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性犯罪「無罪判決」相次ぐ 「判断には被害者心理の理解が不可欠」専門家が訴え

2019年05月12日 11:01  弁護士ドットコム

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今年3月、性犯罪が問われた裁判の一審で、無罪判決が相次いだ。最初に報じられたのは、テキーラを一気飲みさせられた女性に対し男性が性行為に及び、準強姦罪で起訴された事件。福岡地裁久留米支部は3月12日、男性を無罪とする判決を下した。


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その後も、全国で3件の無罪判決が続いたことから、ネット上では判決への批判が高まり、性犯罪の刑法改正を求める署名活動がスタート。5月11日には東京、大阪、福岡で性暴力と性暴力判決に抗議する「フラワーデモ」も行われた。



「無罪判決」はなぜ続いたのか。性暴力の被害者支援や、被害者や加害者の臨床に携わっている専門家が登壇するシンポジウムが5月9日、東京都千代田区の日比谷図書文化館で開かれた。イベントでは、被害者支援の立場から考えた裁判のあり方が話し合われ、専門家からは、性暴力を受けた被害者がどういう状態に陥るのか、その後も続く苦しみや恐怖を知ってほしいという意見が交わされた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)



●今年3月で4件の無罪判決

今回のイベントで話題となったのは、次の4件の無罪判決だ。



【3月12日・福岡地裁久留米支部】 テキーラを一気飲みさせられた女性に対し男性が性交に及び、準強姦罪で起訴された裁判。報道などによると、判決では女性が抵抗できない状態だったことは認定したものの、女性が性交に同意していると男性が誤信する状況だったとして「故意」を認めず、男性に無罪判決を下した。



【3月19日・静岡地裁浜松支部】 40代のメキシコ国籍の男性がコンビニ駐車場で声をかけた面識のない20代女性に対して、強制性交し、けがをさせたとして、強制性交致傷の罪に問われた裁判。判決では、女性が「頭が真っ白になった」ため、抵抗できなかったという検察の主張を認めたが、男性からみてわかる形で女性が抵抗を示していたとはいえず、「故意」は認められないとして、男性に無罪判決を下した。



【3月26日・名古屋地裁岡崎支部】 父親が19歳の娘に対する準強制性交の罪に問われた裁判。長女が中学2年生の頃から頻繁に行われていたといい、長女が服を脱がされないように抵抗したところ、父親からこめかみのあたりを数回拳で殴られたり、太ももやふくらはぎを蹴られた上、背中を足で踏みつけられたりしたこともあった。判決では、長女の同意はなく、抵抗し難い心理状態だったと認めつつも、父親に服従せざるを得ないような強い支配従属関係にあったとは言えず、「抗拒不能だったとはいえない」として、無罪判決を下した。



【3月28日・静岡地裁】 父親が当時12歳だった長女に対し、2年間にわたり性行為を強要していたとして、強姦などの罪に問われた裁判。判決では、長女の証言が変遷したことや、7人家族で同居していた家族が誰も気づかなかったというのは不自然であることから、被害者の証言が信頼できないと判断、無罪判決を下した。なお、父親が携帯電話に児童ポルノ動画を所持していたとする罪については、罰金10万円の有罪判決だった。



●加害者にある「認知の歪み」、背景には女性蔑視の価値観も

この日開かれたイベント「「強制性交等罪―続く無罪判決から問題点を考える―」ではまず、加害者の臨床に携わっている精神保健福祉士で、大森榎本クリニック・精神保健福祉部長、斉藤章佳さんが、これらの判決について、再犯防止プログラムに取り組む性加害者30人にヒアリングした結果を報告した。



斉藤さんは「性加害者には認知の歪みがあります。加害者は刑事手続の段階で罪を軽くしたいと考え、被害者に与える影響を考えずに自己中心的な捉え方をします」と指摘。ヒアリングの中では、静岡地裁浜松支部の判決に対し、「真っ先に、『被害者に落ち度があったのでは…』と感じてしまった」といった反応があったと紹介した。



しかし、ある加害者からは、静岡地裁の判決について「長女の証言が変遷するのは明らかにPTSDの影響」といった被害者に寄り添った回答が得られるなど、再犯防止プログラムの効果もみられたという。「性加害者はその(加害の)瞬間で終わり、被害者についても覚えてないことがあるが、被害者にとっては、その後もずっと影響は続きます。その後を知ることで、想像力を働かせることができる」とした。



斉藤さんは、ヒアリングの結果からあらためて、「性暴力は決して被害者の責任ではない。加害者の責任であり、加害者には再発防止責任がある」とし、刑事裁判とは別に、責任のとり方をどうするかが課題だとした。また、「彼らは性犯罪者として生まれたわけではなく、社会の中で学習して犯罪者になる。前提としての価値観である男尊女卑や女性蔑視を変えていかなければなりません」と語った。



