■86歳のカルチャーアイコン「RBG」
日本の最高裁判事の名前を挙げろ、と言われてすぐに答えられる人がどれくらいいるだろうか。86歳にして現役のアメリカ最高裁判事であるルース・ベイダー・ギンズバーグは、アメリカでは彼女のことを知らない人はいないと言われるほどの知名度を誇る。「アメリカで尊敬される女性」のランキングで上位に入り、名前の頭文字を取ってカルチャーアイコン「RBG」として親しまれる彼女。いまやティーンエイジャーをも熱狂させる存在だという。
日本ではあまり馴染みのない存在かもしれないが、彼女のことを深く知ることのできる2本の映画が立て続けに公開されている。1作はギンズバーグの若き日を描いた伝記映画『ビリーブ 未来への大逆転』、もう1作はドキュメンタリー映画『RBG 最強の85才』だ。
■女性として史上2人目のアメリカ最高裁判事
ルース・ベイダー・ギンズバーグは1933年にニューヨーク・ブルックリンのユダヤ人家庭に生まれた。名門コーネル大学に学んだのち、1956年に夫マーティンが学ぶハーバード大学法科大学院に入学。転学後にコロンビア大学法科大学院を首席で卒業した。
その後、大学で教鞭をとりながらアメリカ自由人権協会(ACLU)による女性の権利プロジェクトの立ち上げに尽力し、弁護士として性差別の裁判に携わる。1993年にビル・クリントン大統領に指名されて女性として史上2人目の最高裁判事となり、86歳の現在も現役で法廷に立ち続けている。
■「男子の席を奪ってまで入学した理由を話してくれ」
「男子の席を奪ってまで入学した理由を話してくれ」。これは『ビリーブ 未来への大逆転』の劇中、ハーバード大学ロースクールの女子学生歓迎会のシーンで学部長がギンズバーグを含む女子生徒たちに言い放った言葉だ。当時、500人の新入生のうち女性は9人。学校には女性用トイレすらなかった。
フェリシティ・ジョーンズが若き日のギンズバーグを演じる『ビリーブ 未来への大逆転』は、母親の介護費用控除が認められない男性の弁護に挑んだ1970年代のギンズバーグに光を当てる。当時の法律は親の介護は女性の役目だと決めつけ、税控除を申請できるのは女性だけだった。ギンズバーグはこの法律が憲法違反だと認めさせることができれば男女差別解消への第一歩になると信じ、法律を守ろうとする政府との闘いに挑む。
映画で描かれるのは、女性は仕事を選べず、自分の名前でクレジットカードを作ることさえ許されなかった時代。ロースクールを首席で卒業したギンズバーグも女性だからという理由で弁護士事務所に採用されないという壁にぶつかる。また劇中で裁判の予行演習を行なうギンズバーグに対してACLUの男性職員がもっと笑顔を見せるようアドバイスする一幕があるが、ギンズバーグが法や制度などの社会構造だけでなく、「女性は笑え」というような抑圧的な視線にも対峙してきたことがわかる場面だ。
監督ミミ・レダーは劇中で描かれている裁判について「この裁判に勝訴したことで多くの法律が変わった。私たちみんなの世界を変えました。あの闘いのおかげで現在の私たちがいる」とその意義を語っている。
■「男性のみなさん、私たちを踏み続けているその足をどけて」
『RBG 最強の85才』は、弁護士時代から一貫して女性やマイノリティーの権利発展に尽力し、判事に指名されてからも軍事大学の女性排除、男女の賃金差別、投票法の撤廃といった問題に果敢に切り込むギンズバーグの姿を追ったドキュメンタリー。若者の支持を得るポップカルチャーアイコン「RBG」が生まれた背景を、家族や友人、同僚らの言葉から紐解く。『第91回アカデミー賞』では長編ドキュメンタリー映画賞、主題歌賞の2部門にノミネートされた。
「男性のみなさん、私たちを踏み続けているその足をどけて」「真の変化は一歩ずつもたらされるもの」「同僚の男性判事は性差別が存在しているとは思っていなかった。幼稚園の先生になったつもりで説き続けました」――ギンズバーグの率直な言葉が胸に響く。作中に「SUPER DIVA」と書かれたウエアでトレーニングに励む彼女の様子が出てくるが、80歳を超えてもなおジムでのワークアウトを欠かさずに自分の健康を管理し、保守化が進む最高裁において反対意見を出し続けるその姿は、彼女がロックスターに例えられるのも納得のパワフルさだ。
