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働き方改革逃れ? 雇用からフリーランスへの切り替え、「働かせ放題」になる危険性

2019年06月01日 09:11  弁護士ドットコム

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2000年代に入り「フリーランスで働く」という生き方がさまざまなメディアで喧伝され、多様な働き方が注目されている。以前から、フリーランスのライターは目立った存在だったが、最近はエンジニアや美容業界にもその流れは広がっている。


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都内在住、30代後半の男性Aさんもそんなひとりだ。大学卒業後、一度は正社員として就職するも、30代前半で退社。次に選んだのはフリーランスエンジニアという道だ。Aさんは、とある企業と業務委託契約を結び、フリーランスのエンジニアとして働き始めたが、最初に報酬が支払われたのは3カ月後。その間、会社員時代の貯金を切り崩し、なんとか生活することができたという。会社員であれば月に一度賃金が支払われるが、3カ月後の報酬の支払いに問題はないのだろうか。(ライター・本多カツヒロ)



●労働の実態があり、労働者と認められれば労基法が適用

「フリーランスの方の多くはAさん同様、業務委託契約や請負契約を結びますが、これらは労働契約ではありません。ですから、労働法が適用されず、業務委託料や報酬の支払い時期は契約次第になります。極端な例で言えば、納品から半年後に支払うということでも法律上は問題ありません」と話すのは、労働法に詳しい竹花元弁護士。



Aさんは、業務委託だったが出退勤の時間や作業をする場所も決められており、会社員となんら変わらない働き方をしていた。



「業務委託契約や請負契約であるか労働契約であるかは、契約書に書かれた名称ではなく、実態によって判断されます。フリーランスで、取り交わした契約書の表題が『業務委託契約』や『請負契約』であっても、労働の実態があれば、労働基準法の定める労働者に該当しますし、労働基準法以外の労働法も適用されます。労働者であれば月に1回以上の賃金の支払いが法律で決められています」(同弁護士)



労働法とは、労働基準法や労働契約法、最低賃金法、労働者災害補償保険法、男女雇用機会均等法などの総称。労働基準法9条では「この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と定められている。



労働基準法で定められている労働者とは、厚生労働省のホームページの「労働者性について」が参考になる。ここでは労働基準法の労働者の判断基準として「使用従属性に関する判断基準」と「労働者性の判断を補強する要素」に大きくわけられている。



「労働者性については多くの裁判所の先例があります。厚労省の整理はそれら裁判例も踏まえた一般的なものといえます。



まず、『使用従属性に関する判断基準』には、指揮監督下の労働が示されています。具体的には仕事の依頼や指示に対する諾否の自由、業務遂行上細かな指揮監督を受けるか否か、出退勤の時間や仕事をする場所が指定されているなどの時間的・場所的拘束性、そして代替性という要素から判断されます。



代替性とは、仕事の指示があった場合、労働者であれば基本的には労働者自らが行うことが求められますが、業務委託の場合は特段の定めをしなければ最終的な成果物さえ完成すれば委託された人以外へ再委託することが可能と考えられています。



同じく『使用従属性に関する判断基準』では、報酬の労務対償性についても言及されています。これは、労働の本質とは成果物に対する報酬ではなく、拘束時間に対する報酬であることを意味し、支払いが日ごとや時間ごとに対する報酬であれば労働者性が高まります。



次に、『労働者性の判断を補強する要素』には、事業者性の有無、専属性の程度が考慮されます。



事業性の有無は、機械、器具の負担関係等で構成されています。機械、器具の負担関係とは、業務で使用する機器(パソコン、文房具、機械など)を会社が負担すると労働者性が高まるとされています。



また、労働者は労働契約を結んでいる以上、労働時間中は契約を結んでいる仕事に専念することが求められます。これを専属性の程度として示しています。



ただ、あくまで重要なのは1番目の『使用従属性に関する判断基準』であり、2番目の『労働者性の判断を補強する要素』は、労働者性を判断するにあたり補助的な位置づけと考えられています」(同弁護士)



●美容や飲食など長時間労働が多い業界で切り替えの流れ

実際に、業務委託契約をしていた人が、労働者か否かとして争った裁判は数多くあるという。



「エンジニアやライターもフリーランスは多いが、実はトラックドライバーも多いのです。自己所有のトラックで、会社と請負契約を結び仕事を請ける形が典型です。私が以前関わったのは、トラックドライバーが会社との『業務委託契約』を終了した後、実態は労働者であったとして、その会社にある労働者向けの退職金規程に基づき退職金を請求した訴訟です。



