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死、暴力、性…タブーに斬り込みヒーロー描く「戦隊」 “有名脚本家”が覆面で本作生み出した理由とは?【インタビュー】

2019年05月24日 19:22  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

死、暴力、性…タブーに斬り込みヒーロー描く「戦隊」 “有名脚本家”が覆面で本作生み出した理由とは?【インタビュー】
東アジア情勢の緊張や、移民問題といった社会問題の極大化により、崩壊しつつある近未来の日本社会。そこでは、「戦隊」と名乗るコスチュームに身を包んだ集団が、組織暴力に戦いを挑んでいた――。

日本発のヒーロー・コミック・レーベル「シカリオ」とアニメ制作会社STUDIO4°Cが協力し、アニメ監督・田中孝弘が作画を担当するグラフィックノベル『戦隊』。
重厚なストーリーとビジュアルを持つ大人向けのアメリカンコミックを指す「グラフィックノベル」の国産版であることをアピールする本作は、独特のビジュアルと、タブーに切り込んだ展開が読者に鮮烈なインパクトを与える内容だ。


現在、『戦隊』はKindleなどの電子書籍配信媒体で13話までリリースされており、クラウドファンディングの成功によって書籍化も既に決定済。静かに、そして確実に反響が広がっている。

そんな『戦隊』のシナリオを担当するシカリオ代表・中村神鹿は、誰もが知る国民的ドラマにも携わるベテラン脚本家なのだとか!

そんな中村さんが、なぜグラフィックノベルというニッチなジャンルに手を出し、名前を変えてまで新たなるフィールドで戦いに身を投じようと考えたのか。その経緯から目標とする壮大なゴールまで、その内実をお話いただいた。
[取材・構成=山田幸彦]

■ある脚本家が、仮面を被って“正しいこと”をしようと決意した


――中村さんは、普段は脚本家としてお仕事されているとのことですが、そんな中、なぜクラウドファンディングをして『戦隊』を制作しようと考えられたのか。まずはその経緯についてお聞きしたいです。

中村:今ではアメコミ映画といえば『アベンジャーズ』などのMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)作品ですが、10年前はこのジャンルの金字塔といえばバットマンシリーズの『ダークナイト』だった。
僕はそんな『ダークナイト』がすごい好きで、それを入り口に元ネタの一つである『ロング・ハロウィーン』などのコミックにもハマり、面白さを知ったことが始まりですね。

――それらの作品のどういった部分に惹かれましたか?

中村:ダークな世界観やキャラクターたちもですが、特に刺さったのは、バットマンは生身のヒーローということです。
日本にもヒーロー文化はありますが、特別な力を持った人たちが活躍する変身ものが多いので、リアルな世界観の中、生身で死地に赴くバットマンはとても新鮮だったし、惹かれたんですよ。

で、自分もいつかはリアルなヒーローを書きたいと思ったのですが、そのチャンスはなかなか訪れず、これまで脚本のお仕事をしていました。

――そこから、どのタイミングで本企画に着手し始めたのでしょうか。

中村:あるとき、友だちとざっくり「(作品づくりで)何か新しい試みは出来ないか?」と話をする機会がありまして。
そこで、ひとつの作品を作るのではなく、マーベルやDCのように、複数のヒーローたちが活躍する作品群のレーベルを作るという提案をしたんです。ビジネス的にもたくさんの企画の中で埋没しないアプローチができるし、僕的には前から温めていたリアルなヒーロー物ものも書けるし、一石二鳥ではないかと。そこが、『戦隊』のスタート地点でしたね。

――なぜマスクを着け、ペンネームで臨もうと思われたのでしょうか?

中村:脚本家という仕事自体は好きなのですが、現在書きたいことを書けているかというと、全くそんなことはないんです。
で、これは仕事をしている人なら誰でも経験があると思うのですが、仕事の中で好きなことができない状況が続くと、“自分が死んでいく感覚”に襲われるんですよ。そんな汚れ仕事に使っていた名義でこのプロジェクトをやりたくなかった、というのが大きな理由です。あえて本来とは違う姿で正しいことをしようと思ったので。

ただ、世のヒーローたちと同じで、そういう活動は自腹も切らなきゃいけないし、滅茶苦茶大変ですね(笑)。


着用マスクは “流星仮面”として一時代を築いた名レスラー「マスクド・スーパースター」モデル。専門店にマスクを探しに行ったところ、どれも選手本人サイズのためピッタリしたものを見つけるのに苦労したそう。

――出版社へ企画を持ち込むのではなく、ほぼ自費出版でのスタートというのは大きなチャレンジですよね。

中村:僕はこれまで実写の脚本を中心にやってきたんですが、経験上実写で『ダークナイト』みたいなものを作ろうとすると、予算が最低でも10億円かかるんです。流石にいきなりそれを実行するのは現実的ではないですよね。
そこで、マンガ媒体はどうかなと思ったのですが、出版社って、アメコミ的なアプローチの作品はヒットしないという前提が出来上がっていて、基本受け付けられないんですよ。だったら自分たちでやるのが一番だな、と考えたんです。

――STUDIO4°Cさんにはどういった経緯で依頼をされたのでしょうか?

