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藤野涼子の「好き」に心を撃ち抜かれる 『腐女子、うっかりゲイに告る。』の“尊さ”の象徴に

2019年06月01日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 「ああ、好きだなあ」としみじみ思うドラマがある。NHKよるドラ『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』である。『女子的生活』(NHK総合)、『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)、そして金曜深夜に放送中の『きのう何食べた?』(テレビ東京系)と、LGBTを題材に扱うドラマは昨今多く、さらにはどれも傑作揃いであるが、これもまた、そのどれにも引けをとらず、異彩を放つ傑作青春ドラマだと言えるだろう。


 NHKの挑戦的深夜ドラマ第2弾は、「腐女子」「ゲイ」というインパクトの強いフレーズをタイトルにぶち込んだ。さらには、主人公・純(金子大地)のネット上の友人役に声優・小野賢章、主人公の恋人役・谷原章介のセクシーな声と佇まいがもたらすサービスショットを何度も投入することで、ヒロイン・紗枝(藤野涼子)がそうであるところのいわゆる「腐女子受け」を狙う部分を指摘しなかったら嘘になる。


 しかしそういう風にカテゴライズされることから懸命に抗うような純と紗枝の切実な恋愛模様が、浅原ナオトの原作、三浦直之による脚本と盆子原誠らによる演出の妙、そして演じる俳優たちの真摯で瑞々しい表現によって丁寧に作られている。それによって多くの視聴者が、「性的マイノリティの話」と型にはめて物語を見つめるのではなく、かつて経験したことのある恋のリリカルな煌きと傷み、あるいは世間の「普通」に自分を当てはめなければならないことに対する苦痛と葛藤を思い出さずにはいられない。大ヒット映画『ボヘミアン・ラプソディ』に併走するかのように、彼らの物語にQueenの名曲が絶妙にリンクし、共鳴する。


 これは、「普通」に憧れる、「非日常」を生きる男の子・純と、 「非日常」に憧れる「普通」の女の子・紗枝の恋の話だ。ただし、彼の生きる「非日常」と彼女の思う「非日常(ファンタジー)」は大きく乖離している。また、紗枝にとって今まで感じたことがないくらい特別な恋は、彼にとっての「普通の人生」を手に入れるための手段でしかなかった。このどうしようもなく切ないすれ違いは、「僕はちゃんと三浦さんが好き。ただ、どうしても勃ってくれないだけなんだ」という、小さいようで大きい、同性愛者と異性愛者間の恋が困難な理由をどこまでも突き詰めた痛切な台詞を胸に、5話において純が教室のベランダから飛び降りることによって、一旦、悲劇的な終幕を迎える。


 だが、純の苦しみは、そんなに簡単に終わりはしない。名曲「Bohemian Rhapsody」で華々しいクライマックスを迎えたかのように見えた純の物語は、身体の痛みと、今まで隠してきたことを母親に知られるという精神的苦痛を伴って再び始まる。それでも、生きることは苦痛ばかりではない。先週放送の6話で描かれたのは、本当の意味で相手を理解しようと歩み寄り、自然と同じ思いを共有することで互いの日常と非日常を懸命にすり合わせる純と紗枝2人の姿であり、それは純にとっても、この何事にも不寛容な世界を生きる我々にとっても、強烈な救いだった。


 このドラマにおいて、何より“尊い”のは、藤野涼子演じる三浦紗枝だろう。映画『ソロモンの偽証』や『ひよっこ』(NHK総合)でおなじみ、真面目そうなイメージが強かった藤野の、シュシュでまとめたポニーテール姿がびっくりするほど愛くるしい。そして、「好き」という真っ直ぐな思いから発せられる台詞の数々に何度撃ち抜かれてきたか。


「好きなものを好きだと言える時間が一番好き」「丁寧に挨拶し合えて、そこに親愛が宿っているのが、恋人」「たどたどしく踊ろうとする瞬間、超幸せ」「同じ速度で同じものを見つめられるって最高だね」。


 「見えている世界から別の世界を想像してあげる」ことが得意な彼女は、一見ありふれた日常を掬い上げ、そこに幸せを見出す。彼女は、好きな人と一緒にいることができる幸せを全身で感じ、表現することができる人だ。それによって、純が憧れるところの「普通」の日常は、たちまちキラキラと光を浴びて輝き始める。それを観ている視聴者もまた、恋というもののあまりの美しさに驚嘆するのである。


 彼女は強い。6話において、純の自殺未遂という事実を前に落ち込む紗枝と、純の幼なじみ・亮平(小越勇輝)は、純と亮平の思い出の場所である公園に行く。「安藤君のこと、何も知らなかった」と言う彼女は、どんなに親密になっても彼らの思い出の中に入って行動を共にすることはできない。1人で苦しんでいた過去の純に、時間を巻き戻して寄り添うことはできないのだ。それでも彼女は、少しでも彼に近づこうと、純が好きなQueenの曲をイヤホンで聞きながら、1人ブランコに佇む過去の彼の隣に座る。キャメラが一度紗枝を見つめる亮平の視線に寄り添うと、そこには現実の、無人のブランコに寄り添う紗枝という切ない光景が広がっている。だが、次の瞬間、意を決したようにイヤホンを外した紗枝の耳、さらには視聴者の耳にも、まるでこれまでの純の気持ちをそのまま代弁するかのような「Somebody To Love」が鳴り響いている。懸命に寄り添う者に、世界は微笑むのである。


 彼女は無敵だ。彼女なら、指で拵えたピストルで、あらゆる壁を取っ払い、簡単に乗り越えることができるのではないか。


「The Show must go on.」


 バーの彼女(サラ・オレイン)が言ったように、降りることのできないショーは始まってしまった。体育館のステージ上に駆け上がる彼らを、見逃すわけにはいかない。(藤原奈緒)