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【ネタバレあり】『エンドゲーム』に残された謎 アベンジャーズの作戦を科学的視点から読み解く

2019年06月01日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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※本記事は『アベンジャーズ/エンドゲーム』及び過去MCU作品のネタバレを含みます。


 世界中で大ヒットを記録し、まだまだ成績を伸ばし続けている『アベンジャーズ/エンドゲーム』。シリーズ最大といえるスペクタクルや、集大成となる名シーンが存在する本作だが、そのあたりに圧倒されて、物語のなかでアベンジャーズの突破口となった、あの時間を超えた作戦の理屈がよく分からないままだったり、そもそも破綻なく成立しているのか? という疑問が渦巻いている観客は少なくないのではないだろうか。


 ここでは、そんな本作が描いたヒーローたちの作戦の内容に迫り、一度鑑賞しただけでは理解しづらい、時間移動や、タイムパラドックスについての謎を解き明かしていきたい。


■鍵となるのは極小の“量子世界”
 なぜアベンジャーズが時間を遡らなければならなかったのか。それは、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』のストーリー上で起こった出来事が原因となっている。アベンジャーズと敵対する、これまでで最強のスーパー・ヴィラン(悪役)であるサノスが、宇宙を意のままに操ることすらできるという、強大な力を持った6つのインフィニティ・ストーンを得て、指を鳴らすことで発動させてしまった大虐殺、“The Decimation(ザ・デシメーション)”である。これによって、ヒーローたちを含めて宇宙の半分の生命が消滅してしまったのだ。さらにまずいことに、サノスはストーンを破壊することで、状況を修復することができないようにしてしまった。


 足掛け11年作られてきたマーベル・スタジオのヒーロー映画シリーズが一つの区切りを迎える直前で起こった惨劇。さすがにここまでの被害を描き、このまま幕を下ろしてしまっては、ヒーロー映画としても、娯楽映画としても成立し得ないだろう。唯一、本作『エンドゲーム』のなかで、消滅した生命を復活させる展開を描くことしか、もはや選択肢はない。そこで、ヒーローに時間を遡らせるという展開が必要となってくる。


 アベンジャーズに光明を与えたのは、ミクロのヒーロー、アントマンことスコット・ラングだった。彼は、『アントマン&ワスプ』のなかで、極小の量子の世界に飛び込んでいる最中に、装置を操作していたピム博士らが運悪く“ザ・デシメーション”で消滅してしまったことで、量子世界のなかに閉じ込められてしまっていた。それから5年……たまたまネズミが偶然に装置に触れることで機械が作動し、ラングは奇跡的に元のサンフランシスコへと帰還することができた。だが奇妙なことに、彼の感覚では量子世界に閉じ込められていた時間は、たったの5時間程度に過ぎなかったのだという。これはある意味、“時間移動”ではないのか。彼は、自分が体験した量子の世界は、普段われわれが生活している世界とは時間の法則が異なることを、その身をもって実感したのだ。


 “ザ・デシメーション”による悲劇があったということを理解したラングは、生き残ったアベンジャーズに合流し、量子世界の法則を利用することで過去に遡り、過去を改変することで、すでに起こった悲劇を回避できないかと提案する。


■トニー・スタークによる世紀の大発見
 量子世界がわれわれの世界の物理法則と異なる現象を見せるというのは、実際に研究者によって観測されてきた事実である。かつてアインシュタインは、重力が空間や時間を歪ませているという物理法則を見出して「相対性理論」 を完成させた。それは、これまで世界の仕組みがどうなっているのかを秩序立てて説明することに成功した「ニュートン力学」よりも、天体の運動など広い範囲に適用できるという点で、それを凌駕することになった発見であった。とはいえ、そんな「相対性理論」ですら、極小の量子の世界を説明しようとすると齟齬が生じてしまうのである。


 アインシュタインをはじめ、多くの物理学者たちが、ミクロやマクロの世界全ての物理現象を、1つの秩序立った法則によって説明し得るような「統一理論」の完成を目指してきた。しかし、それは未だに道半ばだ。「自分の専門じゃない」と言いつつ協力した、ハルクことブルース・バナーによる、時間を行き来する実験においても、やみくもな方法のせいで、量子世界のタイムトンネルを移動させられたラングは、その度に幼児になったり老人になったりと、悪夢的な現象を体験することになってしまう。量子世界の物理法則が解明されていない以上、それを利用して時間を移動するような行為は、もし可能だとしても危険きわまりないことになってしまうのだ。


