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水谷豊、『轢き逃げ』トークイベントで70年代と現在の違いを語る 「残した方がいいものもある」

2019年05月17日 14:41  リアルサウンド

リアルサウンド

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 現在公開中の映画『轢き逃げ -最高の最悪な日-』のスペシャルトークイベントが5月16日に渋谷・ユーロスペースにて行われ、監督・脚本を務めた水谷豊と映画・音楽ジャーナリストの宇野維正が登壇した。


参考:水谷豊×中山麻聖×石田法嗣『轢き逃げ』鼎談 水谷「今だからこういう作品を作ることができた」


 水谷の監督第2作で、自身初の脚本を手がけた完全オリジナルストーリーとなる本作は、とある地方都市で起きた轢き逃げ事件をきっかけに、人間の底知れぬ心情が浮き彫りになっていく人間ドラマ。オーディションで選ばれた中山麻聖と石田法嗣が主演を務め、小林涼子、毎熊克哉、檀ふみ、岸部一徳らが共演。水谷自身も轢き逃げ事件で命を落とした被害者女性の父親役で出演した。


 壇上に登壇した水谷がMCから挨拶を求められると、観客から「水谷監督ー!」という声援が。水谷は照れた様子を見せ、「すみません、強制したみたいで(笑)。今日のこのユーロスペースでのイベントが『轢き逃げ -最高の最悪な日-』のプロモーション最後なんです。実は僕は自分の作品について後で語るのって、あまり得意な方じゃないんです。でも今日は最後ということで、作品にまつわることやそれ以外のこともできればお話ししたいと思います」と意気込みを語った。


 水谷とは約10年の付き合いだという宇野が、今回初めて脚本を手がけた経緯について問うと、水谷は「最初は脚本を書こうとは思っていなかったんです。出てきたアイデアをプロデューサー陣に話したら、『面白いですね』と。これを1回1回皆さんに語ると長くなるので、文字に書いて渡せばそれで済んでしまうということで、『1回文字に書きます』というところから始まったんです。それで文字に書き始めたら、キャラクターや何が起きるかがどんどん出てくるんです。書き進めていくうちに止まらなくなっちゃった。出てくることをどんどん書いていったら、結果的にそれが脚本になった」と、脚本執筆に至る経緯を明かした。


 水谷がその脚本執筆をiPadで行ったという話を聞いて驚いたという宇野。「携帯小説家みたいでスゴいですよね」と水谷に伝えると、「そうですか? これが一番ラクだった。かつてはキーボードを使っていたんですけど、携帯でやるようになってからは(フリック入力のジェスチャーをしながら)もうこれですね。みんなが大変だって言うんですけど、そんな大変なことですか?」と水谷は聞き返す。すると宇野は、「物書きとして僕は考えられないですけど、若い書き手の方にはたまにいますよね」と回答。水谷がすかさず「あ、(僕は)若くないのに……」とツッコむと、会場は笑いに包まれた。


 また、宇野から、監督をやるにあたって演出家として影響を受けた人がいるのかと聞かれた水谷は、「実は具体的にはないんです。だけれども、いろんな監督とお付き合いをさせていただいてきたので、何かは無意識のうちに自分の中に残っているのかなと思います」とコメント。そんな水谷に対して、宇野が「すぐに気付かなかったんですけど、ちょっと時間が経ってから思い出したのが、『赤い激流』(1977年/TBS系)。当時は小学生だったので全く意識していなったんですけど、後から考えたら、増村保造さんとか降旗康男さんが撮っていますよね。今って海外とかでは映画を撮っている方がテレビを撮ったり、映画に出ている方がテレビに出たりが当たり前になりましたけど、70年代の日本ってまさにそういう時代でしたよね」と投げかけると、水谷も「『傷だらけの天使』も、深作(欣二)さん、工藤(栄一)さん、恩地(日出夫)さん、神代(辰巳) という映画界の巨匠たちが撮っていましたしね」と同意。その流れで、「特に増村保造タッチを『轢き逃げ』に感じた」と宇野に伝えられた水谷は、「そうですか? 恐れ多いです」と恐縮しながら、「やはり何かが面白いんですよ。何って説明するのはとてもできることではないんですけど、監督たちはそれぞれ全く違う世界。やってると“何かが面白い”となっていくんです」と、当時一緒に作品を作った名監督たちとの思い出を語った。


 時代の違いについて話が及ぶと、水谷は「日々過ごしていると気がつかないことかもしれませんけど、振り返ってみると変わってきているかもしれません。アメリカ映画もヨーロッパ映画も日本映画もそうでしたけど、ひとつに夢のような憧れがありました。いつも遠い世界のようなことだと思っていましたが、とてもいい世界に連れて行ってくれたり、登場人物と同じ人生を歩んでいるような気持ちにさせられる作品が随分多かったような気がします。最近は、遠いものではなく、すごく身近なものになったんですかね」と思いを巡らせる。「映画とドラマの中間的存在であった2時間ドラマも減ってきて、映画とドラマが分断されてきてしまっていると感じる」と言う宇野。水谷も「こればかりは気がついたらそういう流れが自然とどこからかできてくる。しかし、そこで『何が一番いいんだろう』とは常に考えていかなければいけない。新しいことをどんどん取り入れていくことももちろん必要ですし、残した方がいいものもあると思います。残した方がいいものまで古いものとして忘れ去っていくと、続いていかなくなるんじゃないかなと思ったりします」と自身の考えを述べた。


 何かを引き継ぐ監督としての使命感については、「そういう気持ちを持てるわけでもないんですよ。今回の作品も『TAP -THE LAST SHOW-』で初めて監督をやった時も、後で『どうやってやったんだろう』と思うんです。でも考えてみたら、俳優をやっている時もそう。『相棒』で杉下右京をやってる時は当たり前のようにやっていますけど、離れると『ああいうことよくできるな』と思うんです。監督、脚本、俳優という壁があまりない」と自身のスタンスを明かした。


 さらに、宇野が「最近ご覧になって印象に残った作品は?」と聞くと、水谷はアルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』とクリント・イーストウッド監督の『運び屋』を挙げる。同じく監督としても役者としても活躍しているイーストウッドと比較されると、水谷は「同じも何もおこがましくて。単なるファンです。88歳であそこまでエネルギーを持って続けていることがもう本当に素晴らしいなと思います。普通ではできない」と力説。宇野に「イーストウッドみたいに、水谷さんが出ていない監督作も観てみたい一方で、水谷さんが出ずっぱりの監督作も観てみたい」と伝えられた水谷は、笑いながら「いや、どうでしょうね……。次できるのかどうか定かではないんです」と謙遜。宇野がすかさず「どっちも観てみたいです。是非お願いします」と念を押すと、客席からは大きな拍手が巻き起こった。


 最後に水谷は、「実は、以前『60代で(監督作を)3本やりたいと思っている』と口を滑らせてしまったんです。それで『60代で3本』ってみんなに言われていまして。映画というのは実際に次ができるのかどうか、なかなか難しいところもありますし、確実に『できる』と言える世界ではない。でも、もし3作目のチャンスがあって、できることがあるとしたら、また皆さんお会いしましょう」と挨拶をし、大歓声を浴びながらトークイベントを締めくくった。(取材・文=宮川翔)