2019年05月26日 10:31 弁護士ドットコム
マンションの12階から飛び降り自殺を図ったけれど、奇跡的に死ななかった女性、モカさん(33歳)。彼女のすさまじい半生をつづった『12階から飛び降りて一度死んだ私が伝えたいこと』(光文社新書/モカ/高野真吾)がこの春、出版された。
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東京の3人兄弟の長男として生まれたモカさんはトランスジェンダー。
幼少のころから「女の子になりたい」と漠然と思っていた。自身が、トランスジェンダーであることに気づいたのは、15歳のころ。ドラマ『3年B組金八先生』で「性同一性障害」の生徒役を演じた上戸彩さんを見たことがきっかけだったという。
モカさんは高校にほとんど行かず、LGBTの人たちが集まる東京・新宿2丁目に入り浸るようになる。その後、女装バー店員やホステス、デザイナーを経て、起業。24歳のとき、タイで性別適合手術を受けた。新宿歌舞伎町では、経済的な成功をおさめつつ、夢だった漫画家にもなった。
ところが、29歳のとき、数年間苦しんだ双極性障害(躁うつ病)で、マンションの12階から飛び降り自殺を図ってしまう。奇跡的に助かり、ある意味で「第2の人生」を歩んでいるモカさん。現在は、経営する女装バーで、無料の「お悩み相談」をおこなっている。
これまで600人を超える悩みと向き合ってきたモカさんに生き方のヒントを聞いた。(ニュース編集部・山下真史)
――高校にほとんど行かず、新宿2丁目に入り浸ったというエピソードが気になりました。きっかけは、何があったのでしょうか?
もともと、したくないことはしたくない性格なんです。当時は、勉強がしたくなかったんですよ。
――高校時代に、自由にやりたいことをやるというのは、ある意味で、うらやましい気がします。
自由な生き方というと、聞こえはいいかもしれませんが、リスクはありますよ。何でも「自己責任」と言われたりするし、自分を守ってくれるものがなかったりします。逆に、ルールでがんじがらめの生き方は、やらないといけないことが決められていますが、それなりに保障されています。
だから私は、自由か否か、どちらかの生き方じゃなくて、自分はどのくらい自由で、どの程度ルールを守るところにいたいのか、ということを決めています。たとえば、罪をおかしたら、警察に捕まえられてしまうでしょう。私のスタンスは「最低限、法律は守りつつ、自由で生きていこう」というものです。
高校に行かず、好きなことをして、会社をつくって、自由に生きてきましたが、もしうまくいってなかったら、今ごろは仕事に就けていないかもしれません。性別も自由に変えてしまったけれど、子どもはつくれません。どう生きていけばいいか、というモデルもありません。
そういう意味では、いろいろ苦労しましたよ。また、男性と付き合ったら、どこかのタイミングで、「自分は元男性で、子どもが産めない」と伝えないといけない。普通なら、理解されることでも、理解してもらえないことが多い。そういう覚悟を持っての自由です。一長一短だと思いますよ。
――自分の人生を選択してきた中で「生きづらい」と感じたことはないですか?
全然なかったですね。私の人生では、「好きなことをすべき」という考えが一貫してあります。小学校や中学校は、ふつうに通っていました。でも、そのときに勉強したことよりも、新宿2丁目の大人たちから学んだことのほうが、今でも活かされています。好きなことは、生涯につながっていくんですね。
――(記者が)高校生のとき学校に行かなかったら、親や先生に叱られていたと思います。行く手をさえぎる壁のようなものはなかったですか?
うーん。わたしは、それを壁とは思わないですね。たとえば、性別を変えたときも、親から反対されましたよ。「やめなさい」って。でも、「あなたの人生じゃない」と思ったんです。私が、女になって不幸になったら、後ろめたさを感じるかもしれないけれど、親の言う通りに生きて、うまくいかなかったら、親を恨むことになってしまう。だったら、自分で選択したいと思ったんです。自分の選択なら、納得しやすいから。
――(記者は)人のせいにしてしまうことが少なくありません。
人のせいにできるというのは、悪いことではないと思います。自由というのは、周りの人を振り回す可能性があります。だから、自分のことについても、他人のことについても、ものすごく責任があります。
――モカさんはどうして飛び降りたんですか?
よく、トランスジェンダーの人が悩んで自殺を図ったんだと間違われますが、全然違うんですよ。23歳で性転換して、性別のことは気にしなくなったんです。見た目が女性になって、生活に溶け込んだからです。子どももほしいとは思わないので。最初からわかっていたことなので。
飛び降りたのは、躁うつ病だったということもありますが、要するに、絶望したんです。私には友だちがいたし、コミュニティもあったけれど、理想を追い求めすぎていたんですね。夢だった漫画家になって、好きなことで生きられたら、幸せになれるだろうって。
それで、漫画家になるチャンスがやってきて、それに集中するために、友だちとの付き合いも疎遠にしてしまった。何週間もずっと一人で家にいるような状況でした。孤独でしたね。そして、漫画を描きあげたあと、自分が思っていた理想通りにならないんだとわかって、絶望しました。だから、「死にたい」という人の気持ちはよくわかりますよ。
――自由に生きて、漫画家になる夢も叶えたけれど、理想の生活じゃなかった、ということですか?
