2019年05月19日 10:11 弁護士ドットコム
ある夜、都内の会社員Mさんが帰宅すると、白いモヤのようなものに部屋が満たされていた。すぐに窓を開けて換気したが、衣類や布団などに、香ばしいニオイがしっかりこびりついている。原因ははっきりしている。近所の焼き鳥屋からやってくる煙だ。
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焼き鳥屋は数年前にオープン。煙がモクモクでてくる排気口は、Mさんの玄関口から数メートルも離れていない。はじめのうちは気づいていなかったが、午後5~7時など、早い時間帯に帰宅すると、白い煙が漂っているのだ。
木造建築であるため、すき間から入ってくるのかもしれない。日増しに、怒りがこみ上げてくる。「私のほうが先にこの場所に住んでいた」という事実が、余計にミシミシと心の中で音をたてる。
はたして、Mさんは、焼き鳥をやめるよう求めることはできるのだろうか。また、焼き鳥屋を相手取り慰謝料を求めることはできるのだろうか。山之内桂弁護士に聞いた。
――焼き鳥をやめるよう求めることはできますか。
明確な法令違反があれば、やめるよう求めることはできます。
たとえば、住宅系用途地域では、店舗設置の規制があります(建築基準法48条など)。また、飲食店営業には許可(食品衛生法51条など)が必要ですし、悪臭防止法や条例などの規制にしたがわなければなりません。
まずは、最寄りの保健所に通報して、調査・指導(営業中止や排気設備改善等/食品衛生法55条、56条など)をしてもらうのがよいでしょう。
しかし、行政が十分な対応をしない場合、直接交渉のほか、ADR(公害調停や民間調停)、民事調停、差止の仮処分・訴訟などの手段をとるしかありません。法令違反のない飲食店の営業を近隣住民の立場でやめさせることは難しいでしょう。
――焼き鳥屋に対して、慰謝料を請求できますか。
煙やニオイによる加害が、「受忍限度」を超えて不法行為(平穏生活権・財産権の侵害)となる場合には、慰謝料請求ができます。ただし、単に行政上の規制に違反しているだけでは、受忍限度を超えて不法行為になるとは言い切れません。
実際に、焼き鳥屋の排煙が問題になった事件で、1審では、臭気の差止めと損害賠償(慰謝料月1~2万円)が認められたのに、控訴審では、請求がまったく認められなかった例があります。
臭気が違法な侵害になるか否かは、侵害行為の態様、侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、地域性、侵害行為開始後の当事者間の交渉経緯、公法上の基準の遵守など、諸事情を総合的に考察して判断すべきものとされています。
裁判結果の予測は難しい面があります。また、裁判所が認定する近隣紛争事案の慰謝料額は、上記の例のように、それほど高額にならないのが実情です。
――引っ越し代や、部屋のクリーニング代などはどうでしょうか。
賠償を求めることができるのは、加害と「相当因果関係」のある損害です。この点も、裁判所によって評価が分かれる可能性があります。
今回のケースの状況では、クリーニング費用が損害と認められる可能性はあると思われます。しかし、焼き鳥屋ができてから数年間も隣家に居住していることや、排気設備の改善で、加害態様が受忍限度内に抑えられれば、転居(引っ越し)の必要がなくなることなどから、転居費用は損害と認められない可能性があります。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
山之内 桂(やまのうち・かつら)弁護士
1969年生まれ。宮崎県出身。早稲田大学法学部卒。司法修習50期、大阪弁護士会 公害対策・環境保全委員会委員。公益通報者支援委員会副委員長。民事介入暴力および弁護士業務妨害対策委員会委員。ADR推進特別委員会委員。公益財団法人交通事故紛争処理センター嘱託 。吹田市建築紛争調停委員。JELF(日本環境法律家連盟)正会員。大阪医療問題研究会会員。医療事故情報センター正会員。
事務所名:梅新東法律事務所
事務所URL:https://www.uhl.jp