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米津玄師、ボカロ曲初投稿から10年 ハチ楽曲に見るクリエイティブの原点

2019年05月31日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 5月20日にTwitterで、「今日はハチとしてボカロ曲作り始めてからちょうど10年らしいです。もうそんな経ったのか。早いもんですね。これからもよろしく。」とツイートした米津玄師。今年1月、ドラマ『アンナチュラル』(TBS系)の主題歌だった「Lemon」(2018年3月リリース)が、日本レコード協会にて“史上最速”の200万DL認定を達成(参考:Musicman-net)。その他にも様々な記録を更新して音楽史を塗り替えていることは、米津にとっても予想の範疇を飛び越えた出来事だろう。しかし振り返って見ると、ハチとしてニコニコ動画で活動していた当時から、米津はボカロPとして現在と同じようにシーンに大きな影響を与えてきたように思う。


参考:米津玄師、「Flamingo」に見る身体表現における芸術性 辻本知彦が絶賛するダンスセンスに迫る


 2009年にボカロP・ハチとして、ニコニコ動画などの動画サイトで、ボカロ楽曲制作を始めた米津は、2010年に現実逃避P(wowaka)、DECO*27と並び、シーンを席巻するうちのひとりとなった。ハチとしての最初の投稿作品は、2009年5月20日の「お姫様は電子音で眠る」。不意な沈黙やセリフのパートを入れる曲構成、物語性の高い歌詞など、後に同曲に対して視聴者が様々な考察をあげているように楽曲への誘引力がすでに凄まじい。


 幼少期から漫画家志望でもあったハチは、2作目の「Persona Alice」以降、自身によるイラストでMVを手がけるようになる。彼の手がけるMVが、当時流行していたほかのボカロPのMVと異なっていたのは、イントロ、間奏、アウトロといった節目となる部分に、歌詞にはない文章を書くこと。そうすることでMVは、まるで読み進めるほどに腑に落ちていく一冊の本のようになっていたのだ。


 内容も一貫して、おとぎ話の性質が強いのが、ハチの楽曲の特徴と言える。なかでも、ハチの楽曲に登場する主人公は、孤独でありながらも、他者との出会いを通して、温かい気持ちを持つようになる少女であることが多い。また、人物のほか、猫などの動物名を歌詞に入れる、あるいは、MVに挿し込むことで、楽曲全体が温かみのあるものになっている。サウンド面も典型的なバウンドサウンドではなく、あえてマーチングバンド要素の強いサウンドを主体とすることも、よりおとぎ話のイメージを強くさせる。


 そのほか2009年7月6日に投稿した「結ンデ開イテ羅刹ト骸」のように、ハチが徳島出身であることーー徳島の伝統芸能である阿波踊りーーを彷彿とさせるサウンドメイクを施した楽曲もあれば、「マトリョシカ」(2010年)、「パンダヒーロー」(2011年)、「ドーナツホール」(2013年)に見られる、滑稽味と疾走感をあわせてもった楽曲もある。特にこの3曲は多くの歌い手の注目を集め、歌い手シーンでは欠かせないボカロ曲として、支持されていくようになった。


 さらにハチ楽曲の歌詞には、〈ラビマ ラビマ〉(「お姫様は電子音で眠る」)、〈ロ ド ロ ド ランランラ〉(「clock lock works」)などのミステリアスなカタカナ語が登場する。米津玄師として昨年発表した「フラミンゴ」でも自由度の高い歌詞センスを見せていたが、そんな型にハマらない自由な感覚はボーカロイドのフィールドで育まれたものとも言える。


 こうして、ハチの作品を遡ると、米津玄師として作る楽曲のいずれにもハチとして作る楽曲のサウンド、歌詞の余韻があり、根本的なものは現在も活き続けていることに気付かされる。しかし、変わったことがひとつあるとすれば、米津が“自分を肯定する楽曲を作るようになったこと”だ。2016年9月28日にリリースした「LOSER」で〈深く転がる俺は負け犬〉と歌っていた米津が、2017年11月1日にリリースした4thアルバム『BOOTLEG』収録曲の「Nighthawks」では、「自分が中高校生くらいのときに心の大半を占めていた、自分に対してどうしたらいいかわからない焦燥感や不安や怒りを思い出しながら作った曲」としながらも、〈あまりに綺麗だと恐ろしいから汚れているくらいがいい/ああ/それくらいでいい/僕らの願う未来/〉〈終わらないよ僕たちは/歪なまま生きていける/
あのカーブの向こうへ/手の鳴る方へ〉と最終的に自分を肯定する姿勢を垣間見せている(参考:ナタリー 米津玄師インタビュー)。


 さらに、菅田将暉への提供曲「まちがいさがし」でも〈まちがいさがしの間違いの方に/生まれてきたような気でいたけど/まちがいさがしの正解の方じゃ/きっと出会えなかったと思う〉と表現したことは、他者へ託した楽曲とはいえ大きな変化を感じることができる。


 主にハチとして活動していた頃の米津は、自分を肯定することができなかったように感じる。しかし、最近では「Lemon」の爆発的ヒットに顕著だが、ここ数年での彼を取り囲む環境の劇的な変化が、自己肯定をできるようなったひとつの要因なのかもしれない。過去の自分自身を切り離すことなく、常に進化と変化を見せる米津。先日、最新曲「海の幽霊」をYouTubeで公開し大きな反響を呼んでいるが、彼がこれから展開する音楽の行方を見届けていきたい。(小町 碧音)