中村:最初のきっかけは、僕がアニメの仕事に携わった際に見せてもらったイメージボードの絵にグッと来たことですね。画力もさることながら、色もカラーリングのプロが塗っていて、マンガのカラー原稿とは全く違う魅力があるんですよ。そこで、アニメーターであり、ヒーローを描くことに秀でた4°Cの田中孝弘さんに依頼をすることを思いつきました。

――本作は通常の日本のマンガ制作とは異なる分業制で制作されているとお聞きしたのですが、詳しい工程について教えていただけますでしょうか?

中村:まずは僕がシナリオを書いて、それを元に作画担当の孝弘さんが、アニメーションディレクターとしてのセンスを活かしたカット割りを意識して構成・作画を行う。それからカラーリングの高橋和歌子さんが着彩を行うという工程で作っています。

――アメコミの現場も徹底的な分業体制で、同じく“カラリスト”という着彩専門の役職などが存在しますね。

中村:まさにそうで、シナリオ、カット割り・線画、そしてカラーリングまでそれぞれのプロが行うのは、普通の日本マンガではありえない作り方だと思います。だからこそ、“マンガ”ではなく、“グラフィックノベル”という言い方をしているんです。
今お話した工程を経てできたものは、マンガとは全く違うものになっていますから。
→次のページ:ありとあらゆるタブーを描いていく。

■ありとあらゆるタブーを描いていく。

――作品の中身についても触れていきたいのですが、まず印象的だったのが、第1話から暴力・エロはもちろん、裏社会の詳細な描写まで、あらゆるショッキングな要素が詰め込まれていたことです。

中村:本作では、死と暴力と性という、通常の作品ではタブーとされるものを描こうと決めて、大衆向けしない要素を意図して盛り込んでいるんです。


――それはなぜでしょうか?

中村:日本のヒーローものは、昔から存在する特撮ものの呪縛が非常に強いと感じていることが大きいですね。これまで、日本でも「大人向けのヒーローです!」という謳い文句の作品はいくつか世に出ていますが、いざ観ると、基本的にいつもの演出やいつものアクションに、ちょっと出血表現や暗い展開が足された程度かな? くらいの印象を受けてしまうんですよ。それも一つの文法としてありだとは思います。

でも、自分の作品ではその文法から脱却したヒーローたちの戦いを書きたかったんですよね。なので執筆にあたっては、リアリズムにとことん寄せて、暗くリアルな世界の中、戦隊という少しファンタジーな存在がいるというスタイルを取りました。

――愛する女性を殺された男が、読者に「ヒーローになるのかな?」と思わせた途端に犬死にしてしまう序盤の展開で、“いつもとは違う”ことを明確に提示していましたね。

中村:とにかく正攻法ではやらないようにしています。この世界って、努力・友情・勝利の逆なんですよ。努力も通じないし、友だちもいないし、負ける。そういった本作の基本ルールを序盤では象徴的に書きました。愛する女と言っても、夜の街で買った女に惚れただけですし、そこもろくでもないんですよね(笑)。

――そういったお話作りをする中で、脚本家としての普段の仕事では決してできない描写を存分にやる! という意気込みもあったのでしょうか。

中村:それはあります。仕事をする中で、表現についての規制が理不尽に厳しくなっていることをいつも感じるんですよ。
例えば警察もののドラマでも、頭を撃ち抜かれる演出はNGだし、人を刺す描写にしてもナイフを振り上げるカットだけで、刺される瞬間は基本的に映しません。
「この手のジャンルには非日常に触れる楽しみもあるのに、一体誰に気を遣っているんだろう」といつも思っていましたから。

――本作の舞台は日本ではあるものの、現実とはかけ離れた世界観になっていますが、この設定にされたのは、バイオレンスな描写をやるのに都合が良いから……という意図だけではないですよね。

中村:もちろんです。この世界観って、現実とは違うのですが、あながち遠くないとも思っているんですよ。安倍政権になって以降の日本で起きている諸々の事象を見ると、今以上に強者が弱者を虐げてもなあなあで済まされる社会が待っていると感じませんか?
視点を世界に広げても、アジアは中東の次に危険度の高いエリアとされているし、北朝鮮で戦争が起きた場合、日本に大量の難民が流れ込んでくるというシミュレーションもある。

