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『いだてん』中村勘九郎の表情豊かな演技が冴える “マラソン狂”が生んだ「箱根駅伝」

2019年05月20日 12:41  リアルサウンド

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 『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(NHK総合)第19回「箱根駅伝」が5月19日に放送された。新年の風物詩である「箱根駅伝」のはじまりと共に、四三(中村勘九郎)のマラソンに対する凄まじい執念が描かれる回となった。


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 オリンピックを目指す四三は「もう、日本に走る道は無か」と呟くほどに、日本中を走り続ける日々を送ってきた。四三は「東海道五十三次駅伝競争」を開催したのだが、それだけに飽きたらず思いついたのが「アメリカ横断」。マラソンへの思いに耽る四三はカッと目を見開き、後輩の野口(永山絢斗)に意気揚々と「次はアメリカ横断ばい!」と話す。無謀な挑戦を思いついた四三をなだめる野口に対し、「野口くん、俺は冷静ばい」と返答する四三の顔が全く冷静ではないのが面白い。四三はマラソンのことを考えるだけでワクワクするのだろう。野口やそばで話を聞いていた美川(勝地涼)を置いてけぼりにして、どんどん考えを口に出していく。


 「駅伝方式で行くばい。人数が増えれば、1日に進める距離も伸ばせるもんね。うん、ね、駅伝がよかね、うん、ね、ね、ね!」とあまりにも強い四三の押しには、冷静に制止した野口も頷くしかなかった。永山演じる野口に対して、ぐんぐん距離を縮める中村の演技は滑稽だ。だが、滑稽さの中からマラソンへの執念が感じられ、彼がいなければ「箱根駅伝」も生まれなかったのだと気づかされる。箱根駅伝は、四三が思いついた「アメリカ横断」に参加するランナーを決めるための予選会としてはじまったのだ。


 また四三のマラソンに対する執念は、大切な家族といるシーンからも伝わってくる。新年に、熊本で子育てに励むスヤ(綾瀬はるか)のもとへ帰ってきた四三。四三はスヤに「約束ばする。今度のオリンピックば勝って、俺は引退するつもりたい」と話す。その目に嘘をついている様子はない。だが、スヤは四三のマラソンへの思いを理解しているからこそ「勝てんかったら? 熊本にはお戻りにならんとですか」と問いかける。四三はその問いに答えられなかった。スヤはすぐさま「四三さんは勝ちます」と励ますが、四三が答えに詰まったあの一瞬で、四三がマラソンと家族を天秤にかけられないということがひしひしと伝わってくる。その後、息子・正明を泣かせてしまった四三が心を落ち着かせるために行ったのは、深呼吸ではなく「スッスッハッハッ」というおなじみの呼吸。度重なる「マラソン>家族」にも見える振る舞いに、呆れる視聴者もいたことだろう。しかし四三は、スヤや正明を大事にしていないわけではない。四三とマラソンが切っても切れない関係というだけだ。


 箱根駅伝が始まると、四三は共にオリンピックに臨む選手を選抜するために車に乗って伴走する。自身が走っていないにも関わらず、その表情は楽しそうで仕方がない。箱根駅伝参加校が決まったときも、四三は「よか成績ば出したらオリンピック行けるって聞いたら、たまらんだろうなあ!」と大興奮。中村はこの台詞を声を震わせながら発し、興奮する四三を体現した。伴走車から大声をあげて選手たちを奮い立たせる四三も、ゴールした選手を迎え入れる四三も、走ってくる選手以上にヒートアップしている。復路では、雪で伴走車が動かないことにやきもきした四三が自ら走り出す。選手と共にゴールを目指し、挙げ句選手よりも先にゴール地点に現れる始末。そんな四三の姿は、マラソン愛というよりもはやマラソン狂。だが、そんなマラソン狂が生んだ「箱根駅伝」は、今もなお、観衆を熱狂の渦に巻き込んでいる。


 新年に開催される箱根駅伝さながらの映像や駅伝のように語り部が変わる演出、そして表情豊かな中村の演技が映える、なんともユニークな回となった。(片山香帆)