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再審制度の課題が浮き彫りに…「布川事件」国賠訴訟、画期的判決に隠れた問題点

2019年06月02日 10:11  弁護士ドットコム

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茨城県で大工の男性が殺害された「布川事件」(1967年)をめぐり、冤罪被害者の桜井昌司さん(72)が起こしていた訴訟で、東京地裁(市原義孝裁判長)は5月27日、国と茨城県の責任を認め、桜井さんに約7600万円を支払うように命じた。


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特徴的なのは、検察の「証拠隠し」に言及したことだ。判決は、二審で弁護人が開示を求めた「捜査報告書」や「供述調書」について、検察が開示を拒んだことを違法とし、開示されていれば、二審で無罪が出ていた蓋然性が高かったとした。



冤罪事件の「再審」に取り組む鴨志田祐美弁護士は、この判決について「証拠開示義務をうたったという点では、エポックメイキング」と評価。一方で「再審の部分になると、急に腰が引けている」とも指摘する。





桜井さんは無実の罪で29年間自由を奪われた。再審無罪判決の確定は事件から40年以上たってから。「袴田事件」の袴田巌さんのように、気の遠くなるような時間と労力をかけても、なお無罪確定まで遠いのが再審の現実だ。



判決から、再審をめぐる課題を見ていきたい。



●証拠開示義務を認めたことは意義深い

今回の判決は、検察官の手持ち証拠について、「裁判の結果に影響を及ぼす可能性が明白であるもの」は、法廷に出す義務があると判示している。



加えて、明白であるとまでは言えないものでも、被告人側から具体的に特定しての証拠開示の申立てがあれば、開示をしない合理的な理由がない場合には、証拠開示義務があるとした。



しかし、布川事件の二審があったのは1970年代前半。現代の刑事裁判にどれだけ影響するのだろうか。



「判決で問題視されている証拠は、現在なら当然開示されているものです。今は『こんなの出して当然でしょう』という状況があるからこそ、当時は法律がなかったとしても『出すべきだったよね』と言いやすいんですよ」(鴨志田弁護士)





裁判(通常審)の証拠開示については改善が進んでいる。裁判員裁判の導入に先立ち、2005年から一部の重大事件などで「公判前整理手続」が導入された。裁判を迅速に進めるため、あらかじめ事件の争点や証拠を整理する仕組みだ。



この中で、証拠開示(類型証拠、主張関連証拠)の充実も図られている。2016年には、同手続の中で証拠一覧表の交付制度も始まった。



ただ、制度の対象にならない事件も多く、対象になっても本当にすべての証拠が開示されている保証はない。その点で検察官の証拠開示義務に触れた今回の判決の意義は大きい。



●再審での証拠不開示については踏み込まず

一方で鴨志田弁護士が問題視するのは、判決が「再審」をめぐる証拠開示義務に踏み込まなかったという点だ。





布川事件で桜井さんらは仮釈放後の2001年、裁判のやり直しを求めて再審請求した。鴨志田弁護士は次のように解説する。



「再審開始には『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』が必要です。再審事件では往々にして、通常審段階で検察官が開示しなかった被告人に有利な証拠、いわば『古い新証拠』が再審開始の決め手となります」



だが、桜井さんの再審請求審では、検察がまたしても証拠開示に非協力的だった。



今回の判決は、通常審での証拠開示義務に触れた一方で、検察官が再審請求審で証拠開示に応じなかったことについては、「違法があったとまでは認められない」としている。



理由は法律にある。刑事裁判の手続きを定めた「刑事訴訟法」には、再審請求について証拠開示の規定がない。



それゆえ、今回の判決も再審請求に関しては「検察官が証拠開示請求に協力すべき職務上の法的義務を負っているとまでは解し難い」と判断した。



通常審の進め方は「当事者主義」といって、主導権は当事者(被告人側と検察)にある。一方、再審請求の手続きは「職権主義」で、主導権は裁判所にあるという訴訟構造だ。



だから検察官は、あくまで「裁判所に言われたら協力する」という立場。言い換えれば、裁判所が積極的に開示を求めなければ、再審請求審で検察側からの新証拠は出て来づらい。





●通常審と再審で差をつける必要はあるのか?

判決では、被告人は「刑事裁判の結果に最も強い利害関係を有する者」だから、証拠を閲覧する権利があるとしている。



また、刑事裁判における人権保障をうたった「刑訴法1条」や検察官の役割を示した「検察庁法4条」を引き、検察官は「公益の代表者として、事案の真相を明らかにする職責を負っている」とも述べている。



しかし、裁判を受ける当事者が「結果に最も強い利害関係を有する」ことも、検察官が「公益の代表者」であることも、再審請求審になったからといって変わるわけではない。



「再審請求に主役として関与しているのは、他ならぬ請求人。条文がないことや訴訟構造の違いを理由として、再審請求のときは証拠開示が検察官の義務とまでは言えないというのは、矛盾していると思います」



そもそも、証拠不開示が問題になるのは、有罪判決によって自由を奪われたときだ。布川事件では事件発生から29年間も自由を奪われた。今回の判決で無罪判決が出た可能性が高いとされた二審判決からに限っても23年間だ。