 アベンジャーズが試行錯誤を重ねている間、アイアンマンことトニー・スタークも独自に研究を進めていた。そして、表が裏になり、裏が表にもなる「メビウスの輪」のCGモデルが示すように、過去から現在、現在から過去へと、一方通行ではない、秩序立った時間の流れを、量子世界の法則として発見することに成功したのだ。そう、トニー・スタークは、学問の分野においてもヒーローとなっていたのである。もちろん、あくまで物語のなかの話だが。


■「時間の輪」と「祖父殺しのパラドックス」
 そんな量子世界の法則を利用した本作の時間移動は、時間を遡る物語を描いてきたハリウッド映画のなかで、先進的な部類に入る。本作では、『ある日どこかで』(1980年)や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)など、時間移動を題材にした、よく知られている映画の名を挙げる。しかし、それらと今回の時間移動は異なることが言及されることで、スコット・ラングは、「名作映画が間違っていたなんて……」と、動揺を隠せなくなってしまう。


 『ある日どこかで』のどこに矛盾があるのだろうか。この作品には、重要なアイテムとして懐中時計が登場する。主人公は老婦人から懐中時計を受け取り、過去にタイムワープをして、それをまた、ある女性に手渡す。その時計が、時代を経てまた主人公に手渡されるのだ。では、この時計はもともと誰が持っていたのだろうか。起点を失ってしまった時計は、現在と過去をぐるぐると永遠に回り続けることになる。このような矛盾をはらんだ現象は、“時間の輪”とも呼ばれる。


 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では、主人公のマーティが過去に行ったことで、若き日の母親がマーティに恋をしてしまうというトラブルが発生してしまう。このままでは母親と父親が結ばれず、マーティは“生まれないこと”になってしまう。それを証明するように、両親の関係が悪くなると、マーティは消えかけてしまうことになる。


 しかし、ここにも矛盾がある。もしそれでマーティの存在が消えてしまうのだったら、未来からやってきて両親の関係を壊してしまったマーティもまた最初から存在しなかったことになるはずではないか。つまり、マーティは絶対に両親の関係を壊すことはできなくなってしまう。これは、「祖父殺しのパラドックス」と呼ばれている矛盾だ。これら時間移動におけるいろいろな矛盾というのは、“過去を遡ることなど不可能だ”ということを証明する証拠であるとされてきた。


 本作においても、インフィニティ・ストーンを集めに未来から来たアベンジャーズが、少なからず過去に影響を与えてしまっている。キャプテン・アメリカが悪の組織から仲間だと思われることになったり、ロキは収監されず逃げ出してしまっているのだ。このままでは未来が変化し、未来のアベンジャーズが同じメンバーで同じように未来からやってくるということ自体が怪しくなってくる。つまり、「祖父殺しのパラドックス」に似た矛盾が発生してしまうことになる。


■時間の流れは一つではない?
 そこで画期的だったのは、ブルース・バナーが説明したように、時間旅行者が現在から過去に移動しようとしたとしても、そこは時間旅行者にとっての未来になる、という考え方だ。時間というものが、現在、過去、未来が順序よく繋がっている、1本の流れでしかないと考えるから、矛盾が生まれることになるのである。


 メビウスの輪のように、量子世界では時間は現在にも過去にも進むことができる構造になっているため、進んでいく限り、旅行者にとってそこは常に現在となる。この考え方でいくと、例えば、Aという人間が時を越えて過去に戻ったことで自分の祖父を死なせてしまったとする。そうするとAは生まれないことになってしまうが、祖父を死なせてしまったAにとって、それは現在の時間にあたる出来事なので、A自身は消滅からは免れることになる。実際に本作で、ある登場人物が過去の自分を殺害するという場面があるが、確かに殺した自分が消滅することはなかった。


 さて、なぜそんなことがあり得るのか。それは、時間がただ1本の川のように流れているのではなく、複数の流れが存在していると考えれば、説明がつく。


■「シュレーディンガーの猫」と「多世界解釈」
 1900年代、量子力学を確立したニールス・ボーアらは、量子の世界において、ある2通りの結果が表れる実験を行ったときに、その結果を観測者が確認する瞬間までは、2通りの結果が「重なった状態」であるとした「コペンハーゲン解釈」を提唱した。これは、われわれの世界の物理法則をもとに考えるとよく分からないかもしれないが、量子の世界は確かにこのような挙動を示すのだ。この不思議さこそ、量子の世界が不思議な物理法則を持っていることを示している。