このドライバーの場合、出退勤の管理がされ、仕事を断る自由も実際にはなかったことなどから、第一審では労働者性が認められる判決が出され、最終的には控訴審で退職金を支払う前提の和解をしました。Aさんの場合も、話を聞く限り、労働者として認められる可能性はあります」(同弁護士)



Aさんはエンジニアで、上記の例はトラックドライバーだが、エステやヘアサロンなどの美容業界、飲食業界といった長時間労働が多い業界では、いま業務委託契約や請負契約に切り替えようという流れがあるという。



「そういった業界からの相談を受けることがあります。背景には、時間外労働の上限規制が、大企業では今年の4月から始まっており、中小企業でも来年の4月から適用されることが挙げられます。『業務委託契約にすれば、労働者として認められないため、労働基準法が適用されず、企業側は働かせ放題だ』という誤解があるようです。しかし、実際には、業務委託契約書を取り交わしても、実態が労働であれば、労基法をはじめとする労働法が適用されます」(同弁護士)



●業務内容、報酬額、報酬の発生要件などの確認を

働き方改革の一環として始まった時間外労働の上限規制。施行以前は、時間外労働について、残業時間は大臣告示で原則として月に45時間と定められていたが、法律上の制限ではなかった。新しく始まった時間外労働の上限規制では、残業時間の上限が月に45時間、年に360時間と法律上制限される。ただし、臨時的な特別な事情がある場合、12カ月のうち6カ月間は45時間(最大で月100時間未満)を超えることができるが、複数月の平均が80時間を下回らなければならない。



業務委託契約は、企業側にとっては、残業時間の上限規制を免れることができる他にも、残業代を支払わなくてよい、業務中の怪我や病気(労災)に対する責任を追わない、最低賃金法が適用されない、契約の終了(労働契約の場合は『解雇』)が容易などの点がメリットに映るようだ。



「ただし、このような相談を受けても、契約の名称を切り替えるだけで働き方の実態が変わらなければ、労働契約であることに変わりはありません。トラブルになれば、時間外労働の上限規制に違反している場合もあるでしょうし、残業代が請求されることもあります(今後、残業代の消滅時効期間が5年に延長される可能性が高く、企業に与えるインパクトはより大きくなります)。また、拘束時間に比して安い対価であれば最低賃金法違反になりますし、契約の終了が解雇と評価されることもあります。



そのような場合には、労働審判や訴訟に発展したり、労働基準法違反や最低賃金法違反等で労基署の調査や是正指導が行われることもあるでしょう。もし、ヘアサロンで業務委託契約に切り替えるならば、スタイリストを指名した顧客がいたら、スタイリストに受けられるかを確認し、受けられるときには顧客の来店時にはお店にいてもらい、顧客一人ひとりのカットに対して報酬額を設定する、というくらい徹底しなければ難しいと思われます」(同弁護士)



それでも時間や場所に拘束されず、フリーランスで働きたいというという方へ竹花弁護士は以下のように述べる。



「特に個人の方は契約書を取り交わすことが大切です。トラブルが起こった場合、口約束だけでは権利の立証が困難です。そして、署名・押印をする前に契約書の内容をしっかりと確認してください。業務内容、報酬額、報酬の発生要件、時間的・場所的拘束性の有無などのポイントをしっかりと確認しましょう。また、他の会社とは仕事をしてはいけなかったり、契約解除をする際に違約金が発生すると契約書に書かれているケースもあります。不安な点があれば、すぐに契約せずに、専門家に相談した方がよいでしょう」




【取材協力弁護士】
竹花 元(たけはな・はじめ)弁護士
法律事務所アルシエンのパートナー。労働法関連の事案を企業側・個人側を問わず扱い、交渉・訴訟・労働審判・団体交渉の経験多数。人事労務や会社法務の経験を生かして、M&Aの法務デューデリジェンスも行う。上場企業からベンチャー企業まで、多くの業種・規模の企業で法律顧問を務める。労働法に関する書籍を18冊執筆。
事務所名:法律事務所アルシエン
事務所URL:http://www.alcien.jp