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ボカロ曲の最新トレンドは孤独な歌詞とローテンポな曲調? 「ヲズワルド」「乙女解剖」などを分析

2019年05月24日 10:31  リアルサウンド

リアルサウンド

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 ボカロシーンにおける楽曲のトレンドは、時代につれて変遷している。初音ミクが誕生した2007年当初のシーンを席捲していたのは、アップテンポに、ミクを対象としたリリックを乗せた楽曲と、一枚絵のミュージックビデオ。しかし昨今で大半を占めるのは、ローテンポに、ミクではない生身の人間を対象にしたリリックを乗せた楽曲と、クオリティの高いミュージックビデオだ。今回は、今年に入り誕生したボカロ曲のなかでも、歌い手界隈に新たなブームを巻き起こしている3曲に着目することで、最新のシーンのトレンドを分析する。


(関連:DECO*27が語る、新会社設立で拡張したボカロPとしての未来「文化は人がいないと生まれない」


■歌詞に共通するのは“孤独”な心情


●煮ル果実「ヲズワルド」
 「アンドリューがいったから」(2018年2月10日公開)でボカロPデビューした煮ル果実が、ちょうど一年後に投稿した「ヲズワルド」は、天月-あまつき-、Sou、宮下遊などの歌い手の関心を惹きつけた。YouTubeにおける彼の公開動画のなかでも、リスナーによる解釈を含めたコメントが最多になっている同曲。飲み込むのが難解な言葉に加え、〈新成人に合図を〉という一言で曲が不意に終わる点が、この曲のミステリアスさを引き立てている。歌詞の中で最も注目したいのは、〈信仰の様な暮らしから抜け出したい〉、〈『信仰に寄生しなきゃ生きれないの?』〉などから推測できるように、主人公は、孤独かつ他人本位でしか生きられない人物であること。もともとあった個性をも削りながら過ごす過程を描いており、ここにこそ、生きづらい社会を生きる、リスナーの共感ポイントがある。


●syudou「ビターチョコデコレーション」
 代表曲に「邪魔」、「馬鹿」を持ち、毒舌なリリックを吐き出すボカロP・syudouが、2019年1月4日に投稿した「ビターチョコデコレーション」。あほの坂田やkradness、宮下遊などが“歌ってみた”動画を投稿しており、YouTubeにおけるsyudouの公開動画のなかでも再生回数が最多記録となる269万回超えだ(5月21日現在)。〈やっぱいいや〉の一言で曲が不意に終わる点が謎を呼ぶほか、〈集団参加の終身刑〉、〈宗教的社会の集団リンチ〉といった歌詞からも分かるように、消極的で無個性な、いわゆるダウナー系な人物を主人公としているのは、上述した煮ル果実の「ヲズワルド」と一致する。


●DECO*27「乙女解剖」
 ラストに紹介するのは、ボカロP・DECO*27が、2019年1月18日に投稿し、現在YouTubeにおける動画再生回数が633万回(5月21日現在)を突破した「乙女解剖」。同曲を巡るリレーをおこなっているかのように、まふまふや、luz、96猫、Souなどの幅広い人気歌い手がこぞって“歌ってみた”動画を投稿していることから、いかに爆発的な人気を呼び起こしている曲かは明らかだろう。中でも興味深いのは、__(アンダーバー)、S!Nなどが、“歌ってみた”の手書きMVを投稿し、話題を呼んでいること。癖の強い内容だけに、創作意欲が湧いてくるのだろう。歌詞に注目すると、自信過剰な乙女が好意を寄せる男性に一方的に近付き、孤独な心情が表れる点では、煮ル果実の「ヲズワルド」、syudouの「ビターチョコデコレーション」と共通している。しかし、同じ孤独でも、〈病事も全部 /君のもとへ添付 /ツライことほど分け合いたいじゃない〉や、サビの〈恥をしたい/痛いくらいが良いんだって知った〉からもわかるように、自分本位で個性的なアッパー系の人物像が描かれていることにこの曲の特異性がある。


■ボカロ曲はよりローテンポな曲調に
 前述の3曲に共通するのは、2008年にcosMo@暴走Pが投稿した「初音ミクの消失」のような、初音ミクなどのボーカロイドに歌わせることを意図したBPMの高いハイテンポなものではなく、比較的ローテンポな曲調であること。ボカロPのみならず、シンガーソングライターとしても活動する須田景凪がバルーンとして投稿した「シャルル」(2016年10月12日)や、神山羊が有機酸として投稿した「カトラリー」(2017年12月25日)といった楽曲などを中心として、シーン全体には以前よりも落ち着いた曲の流れができあがった。2007年当初のボカロ曲に対するイメージが徐々に変化していると言えるだろう。


 様々な“孤独”を表現しつつも、謎を含むリリックと、以前よりもテンポがゆったりとし、どこか影のある曲調が、ボカロシーンにおけるトレンドになってきている。こうした楽曲の登場によって、これまでボカロに親しんでこなかったより幅広い層にも楽曲が認知されていくかもしれない。(小町碧音)