そういった現代に蒔かれている危険の種から想像を広げていき、「起こりうる最悪の事態が起きてしまった東京」というイメージで世界観を作りました。


――そこに、日本でおなじみのヒーロー「戦隊」という概念を投入し、タイトルに冠したのはどういったお考えからでしょうか。

中村:一発目のヒーローを何にするかと考えたときに、漢字の名前が良いと思ったんですよ。日本発だし、○○マンにはしたくなくて。そのときに戦隊が頭に浮かびました。

当初、タイトルには『戦隊対組織暴力』とかを考えていたんですが……。

――それって、深作欣二監督の映画『県警対組織暴力』じゃないですか!(笑)。

中村:そうです! 戦隊は今のところ『バットマン』でいうファルコーネ・ファミリーのような組織暴力と戦っていますから、県警と組織暴力の愛憎まみれた関係が描かれているあの作品からいただくのがうってつけかなと(笑)。
でも結局、ギリギリまで悩んだ結果、漢字二文字で『戦隊』のほうが覚えてもらえるし、収まりがいいだろうということで、今の形に落ち着いたという流れですね。

■世界を変えようとするのは“選ばれなかった者”たち

――戦隊はそれぞれが警察官や格闘家など、表の仕事を持っているという設定ですが、劇中のレッドはどういった基準でメンバーを選定しているのでしょうか?

中村:基本的にレッドは、ある程度の戦闘能力を持ち、正義や弱者のために暴力を行使した経験のある人を選んでいる、という設定ですね。
レッド基準で正義感を持っている人ではありますが、突き詰めれば彼らも徒党を組んだ暴力集団なので、れっきとした犯罪者ではあるんですよ。対立していれば女も殴るし、犬も殺す。そこの矛盾は意図的に描いていますね。


――作中、犯罪者たちと一線を引くために不殺を誓っているものの、早々とその誓いが破られてしまうのは生々しさを感じましたね。

中村:彼らとしては、なるべく悪党たちと同じことをしたくないと思っているけれど、結果的にやっちゃうよね、と。悪党と違い、ルールを大事にしようとするものの、バットマンほど綺麗にルールを遵守できない人間臭さは出したかったので。

――彼らは生身の人間で、特殊な力もなければ、奇跡も起こせないということが度々描かれていますよね。

中村:普通の日本のヒーローものとは違うことをやりたかったので、そこは力を入れました。彼らの武器は着ているスーツの性能くらいだし、同じ生身の人間でもバットマンほど突出した能力はない。だから、生身の人間ゆえの様々なトラブルが起きていくんです。

それに、スーパーパワーを使ってしまうと、選ばれし者の話になってしまう。古来から、選ばれし者の話は受けが良いんですけどね。日本でも、『ドラゴンボール』や『ワンピース』、はては『水戸黄門』から『桃太郎侍』まで、全部血筋の話じゃないですか。

――そうですね。昔から現代まで続く、黄金パターンの一つだと思います。

中村:でも、僕はそれが嫌いなんです。選ばれてない人じゃないと本当にダメなのか? と違和感を覚えるんですよね。
自分に置き換えると、先日死んだ僕の親は本を読まないし、僕の仕事とは全く繋がっていない人だったんです。でも僕は脚本家になっている……という個人的経験もあって、フィクションの選ばれし者には共感し難いし、現実で才能もないのに血筋で仕事に就いてる“選ばれし者”を見かけると、本当にむかつきます(笑)。

そんな思想から、普通の人間たちの活躍を書きたかったということですね。


――その設定ゆえに戦隊は度々ピンチになり、読む側は常にヒヤヒヤさせられますね。

中村:誰でも死にうる世界ですからね。戦隊全員を殺そうとして孝弘さんに止められたくらいです(笑)。
世の中、死の扱いが軽くなることを嫌う人もいますが、歴史を見ると人の死って基本軽いんですよ。重いと思いたい気持ちはわからないでもないけれど、いざというときは軽く処理されてしまうし、軽いほうがリアルだと思うんです。
→次のページ:強烈なヴィラン創造の経緯

■強烈なヴィラン創造の経緯

――戦隊と対峙する悪党たちはビジュアル、内面共に強烈な面々ですが、こちらはどういった経緯で今の形になったのでしょうか。

中村:当初、敵はリアルな極道チックにしようと考えていたのですが、シリーズ第一弾ということもあり、多少キャッチーなほうがいいだろうと。
そこで、“アニキ”率いる組織暴力は、戦隊に対してビジュアル的にも尖った奴らをぶつけることで、邪魔者との戦いを新たな“遊び”として心から楽しんでいる……という体にしました。


――幹部として登場するゴールドチンポは名前といいビジュアルといい、戦隊を食ってしまいそうな存在感を持つキャラですが、なぜあのネーミングにされたのですか?