●気づいたら抵抗できない状態で行われる家庭内の性的虐待

また、被害者に寄り添って活動をしている臨床心理士で目白大学講師、斎藤梓さんは動画中継で参加した。「被害者支援の視点から考える裁判」として、判決でも判断のポイントとなった被害者の「抵抗」や、「抗拒不能」について、最新の臨床研究から知見を述べた。



まず、被害者は、見知った人からの加害だった場合など、それが性被害であると認識できない場合も多く、認識できなければ抵抗も困難であるとした。また、親子間などの関係性の中では、被害に対して抵抗できないことが特徴と指摘。加害者は日常生活の中で上下関係を作り、被害者をおとしめて弱体化させ、逃げ道をふさいで性交を強要するとした。



「家庭内で起きた性的虐待は、家庭内暴力があったり、家族が人質に取られていたり、気づいたら抵抗できない状態で行われることが多いです。加害者からは秘密にしろと言われ、継続すればするほど、開示が難しくなります。がんばって抵抗や開示を試みても失敗すれば、無力感に陥り、ますます抵抗できない状態になります」と斎藤さん。



その上で、裁判で「抗拒不能」と判断するには、心理学や精神学的な知見、被害者の心理の理解が不可欠であると指摘した。「もし被害者の抗拒不能を否定するのであれば、それなりの根拠を持ってほしいです」と訴えた。



●19歳の長女に性交をしていた父親はなぜ無罪になったのか

最後に、性被害にあった女性を支援している立場から、上谷さくら弁護士がそれぞれの判決を解説、その問題点を指摘した。「3月は判決が多く出される時期ではありますが、有罪率が99%を超えると言われる日本の刑事裁判で、1カ月に報道されているだけで、性犯罪の裁判が4件も無罪判決となれば、被害者支援の立場からは、こころ穏やかではありません」として、「性犯罪の場合は、法律の要件がとても厳しいです。背景として、そもそも法律の定め方に問題点があるかもしれません」と述べた。



そのうち、19歳の長女に対する準強制性交罪に問われた父親が無罪となった判決(名古屋地裁岡崎支部)については、次のように疑問点を指摘した。



「裁判所は『抗拒不能とまではいえない』という判断をしていますが、その際に精神科医による被害者の精神鑑定をしています。精神科医は、『性的虐待などが積み重なった結果、被害者は抵抗しても無理ではないかという気持ちになり、被告人に抵抗できない状況だった』としました。



裁判所は、この判定を信用が高いと認めましたが、法律判断としての抗拒不能に関する判断をなんら拘束するものではないとして、この意見を採用していません。専門家の意見は扱いが難しく、医師の意見は絶対的なものではないですし、裁判所の判断が別であるということはその通りです。ただ、高い信用性を認めながら、なぜ採用しなかったのかという説明が判決文を読み限り、不十分だし不合理だと思いました」



上谷弁護士によると、これら4件の無罪判決のうち、静岡地裁の裁判をのぞいて3件が控訴されたという。



●無罪判決をめぐる「感覚のズレ」が話題に

続くパネルディスカッションでは、一般人と判決との「感覚のズレ」が話題になった。上谷弁護士は、友人に「なぜ、娘をてごめにした父親が無罪なんだ」と聞かれたという話を披露、「これが一般国民の感覚なんだと思います」と話した。



質疑応答では、会場の一般参加者から、「今回の無罪判決は、法曹界ではどのように受け止められているのでしょうか。ネットを見る限りでは、無罪判決を批判する人を批判する弁護士がかなりいたようです」という質問があった。



これに対し、上谷弁護士は、「被害者支援を熱心にやっている人は、相当色々なことを思ったはずです。(一部の弁護士から)被害者や支援をしている人たちに対するバッシングが起こり、なぜ被害者や支援者の意見に耳を傾けることができないのだろうかと思いました」と答えた。



また、「被害者が裁判を起こしても、司法に認知の歪みがあったら救われません。法曹界の人たちはなぜ、一般人、被害者の感覚とズレているのでしょうか。これを変えるためにはどうしたらいいでしょうか」という質問も寄せられた。



上谷弁護士は、「現在の刑法が改正された際の付帯決議で、検察、警察、裁判官は被害者について勉強しなさいと言われ、一生懸命取り組んでいると思います。ここ数年で、裁判官も劇的に変わったと思われる部分もあります。裁判所も私を研修に呼んでくれます。『どこで先生が怒っているのかを聞きたい』と言ってくれますね。自浄力があると思います」と期待を寄せていた。



(弁護士ドットコムニュース)