 だがこの考え方を、荒唐無稽なものとして批判したのが、物理学者エルヴィン・シュレーディンガーである。彼は、自身が量子力学の成立に尽力してきた1人でもあったが、この説の矛盾を指摘するため、もしも量子世界の実験の結果によって、毒ガスを発生させる装置を作って、それを外から観測できない箱の中に入れ、さらにその中に猫を入れたなら、観測者が結果を確かめるまで、猫は生き残る場合と死んだ場合、そのどちらもが重ね合わされたような、不自然な状態になってしまうと指摘した。“猫が死んだ状態と生きた状態の半々になる……?”そんなことはあり得ないのだと主張したのだ。これが、「シュレーディンガーの猫」と呼ばれる思考実験である。


 「シュレーディンガーの猫」が持つ矛盾を解消するため、ヒュー・エヴェレット3世が提唱したのが、「多世界解釈」という考え方である。猫が死んだ結果と生きているという結果は、世界ごと分岐して存在するというのだ。この考え方を採用すれば、猫は重ね合わされた不自然な状態ではなくなることになる。


 つまり、Aが過去を訪れて、誤ってAの祖父を死なせてしまったとして、そこでは確かに“Aが生まれなかった世界”が発生してしまうが、“Aが生まれていた世界”もまた、依然として存在し続けているため、祖父を死なせてしまったAは消滅しないのだ。「多世界解釈」を採用することで、「時間の輪」や「祖父殺しのパラドックス」が、時間移動を否定する材料ではなくなるのである。だから、本作の冒頭で殺されたサノスと、終盤でアベンジャーズと雌雄を決したサノスは、別の時間の流れにある、別のサノスだということになる。


■分岐していく世界たち
 そんな分岐における負の部分について、ブルース・バナーと、『ドクター・ストレンジ』の登場人物であるエンシェント・ワンが、本作のなかで議論する場面がある。バナーは、エンシェント・ワンの持つ、インフィニティ・ストーンの1つであるタイムストーンを渡してほしいと頼み込むが、彼女は首を縦に振らない。なぜなら、エンシェント・ワンは未来を予知する能力を備えており、この後に強大な敵と戦うことになるドクター・ストレンジにタイムストーンが必要になることを知っていたからだ。


 だからタイムストーンがなくなってしまえば、そこから新しい世界が枝分かれして、絶望的な世界が新しく生まれてしまうことになる。インフィニティ・ストーンを手に入れたアベンジャーズの世界にとって、未来は明るいものとなるが、その代償として、絶望の世界を誕生させてしまって、そっちは自分たちの世界じゃないから別にいいやというのでは無責任だろう。だからバナーは、再び過去を訪れタイムストーンを返却することを約束する。アベンジャーズには、適切な時代、適切な場所にそれぞれのインフィニティ・ストーンを返すことで、別の未来を発生させることを最低限に抑える倫理的な義務があるのだ。


 その任務を引き受けたのはキャプテン・アメリカだった。彼はサノスとの決戦の後、様々な時代と場所にインフィニティ・ストーンを返却しに旅立つ。そして、その任務を終えて、ヒーローとして役割ではない、1人の男スティーブ・ロジャースとして自分の人生を生き直す決断をすることになる。


 彼は自分の人生を納得するまで生き抜いた後、もう一度姿を現すことになる。本作の監督ルッソ兄弟は、メディアでのインタビューにおいて、ロジャースは最後にアベンジャーズに合流するため、もう一度ワープを行ったということを示唆している。なぜそれが必要だったのか。それは、本作のラストカットを見れば理解できるだろう。ロジャースは、1人の女性と生きるために過去を改変し、分岐した新しい世界を作り出していたのだ。


 しかし、大勢の命を取り戻すためとはいえ、時間の流れをいくつも生み出してしまったことへの影響はないのだろうか。次に公開される『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』の予告編では、ニック・フューリーが、「あの戦いで別の次元の扉が開いた」と語っている場面がある。このややこしい時間の流れの問題は、まだマーベルのヒーロー映画のなかで継続していくのかもしれない。


■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。