中村:昔から自分の中で、ぼんやりと「ベルベット・ゴールドチンポ」というキャラクターを頭の中で考えていたんです。普段はおとなしくて弱い男だけど、ベルベット・ゴールドチンポになったときは超強い……という二重人格なキャラなんですが、その名前だけ拝借した形です。


――てっきり、アソコは通常のエンタメでは描きにくいタブーの象徴でもあるので、ご自身のなかで「タブーを破りたい!」みたいな衝動があるのかと思っていました。

中村:それもあるかな(笑)。これはいつか文章で形にしたい前日譚なのですが、ゴールドチンポは徹底的に警察とその家族をレイプし続けることで、警察を掌握してきた男なんです。やつにとっては性別も思想も関係なく、平等にチンポで服従させていくことが全てという。
もちろん戦隊も例外ではなく、勝利した暁には全員にチンポを入れるつもりで戦いを挑んでいる……というところまで僕は考えているんですよね。

――かなり強烈なキャラクター設定ですね。作中、そんなゴールドチンポを代表とするヴィジュアルメンたちの出現で、戦隊はスムーズに正義を執行することが難しくなっていくのが、中盤から終盤にかけての見どころになっていきますね。

中村:ナレーションの中で、「正義を行う」と語っている箇所があるものの、基本的に戦隊は正義を掲げて、自分たちの意志を遂行しているというだけなんですよね。
わかりやすい悪を叩き潰すことはざっくり正義だと思っている人って、作中にも現実にもいますけれど、そのために人をボコボコにしたり、殺したりしたら、言っていることとやっていることの整合性がとれない。

だから、俗に“正義”と言われるものを実行したときに、何の傷もない玉のような状態でいられるのか? ということは作中で問うてるつもりです。
そもそも、よく正義の対比に悪という言葉が使われますが、悪の対義語って善なんですよね。正義の反対は不義とか不正とか、そういうことになると思うんですよ。そこの歪みがどう戦隊を襲うかは、今後どんどん掘り下げていきたいですね。

■巨大なユニバース創造への第一歩を踏み出して

――シカリオというのはスペイン語で「殺し屋」という意味ですが、それをレーベル名に付けたのはどういった理由からでしょうか?

中村:意味を調べると物騒だけど、響きとかが可愛いじゃないですか。そこのギャップがいいと思ったんです。
あとは、僕が好きな映画『ボーダーライン』の原題なんですよね。あの映画に登場する二人組がすごく好きなので、自分が組織を作るときはシカリオにしようとずっと考えていました(笑)。

――なるほど。「シナリオ」や、ペンネームの中村神鹿の「鹿」とかけた名前でもあるのかと思いました。

中村:そこはたまたまです(笑)。中村神鹿に関しては、戦争で死んじゃったおばあちゃんの弟の名前なんです。その人が短歌を書いていて、文人的な活動をしていたので、名前をいただいたという形ですね。

――そんなシカリオが巨大なユニバース創造への第一歩を踏み出したということで、そのスケールの大きさに圧倒されると同時に、途方もない戦いではないだろうか? という印象を受けることも事実です。最後に、今回の大きなチャレンジに対する意義や、意気込みについてお聞かせください。

中村:ここ十何年かで、日本にもアメコミがここまで浸透したという土壌を利用して、日本のヒーロー文化を大人向けにカスタマイズすることに、あえて自腹を切って踏み出してみた次第です。
単純に応援してくれる人がいるからやり始めただけで、何の勝算もありません。みんなが好きな感動ものではないし、萌えもないし、受ける要素に対して逆張りをしていますから。
でも、そんな作品だからこそ「これを求めていた!」という人は必ずいると思っているので、その人たちに『戦隊』が刺さるよう、ちょっとずつ努力を重ねていきたいと考えています。

アイデアは頭の中にいっぱいありますので、それらの実現のためにも、興味を持った方はぜひ力を貸していただければと。
最終的には、いろんな人の絵柄やストーリーでこの世界の物語が描かれていけば素晴らしいと思いますね。それが今考えている一つのゴールです。


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『戦隊』は2019年5月31日まで、クラウドファンディングを実施中。すでに開始から48時間で目標を達成したが、ストレッチゴールにチャレンジ中だ。