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日本のハードコアが世界で認められていることを実感ーーISHIYAのアメリカ西海岸ツアー記

2019年06月01日 18:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 筆者のバンドDEATH SIDEで、2019年4月25から4月28日まで、アメリカ西海岸ロサンゼルス(以下、LA)とオークランドに行ってきた。LA、オークランド共にDEATH SIDEがメインアクトをつとめるショーとなったが、オークランドは『Manic Relapse Fest』というD.I.Yフェスで、3日間に渡りオークランドの様々な会場で世界中からパンク、ハードコアパンクバンドが集まるフェスとなった。


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■ロサンゼルス


 ライブ当日に到着というタイトなスケジュールになったLAのライブだが、ベースのYOUとギターのORIが乗る飛行機の到着時間が変更となり、ライブスタート時間あたりにやっとメンバーが揃うというかなり厳しい状況となった。


 先にホテルに到着していた他の3人だったが、YOUとORIはホテルに到着するとすぐに支度をしなくてはならず、ホテルで一度も座ることなく会場入りする。アメリカの場合入国の関係で楽器を持っていけないために、現地で借りる手はずを整えてはいたが、出演1時間ほど前にようやく会場で楽器を手に入れることができた。サウンドチェックをする時間などもちろんない。すぐに弦を張り替えてどんな楽器なのかを確認し、楽器が手に馴染む間も無くライブを行うという強行スケジュールだ。


 対バンには、オーストラリアのENZYMEや地元LAで毎回対バンしているZOLOAのほかにもEXIT ORDERなど素晴らしいバンドが出ていたにも関わらず、ほとんどライブを観ることができなかった。会場内には少ししか居られなかったが、旧知の友人もたくさん集まっていた。大きな会場であったが多くの観客が会場内に少し入っただけで「DEATH SIDE楽しみにしてるぞ」などと声をかけてくれ、観客の期待がひしひしと伝わってくる。


 慌ただしい中ライブがスタートすると、広い会場のためかいつものLAのようなグチャグチャな盛り上がりではなかったが、観客席ではサークルモッシュもできあがり今までに感じたことのないLAのライブとなった。筆者やベースのYOUは、何度もアメリカでのライブを経験しているので慣れたものだが、ライブ中機材トラブルはあったものの、あの慌ただしさの中でベストを尽くしたメンバーは素晴らしいと感じられるライブだった。個人的には時差ボケも感じることができないほどの慌ただしさが、逆に集中力を増す要因となり、満足いくライブとなった。


 ライブ終了後は流石に疲れていたのでホテルに戻ったが、初日のライブが終わった興奮や、慌ただしいライブの感想、次のオークランドのフェスに向けての話などで結局朝方に就寝することとなった。翌日はオークランドへ向けての移動日なのでライブがない。ほぼ眠らずに車での移動となったが、車で熟睡し3日間に渡るフェスに備えることができた。


■オークランド Manic Relapse Fest


 カリフォルニア州オークランドはサンフランシスコの隣町で、筆者が初めてアメリカに訪れた際に一晩中銃声が鳴り響くなど、かなり危険な街として強烈に印象に残った街である。しかし到着してみると、1軒のホテルがほとんどパンクスで貸切り状態になっていて、メイン会場まで徒歩ですぐという素晴らしい立地だったためにかなり安心した。


 今回で7回目の開催となる『Manic Relapse Fest』だが、メイン会場は約1000人規模で大小2つのステージがあり、昼間にレコードショップで行うショーや写真展、アートギャラリーでのショーなどがあるほかにも、野外のスケートボードランプのある場所で行うショーや、普通のライブハウスで行うショーなど、3日間昼から夜まで楽しめるフェスだった。


 DEATH SIDEのほかにも日本からHAT TRICKERS、RADIOACTIVE、ATTACK SSなども出演し、旧知の友人のバンドであるオーストラリアのENZYMEや韓国のSCUMRAID、フィンランドのPyhät Nuket、アメリカツアーを2度一緒にまわったLONG KNIFEなどが出演するほかにも、The MobやMOB47といった80’sハードコアレジェンドも出演するなど、40バンド以上が出演するかなり大きな規模のフェスになっていた。


 初日に会場へ行ってみるとかなりの観客で埋め尽くされている。D.I.Yシーンのフェスのため、観客席にはハードコアパンク、クラストなどの姿が多く見られた。フェス2日目の昼間の野外ショーは、サウンドチェックがあるために行けなかったのだが、ものすごい雰囲気になっていたようだ。客席にあるゴミ箱には火がつけられ、バンドの演奏中には発煙筒が焚かれる中観客とバンドがもみくちゃになるという、かなりカオスでありながらもこれぞPUNKといったライブだったとのこと。


 出演した日本のRADIOACTIVEに話を聞いてみると、少し恐怖感を覚えるほどのライブで「怪我がなくてよかった」とホッとした様子だった。RADIOACTIVEでヘルプのボーカルをつとめた初アメリカ体験のヨーカイによると「アメリカはPUNKが過ぎる!」というほど、かなり凄まじいショーだったようである。ENZYMEのギターYEAPからも「ISHIYAは気にいるライブだと思うぞ。次は出た方がいい」と言われるなど、見逃したことを後悔する凄まじいライブになっていたようだ。


 フェス2日目は土曜日で、メイン会場でのライブはこの日の夜で終了となる。チケットもソールドアウトのようで、世界中のパンクバンドが集まるアメリカのフェスで、日本のバンドが大トリという光栄に応えなければならない。


 小さいステージで演奏した韓国のSCUMRAIDの凄まじさや、オーストラリアのENZYMEの素晴らしさもさることながら、メインステージでDEATH SIDEの前に登場したThe Mobの名曲「NO DOVES FRY HEAR」では落涙するほど感動してしまった。


 こんなレジェンドと対バンできるだけでも幸せなのだが、DEATH SIDEとして日本のハードコアパンクを世界に伝えなくてはならない。DEATH SIDEがライブをする目的は、自分の想いを伝えたり目立つことではなく、2007年に永眠したギタリストCHELSEAの想いを感じてもらうことの一点に尽きる。


 ステージで演奏が始まる直前にギタリストの弁慶とORIにその想いを伝え、超満員の会場のメインステージに上がった。観客席に対峙した瞬間、全ての想いが解き放たれ5人の音が重厚に絡み合い、演奏していてこれほど高揚感が得られるものなのかと感動するほど満足いくステージができたように思う。CHELSEAが楽曲に込めた想いが完全に伝わった感触もあった。


 書ききれないことばかりの5日間だったが、ここまで大きなフェスにこれだけ多くの日本のバンドが出演している事実を見ても、日本のハードコアは世界に認められていることがわかるだろう。


 そんな中世界中でDEATH SIDEを求めてくれている観客の多さにはいつも驚かされる。CHELSEAが世界に認められていることが、DEATH SIDEにとって何よりも嬉しく感激することだ。いつとは言わないが、現在のDEATH SIDEにも終わりがくることは決まっている。その間にCHELSEAの魂を感じてもらえるように、この5人で全力を尽くしていく。機会があれば是非CHELSEAの魂に触れてほしい。


 最後にLAとオークランドのショーをオーガナイズしてくれたChristianに心からの感謝を送ります。本当にありがとう。それではまたどこかのライブで。(ISHIYA)