検察官に証拠開示義務があるとしても、その検証はリアルタイムにはできない。それなのに、再審請求審では開示義務がないとなれば、そもそも再審無罪になるのが困難で、今回のような訴訟にはなかなかたどり着けない。時間だってかかるだろう。



「判決で、被告人が証拠開示に一番関係がある者だと言うのであれば、再審段階でも一緒で、そこに差を設ける必要は何もなかったですよねと、声を大にして言いたい」



鴨志田弁護士は、証拠開示についての規定を設けるなど、再審についての法改正を求める活動もしている。



部会長を務める日弁連の「再審における証拠開示に関する特別部会」で今年5月、山下貴司法相らに宛てた法制化を求める意見書を発表したばかりだ。



●繰り返しの抗告も「正当な職務上の行為」

鴨志田弁護士がもう1つ問題視していることがある。布川事件で裁判所が出した再審開始決定を不服として、検察側が抗告したことを「正当な職務上の行為」と判示している点だ。



「布川事件は、再審開始決定に検察が2回抗告しています。日本の再審の歴史を紐解いたとき、開始方向の決定が2つ続けて出たのに、最高裁に特別抗告したのは布川事件が初めてなんですよ」





鴨志田弁護士は、鹿児島県で男性が殺害されたとされる「大崎事件」(1979年)で、殺人罪などに問われ、懲役10年が確定し服役した原口アヤ子さん(91)の再審請求に携わっている。



「布川事件では、桜井さんも(共犯とされた)杉山卓男さん(2015年に死去)も再審請求のときに元気だったから、抗告を重ねる問題性があまり指摘されませんでした。その悪しき前例が大崎事件にも波及しています」



大崎事件は2002年に再審開始決定が出たが、検察が即時抗告し、2004年に取り消し(最高裁で確定)。2017、18年にも開始決定が出たが、検察が抗告を続け、現在最高裁で審理されている。開始決定に対し、3度の抗告は過去もっとも多い。





「抗告そのものだけでなく、抗告審で検察がやっていることもひどい」と鴨志田弁護士は語る。



大崎事件では、特別抗告から約10カ月がたった今年1月、検察側が最高裁に意見書を提出した。添付された法医学者の鑑定書は昨年8月付。「5カ月間も何をやっていたんでしょうか」。意見書の内容にも、「論点の蒸し返し」と批判する。



原口さんは6月15日で92歳。再審開始が認められても、無罪を得るにはその後の再審を戦い抜かなければならない。鴨志田弁護士には、検察が「時間稼ぎ」をしているように映る。



「抗告が『正当な職務上の行為』というのは、私からすれば、現実を知らないとしか言いようがありません」



原口さんの無罪を勝ち取った暁には、抗告の問題についても国賠訴訟を検討したいという。



●再審請求の質、どう見極めるか? 

ただ、再審のハードルが下がれば、確定した判決は何だったのかということにもなる。



「確定しているものをおいそれと動かせば、『法的安定性』が失われると検察側は主張します。しかし、きちんとした手続きを踏んで、慎重な判断をするからこそ『確定力』が付いてくるわけで、ちゃんと証拠を出し、適正手続を守ってから言ってほしいですね」



とはいえ、実際の再審請求の中には「箸にも棒にもかからない」ようなものも紛れているはずだ。再審開始のハードルが下がれば、再審請求の濫発があるかもしれない。再審請求の適切さをどうやって見極めたら良いのだろうか。



この点について鴨志田弁護士は「再審請求手続きがクローズドになっている法のたてつけに問題があると思います」と指摘する。



「再審請求は進行協議といって、裁判所の小部屋の中で法曹三者(裁判官、検察官、弁護士)がやりとりをする中で進んでいます。だから、一般の人からはどういう再審事件なのか、裁判所の訴訟指揮が適切なのか、検察官の活動がどうなっているのかが分からない」



実際に無罪かどうかを判断するのは再審だが、無罪が濃厚でなければ、再審開始決定は出ない。



「裁判公開の原則のもと、一般傍聴を認めているからこそ、法廷で変なことはできない。ですが、再審公判は公開ではあるものの、それを先取りして事実上、有罪か無罪かを決めている再審請求審は非公開になっている。ここが問題だと思います」



公開になれば、再審請求の理由が国民の目にも明らかになり、冤罪性があるのかどうかもはっきりとするということだ。



刑事裁判の格言にこんなものがある。「十人の真犯人を逃すとも、一人の無辜を罰するなかれ」ーー。冤罪被害者の自由や名誉を1日でも早く回復するためにも、制度の改善を議論していく必要がある。




【取材協力弁護士】
鴨志田 祐美(かもしだ・ゆみ)弁護士
神奈川県横浜市出身。会社員、主婦、母親、予備校講師を経て、2002年、40歳で司法試験合格。2004年弁護士登録(鹿児島県弁護士会)。
大崎事件再審弁護団事務局長、日本弁護士連合会「再審における証拠開示に関する特別部会」部会長
事務所名:弁護士法人えがりて法律事務所
事務所URL:http://egalite-lo.jp/