そうですね。
――今から考えて、「こうやっておけばうまくいったのに」という気持ちはありますか?
うーん、先のことをあまり考えていなかったんです。達成すれば、きっと何か変わるだろうと思っていたんです。それなのに「完璧な幸せ」を求めすぎていたように思います。この世にそんなものは存在しないのに。ある意味で、情熱的だったからだと思います。今でもそういう生き方は嫌いではありません。漫画の主人公みたいで、かっこいいじゃないですか。
――人生に後悔はない?
そうですね。後悔は何もないですよ。あのときこっちを選んでおけば、ということは。過去の自分なら、こうする、ということは決まってることなんですよ。だから、後悔しないし、後悔したところで何にもならない。
仕事にしろ、恋愛にしろ、次に進めないので、逆に「いい経験だったな」「失敗してよかったじゃん」と考えたほうがいい。どっちみち、失敗を経験しないとうまくいかないから。ガンガンいろいろなことに挑戦して、次に進んでいったほうがいいです。
――モカさんは「完璧主義者」だった?
以前は、生きる意味を考えすぎたり、正義を突き詰めたり。世の中で、ひどいことがおこなわれていることが許せなかったり、怒りを抑えきれなかったり、不道徳なことも嫌気がさしたりしていました。お金持ちの人がさらにお金を得られる仕組みだったり、それでお金を持っていない人が苦しんだりとか。ずるいことしたり、嘘ついたり。
犯罪を肯定するわけではありませんが、たとえば海外では、盗みをしないと生きていけない地域もあるでしょう。美しいこともひどいこともあるのが、この世界です。そう考えると、自分の目線・価値観だけで見てはいけない、ということですよね。ただ、人身売買のようなひどいことは、本当になくなってほしいと思っています。
――そういう問題を解決したい?
そうですね。でも、そういう力がまだありません。だから、お悩み相談で、目の前の人の話を聞いていきたいと思っています。
――お悩み相談はどういう人が多い?
年齢も性別も悩みもバラバラです。相談内容はだいたい恋愛、仕事、病気、将来に関するものです。たまに、女子高生が「生きている意味がわからない」(生きる意味がない)という哲学的な悩みを相談してくることもありますよ。
――生きる意味に関する相談には、どう答えていますか?
簡単に答えられる人はいないと思いますよ。逆に質問したいくらいです。
むしろ生きている意味はないかもしれない。宇宙はものすごく広くて、その中に銀河があって、その中に太陽系があって、地球がある。しかも、地球の長い歴史の中で、人間はほんの小さな存在です。その人がどんな偉業をなし遂げようが、地球を破壊しようが、宇宙全体にとって何一つ問題ない、ともいえます。
だから、「生きる意味がわからない」「生きる意味がない」という相談には、「主観的に『幸せだと』思える時間が多い生涯を終えてから死ぬのがいいんじゃないか」と答えています。そして、「人のことを幸せにすることが自分の幸せだ、と思えるようになったらいい」と。
私利私欲のために生きるのは、やっぱり長く続かないですから。犯罪も含めて、したいことだけしても、あとで無理矢理にやめさせられちゃう。長く幸せでいるために、みんなから信頼されることが必要になってきます。そのためには、人のために生きる。
人のため生きることは、自分のメリットでしかありません。すべてのことにいえると思います。商品を売ることも、作品を世の中に出すことも、記事を書くことも、人のためにしていけばいいと思います。
――たとえば、他者から信頼を得ることが難しい人もいるのではないでしょうか。そのことが苦痛になっているのでは?
人に信頼されることも、スポーツをするのも、仕事の業務をこなすのも、テレビゲームをするのも、難しいと感じる人はいます。たとえば、ゲームもかならず攻略方法やコツがあります。その情報だけでクリアしやすくなります。
人の信頼を得るという話だったとしたら、まず、「需要と供給の一致なんだよ」という話からはじめます。「自分があげたいものを人にあげることは、相手にとっては必要ないものかもしれない。その場合、人のためになっていないよ」「だから、まずは人のことをよく見て、その人がどういう性格で、何を求めているか、というところから探るんだよ」と教える。
たとえば、お店で会った人とのコミュニケーションのとり方がわからなければ、まずは「こんにちは」と声をかける。次に会ったときは「また会いましたね」でいい。コミュニケーションは質問だから、自分の中で質問を用意しておく。「よく来るんですか?」「何で知ったんですか?」「家は遠いんですか?」と聞く。
相手との共通点が見つかったら、そこを深掘りしていく。そして、その場所に通うこと。そのうちに、その人が困ることがあるはず。そのときに、自分ができることをしてあげるんです。
――そもそもコミュニティ(共同体)に入れない人もいます。
そうですね。コミュニティに入れていない人たちは、本当の孤独なので、社会とのつながりがありません。だからこそ、人とのつながりをつくりたいと思っています。そういう場所がどんどんできていけばいいと思っています。
http://jssc.ncnp.go.jp/soudan.php