トップへ

毎熊克哉が巻き起こす人情悲喜劇! 『後家安とその妹』稽古場に潜入

2019年05月24日 12:41  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 もう間もなく、新宿・紀伊國屋ホールにて幕を開ける舞台『後家安とその妹』。俳優の豊原功補が脚本・演出を担当する本作の主演を務めるのは、朝ドラ『まんぷく』(NHK総合)での好演も記憶に新しい毎熊克哉だ。かねてより彼のあの目に、あの声に魅了されていた筆者は、本番を目前とした稽古場を覗かせていただく機会を得た。


【写真】舞台『後家安とその妹』稽古時の様子


 毎熊といえば、自主制作映画ながら異例のロングラン上映となった『ケンとカズ』(2016)に主演し一躍注目を集め、毎日映画コンクールをはじめとする映画賞で、立て続けに新人俳優賞を受賞。昨年は『万引き家族』『空飛ぶタイヤ』『止められるか、俺たちを』『真っ赤な星』など、メジャー大作から良質なインディーズ作品にまで顔を見せ、その公開本数は10本を優に上回っていた。このことは純粋な事実として、彼がいかに現在の映画界に愛される存在なのかを証明しているといえるはずだ。


 しかし先に触れたように、毎熊の存在を『まんぷく』で認知したという方も多いだろう。彼が演じたのは、戦争の大きな傷を心の内に湛えながらも、主人公たちとの交流の中で少しずつ変化していくという役どころ。登場したばかりの頃は無口で荒っぽい性格が印象的だったが、後半では笑顔も目立ち、最後までドラマを盛り上げる選手の一人として走り続けた。早くから毎熊の存在に注目していた者にとっては、ようやく時代が追いついたといったところだろうが、『まんぷく』が彼にとって強力な追い風になったのは間違いない。自身もその反響の大きさは実感しているようだ。そんな『まんぷく』の撮影中に、今回の舞台『後家安とその妹』のオファーが届いたのだという。


 毎熊が舞台に立つのは、じつに約5年ぶり。このところ名実ともに上がり調子なように思える彼だが、本人いわく「(ブランクのある舞台出演は)そんなに甘くないだろう」という思いがあったようだ。しかも本作は彼にとって初の“和モノ”、初の時代劇である。不安は少なからずあったらしいが、断る理由はないのだと感じ、参加を決意。こうして私たちは、彼の舞台での姿を目することが叶ったのだ。


 これまでにも数々の相当な“ワル”を演じてきた毎熊だが、本作で演じる“後家安”こと小笠原安三郎もかなりのものである。金にも女にもだらしなく、何かと問題の多いこの男は、今ふうに言えばクズそのものだ。彼の乱暴狼藉ぶりは、目の前で展開される舞台だからこその生々しさが相乗効果となって、危険な色気を充満させる。しかし本作は、三遊亭圓朝の『鶴殺疾刃庖刀』と、それを『後家安とその妹』と題して抜き読みで高座にあげた古今亭志ん生の噺を下敷きにしたもの。毎熊が演じるのは“ワル”なだけでなく、その一挙手一投足が人情悲喜劇を巻き起こす。


 毎熊を囲む者たちにも、魅力的な演者陣が顔を揃えた。ヒロインである妹・お藤役を務める芋生悠はメンバー最年少であり、これからが楽しみな駆け出しの女優であるが、毎熊とともに座組を率いていく気概を大いに感じさせる。彼女の演じるお藤もまた、兄に負けぬ相当なタマであり、まさにヴァンプ的な艶のある声と流し目には、思わず何度も息を呑んだほどだ。本公演中に大きく化けそうな予感すらある頼もしい存在である。


 さらに、本作と同じく落語をもとに豊原が演出した『名人長二』(2017)にも出演の森岡龍や、自らがプロデュースした主演映画『今夜新宿で、彼女は、』(2017)の広山詞葉が第二のヒロインとして彩りを添え、足立理、新名基浩、塚原大助、福島マリコ、古山憲太郎、そして豊原も出演し脇を固める。古山は、本公演の閉幕直後に自身の所属する劇団「モダンスイマーズ」結成20周年記念公演をも控えており、そのバイタリティには平伏せざるを得ないといったところ。こちらも必見の作品だ。


 通し稽古とあって、舞台セットはまだ未完成。本番さながらの照明の変化もないため、作品の完全な感触を確かめることは不可能であった。しかしながら、作品の本質である戯曲を咀嚼し(それは恐らく、千秋楽まで続く)、体現する役者の気迫を前に思わず汗を流した。それほどまでに、この座組にあるグルーブ感には力強いものがある。


 ところで、毎熊の出演最新映画である『轢き逃げ 最高の最悪な日』も現在公開中。こちらでは若手刑事に扮しており、ときおりコワモテで凄んでみせたかと思えば、愛嬌をものぞかせ、じめついた作品トーンに、一種の涼やかさを与えている。脇に回った立ち位置ではあるのだが、やはり印象に残る。もちろん演じるキャラクターが独特なものだというのもあるが、その理由の一つには、彼の特異な風貌にもあるのではないだろうか。筆者はこれまでにもたびたび触れてきたのだが、毎熊には、かつての東映や日活のやんちゃな名優たちを思わせる佇まいがあり、いつも魅せられるのだ。


 非常に和やかな雰囲気に包まれた、風通しの良い稽古場だと感じたが、やはり各々プレッシャーは感じているようである『後家安とその妹』。毎熊はこう語る。


「自分たちでも想定していないような膜を破って舞台に立ちたい。どう突き抜けられるか。相当な集中力とパワーが必要で、『やばい、そろそろだ』と自分自身は今、ピリピリしています。“やばいものになる”と思います。余裕がないからこそ、なにか尖ったものが出てくるはずです。理屈じゃなくて、上手い下手じゃなくて、前のめりで観たくなるものを生み出せられれば」


 彼は静かに謙虚に、そうつぶやく。穏やかにはにかみながら、しかしそこには明らかに、熱い闘志をのぞかせていた。


(折田侑駿)