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元F1世界チャンピオンのニキ・ラウダが急死

2019年05月21日 11:41  AUTOSPORT web

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元F1チャンピオンのニキ・ラウダ、享年70
この月曜日、元F1世界チャンピオンのニキ・ラウダが亡くなった。享年70の早すぎる死だった。 

 急死の報は、オーストリアのいくつかの国内メディアから流れ、それからしばらくして遺族が以下のような正式なプレスリリースを発表した。

「私たちは深い悲しみとともに、この月曜日に愛するニキが親しい家族に囲まれながら息を引き取ったことを皆さんにお知らせします」

「超一流のアスリートとして、そして起業家としてニキが成し遂げたことを、私たちは一生忘れないでしょう。真っ直ぐで勇気にあふれ、真摯に仕事に向き合い続けた人でした。夫として父として、そして祖父としても、模範となるべき人でした」

 ラウダは昨年肺移植の手術を受け、いったん快方に向かっていた。しかしその後重度の肺炎にかかった他、腎臓の機能不全に陥り、この月曜にはスイスで透析処置を受けることになっていた。

 1949年2月22日、オーストリア生まれのラウダは、1971年にF1デビュー。マーチやBRMなどに所属した後、1974年にフェラーリへ移籍。翌年の1975年に自身初のF1ワールドチャンピオンを獲得した。

 そしてチャンピオンとして挑んだ1976年のF1ドイツGP、ウエットコンディションのなか行われた決勝でラウダは激しくクラッシュ。マシンから出火するアクシデントも重なり、ラウダは頭部を含む全身に激しい火傷を負ったほか、有毒ガスを含む煙を吸い込んだことで、肺にも深刻なダメージを負ってしまった。

 事故により生死をさまよったラウダだったが、奇跡的に回復すると、1977年に2度目のワールドチャンピオンを獲得した。このクラッシュからの復活劇、そしてライバルとしてF1王者を争ったジェームズ・ハントとの関係は、2013年に映画『ラッシュ/プライドと友情』で描かれている。 

 ラウダは1979年限りで一度F1から身を引いたものの、1982年にはマクラーレンからF1現役復帰を果たし、その2年後には通算3度目の世界王者に輝いた。

 1985年にふたたびF1ドライバーを退いたあとは実業家として活動したほか、F1への関与を続け、近年はメルセデスのノンエグゼクティブチェアマンを務めていた。