それに挑戦する無謀な企業は出てくるでしょうが)。
おそらく、すでに自主的に自由化を宣言して活動している今の外資・ベンチャーの採用スケジュールに落ち着くでしょう。そこに日系大手が合わせるというだけになるのではないでしょうか。
既卒や卒業時期のずれる人も心配いらない
留学生や既卒、卒業時期のずれる人などに影響が、という人もいますが、これもこの少子化を背景とし、長く続くと想定される「人手不足時代」「採用難時代」においては杞憂であると思います。
そもそも、新卒の求人倍率は2倍近くあり、そもそもどんなスケジュールで就職・採用活動が行われようとも、物理的に企業の採用目標は充足しません。となれば、留学生や既卒、卒業時期のずれる人、さらにはフリーターや高齢者、主婦、外国人……と自然に採用対象は広がっていきますし、すでに広がっています。
就職時期が一斉化すれば、その時期は学校が開店休業になるのではないかという心配もあるでしょう。しかし、これも今の外資やベンチャーを見れば、夏期休暇、年末年始、春休みが主戦場ですし、8割の学生がちゃんと学校に出ていると言われる現状では、学業に支障をきたすような採用活動をしている企業は優秀層が受験しなくなるでしょう。
実際、企業側は「いかに学生に負荷をかけない採用手法を実施するか」が大事なポイントになってきており、「エントリーシートの廃止」「適性検査の簡易化(WEBテストやテストセンターの利用等)」などが進んでいます。
さらには「会社説明会の動画化」「ビデオ通話によるリモート面接」「録画面接」など、ITを使った負荷をかけない採用手法がたくさん出現しています。一斉採用になれば、うまく負荷をかけない会社か超人気企業しか、学生は受けてくれなくなります。
以上のように、変な心配をせずに「時期制限の解除」=「自由化」すれば、日系大手も中小企業も、大学も学生も、結局はみんな幸せになれるのではないでしょうか。
【筆者プロフィール】曽和利光
組織人事コンサルタント。京都大学教育学部教育心理学科卒。リクルート人事部ゼネラルマネジャーを経てライフネット生命、オープンハウスと一貫として人事畑を進み、2011年に株式会社人材研究所を設立。近著に『人事と採用のセオリー』(ソシム)、『コミュ障のための面接戦略』(星海社新書)。
■株式会社人材研究所ウェブサイト
http://jinzai-kenkyusho.co.jp/