ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキの国内4メーカーがしのぎを削り合っている全日本ロードレース選手権JSB1000クラス。そんなJSB1000の車両をピックアップし、ライダーや関係者にマシンの強みや魅力を聞いていく。今回は、ファクトリー(ワークス)体制を復活させて2年目を迎えるTeam HRCのホンダCBR1000RR SP2にフォーカスする。
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圧巻の速さだった。全日本ロードレース選手権の第2戦鈴鹿予選で、Team HRCの高橋巧+ホンダCBR1000RR SP2は2分3秒874をマーク。2番手の中須賀克行(YAMAHA FACTORY RACING TEAM)を1秒も引き離し、コースレコードを樹立した。
その前戦、開幕戦のもてぎでも自己ベストタイムを1秒更新。「やっと中須賀さんと同じ土俵に立てた」と語っていた高橋だが、鈴鹿では決勝2レースとも優勝を果たしている。
ホンダのワークス体制での参戦は2年目。CBR1000RR SP2は高橋の要望通りに仕上がりつつある。
「ヤマハはコーナリングスピードが速く、ホンダはストレートが速いというのが去年までの図式でした。今年のホンダは、ストレートがさらに速くなったうえに、コーナー出口での開けやすさも高めてもらっていて、コーナリングスピードも上がった。ライバルの強みに近付けたかな、という感覚はあります」と高橋。全体的なバランスが取れていることに満足している。
宇川徹監督は、2019年型CBRの開発主眼として「フロントの接地感を高めた」(ヘンタイブログより)とコメント。
「HRCとオーリンズが共同開発するフロントフォークは減衰力の仕様を変更し、リヤサスペンションは構造そのものを変更。さらにスイングアームも2018年最終戦で投入したビッグチェンジ仕様をベースとしている」と語った。
「戦闘力は間違いなく上がっています」と自信を覗かせるのは、HRCの開発者、森雄司だ。宇川監督のコメントに「重心の見直しも行いました」と付け加える。バイクは非常に繊細な乗り物で、重心の変更はハンドリングに大きな影響を及ぼすおおごとだ。
JSB1000はレギュレーションによりエンジン搭載位置を変更することができない。恐らくは補機類などの位置を調整したものと思われるが、詳細について森は「最適化した、ということですね」と明らかにしなかった。高橋のコメントに基づきながらミリ単位での調整が行われたことは間違いないだろう。
■ひとつの強みに頼らない優れたトータルバランス
さらに電子制御、トラクションコントロールも進化している。高橋はコーナー出口で、ライバルよりも早く大きくスロットルを開けて走っていた。
「ただ早く開けても意味はありません。それが加速に結びつかなければ」と高橋。その言葉通り、CBRは安定した姿勢を保ったまま、ダイレクトな加速を見せる。
「電子制御がレースで勝敗を分けるのは確か。セッティングの煮詰めが少し足りないだけでも負けてしまいます」と高橋。つまり、少なくとも中須賀に完勝した鈴鹿では十分に戦闘力のあるセットアップが得られていた、ということだ。
CBR1000RR SP2について話を聞いていて気付くのは、“何かひとつに頼っていない”ということだ。前後サスの変更や電子制御の煮詰めなどをしつつ、それらすべての精度を丹念に高め、トータルバランスを向上させることに力を注いでいる印象だ。
高橋が走らせるCBRは、量産車ではSC77型とされ、2017年にデビューしている。量産スーパースポーツの電子制御化に慎重だったホンダが、ついにトラクションコントロールを始めとする制御をふんだんに盛り込んだモデルだ。
このSC77型のデビューイヤーに、高橋はJSB1000クラスでチャンピオンの座に就いた。見かけ上は“鮮やかな新型デビュー”となったわけだが、実のところは最大のライバルである中須賀が16.5インチタイヤから17インチタイヤへのスイッチに苦戦したことが要因だった。2018年にホンダはワークス体制を復活させたものの、中須賀に王座を奪取され、実力の差を見せつけられた。
しかしその間、ホンダはじわじわと車体、そしてエンジンまわりのセットアップを進めてきたのだ。
「2018年の最終戦鈴鹿で、自分としては劇的な変化がありました。今年はそのいい流れのまま走れています」と高橋。“劇的”とは言うものの、話を聞く限りではその内訳に飛び道具は見当たらず、実直な積み重ねに他ならないだろう。
そしてホンダは、かねてから「全日本は、鈴鹿8耐に向けての1年間をかけてのテスト」と公言してはばからない。JSB1000のCBR1000RR SP2にも、耐久仕様と言っていい箇所が数多く発見できる。主ターゲットはあくまでも国内最大の2輪レース、鈴鹿8耐なのだ。その鈴鹿でヤマハの中須賀を圧倒したことは、鈴鹿8耐に向けてかなり順調に準備が進んだ状態と言える。
鈴鹿の2レースを制した後の高橋は、「これで天狗にならず、今後も気を引き締めていい流れを持続したい」とコメントした。ヤマハの鈴鹿8耐5連覇を阻止し、表彰台の頂点を奪い取った時、初めて心からの笑顔を浮かべるのだろう。