またシャイで控えめなギンズバーグと対照的に、社交的で陽気だった夫マーティンとのラブストーリーも本作の見どころのひとつ。2010年に逝去したマーティンは自身も優秀な弁護士だったが、当時の男性としては珍しいほど妻を献身的にサポートする夫だった。ギンズバーグは「私を脳みそのある人間として扱ってくれたのはマーティンが初めてだった」「マーティンは自分に自信があるから、私に脅威を感じることはなかった」と学生時代に出会った彼のことを振り返っている。
■「Notorious RBG(悪名高いRBG)」がフィーバーに。『デッドプール2』『レゴ ムービー2』にも登場
1970年代から女性やマイノリティーの権利のために闘い続けているギンズバーグが突如としてカルチャーアイコンになったのは、2000年代に入ってからのこと。ギンズバーグは2013年に最高裁がアフリカ系アメリカ人の有権者に対する差別をもはや防止する必要はないとして、投票法の鍵となる条項を無効にしようと判断した際に痛烈な反対意見を作成した。この姿が支持を集め、「Notorious RBG(悪名高いRBG)」のTumblrやギンズバーグのイメージを使ったインターネット上のミームへと発展した。
関連本の出版、Tシャツやマグカップなどのグッズも売り出され、『TIME』誌は彼女を表紙に起用。彼女の顔写真はコラージュされ、印刷され、さらにはネイルやタトゥーにする者も現れた。ハロウィンでは大人から子供まで彼女のコスチュームを真似する人が続出したという。さらには『サタデー・ナイト・ライブ』でケイト・マッキノンが彼女のモノマネを披露するほどになった。
著名人でもレナ・ダナムやエイミー・シューマーは彼女へのリスペクトを表明している。また『デッドプール2』には彼女の写真が映るシーンがあり、『レゴ ムービー2』にはギンズバーグ本人のレゴのキャラクターが登場するなど、その影響はポップカルチャーの世界の様々なところで見ることができる。
■RBGのようになるには? 書籍の一部を紹介
ベストセラー書籍『Notorious RBG』では、「性差別は全ての人にとって良くないものだと思います。男性にとっても、子供たちにとっても悪です。その変化の一部になる機会を得たことはとても満足しています」というギンズバーグの言葉が紹介されている。
「#MeToo」「#TIME'S UP」ムーブメントの広がりで次々と明らかになった女性への性暴力や、職場での性差別を考えても、ギンズバーグが闘い続けている不平等はいまだなくなっていない。「男子の席を奪ってまで入学した理由を話してくれ」とギンズバーグが告げられたのは50年以上も前のことだが、日本では2018年に医学部入試における女性差別が発覚している。
状況が変わるには法律や制度などの構造上の差別解消と、人々の意識の変化が両輪でなければいけない。『ビリーブ 未来への大逆転』でギンズバーグは憧れの弁護士に「社会が変わらないと法律は変わらない。まだその時期じゃない」と冷たく追い払われる。それでもセクハラまがいの言葉を路上で投げかけた男たちに毅然と立ち向かった娘の姿を見て「もう時代は変わった」と確信し、信じた道を突き進む決意をする。同作には「法廷は天候に左右されないが、時代の空気には左右される」というセリフが登場するが、時代の空気を作るのは人々に他ならない。
ルース・ベイダー・ギンズバーグのような激しいエネルギーを持つと同時に聡明な、年齢を重ねた女性である彼女が大衆的な人気を獲得していることについてベストセラー書籍『Notorious RBG』では、アメリカにおける力のある女性のイメージの重要な拡張であるとの評が紹介されている。最後に同書に掲載されている「RBGのようになるには」を記したい。
・信念に従って励め
・無駄な戦いはするな
・独りよがりならず、他の人も参加できるようにしておくこと
・責任をとることを恐れるな
・何をしたいかを考えて、取りかかれ
・でも好きなことを楽しむこと
・仲間を巻き込むこと
・ユーモアを忘れるな
『ビリーブ 未来への大逆転』は3月22日から、『RBG 最強の85才』は5月10日から公開中だ。