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中国ではアイドル元年から戦国時代へ突入 人気配信番組が続々登場する背景に迫る

2019年05月11日 07:11  リアルサウンド

リアルサウンド

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 まさかこの私が、中国の推しメンに票を入れる毎日が来るとは想像もしていなかった。毎日サイトを開き、WeChatのIDから入り、目の前に並ぶ100名のイケメンのうち、私の推しメン9名に一票ずつ票を入れているのだ。「頑張れ!」「あがれ!」そんなことを思いながら、ポチりと一票ずつ入れていく。気分はすっかり、「我が子を応援する母」または「お気に入りのホストにはまる女」のような感じだ。


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 一体、何のことを言っているかというと、今年1月21日から中国の動画配信サイト「愛奇芸(アイチーイー)」でスタートしたオンラインのアイドルバトル番組『青春有你(Qing Chun You Ni)』に出演しているアイドル候補生への投票のことだ。『青春有你』は直訳すると「青春に君ありき」といった感じだろうか。ちょっと昭和感ただようタイトルだが、中国の番組タイトルはこういう4文字、5文字が結構定番だったりする。また、番組を見て知ったのが、中国語の新しい用語だ。これまで中国語でアイドルと言えば「偶像」だったのに、去年からか「愛豆(アイドウ)」という、発音が「アイドル」っぽい新語が登場した。さらには、「男飯」「女飯」も。何これ? と思ったが、中国語で「男飯(ナンファン)」は「男性ファン」「女飯(ニュウファン)」は「女性ファン」なのだ。


 2017年は中国ヒップホップ元年だったことは以前のこちらの記事で書いたが、2018年は中国アイドル元年だった。そして、今年2019年はそのアイドル元年が一気にヒートアップし、“アイドル戦国時代”に突入しているのだった。


 2018年のたしか2月だったと記憶している、上海にいる中国人の友人から「知ってる? 今、中国の若い子にムッチャ人気のアイドルバトル番組があるんだよ」と聞いた。番組の名前は『偶像练习生(Idol Producer)』。2018年1月に初回の放送がスタート。2000年の初め、中国では歌のバトル番組がヒットし、そこから国民的アイドル歌手が誕生したのは知っていた。でも、アイドルのバトル番組が流行っているとは知らなかった。今の中国アイドルってどんな感じだろう? という興味と、いやいや、どうせダサかったりするんでしょ(失礼ながら)という疑いの半々の気持ちを抱きながら番組を見てみた。いやー、これはヤバい。私の失礼な思い込みは、気持ちよく裏切られ、もう、ただただ「ヤバイ!」のだった。全体的に豪華すぎるほどお金がかかっているのがわかるし、そして、なによりも出演者の男子がみんな“イケメンで色白で背が高くて礼儀正しい”のだ。


 しかも、番組全体のつくりがオシャレ。正直、以前私が知っていた中国のテレビ番組といえば、セットや出演者の衣装がイケてなくて、どこか残念な感じがした。そこで止まっていた私は、『偶像练习生』に登場するアイドル候補生の男子たちが着ている衣装、指導者兼審査員である芸能人が着ている服がちゃんとコーディネートされた、イケてる服なことにびっくりした。また、セット、カメラワーク、編集も、私が知っている過去の番組の残念な面影は全く存在していなかった。そして、何よりも(大事なことなのでもう一回言うが)登場している100名の男性アイドル候補生が“イケメン”“細い”“色白”“背が高い”そして“礼儀正しい”のだった。身長は170cmから192cmの男子が参加していた。私が知っている中国のアイドルは、どちらかといえば筋肉質でワイルド系のイケイケな感じが多かったと記憶している。しかし、この番組に登場する男子はみんな、言ってしまえば“韓国アイドルっぽい”のだった。


 中国でも数年前から韓国アイドルブームが起きていることは知っていた。日本でもおなじみのBIGBANG、BTSは中国でも一定のファンがいる。調べてみると、やはり韓国のアイドル文化の影響があり、アイドルを目指し、韓国で歌やダンスのレッスンを受ける中国男子が増えているらしい。


 『偶像练习生』は、中国国内から集まった審査に通過した100名のアイドルを目指す男子が主人公。番組が終わるまでのあいだ『テラスハウス』さながら、共同生活をしてレッスンにあけくれ、様々なお題に答えていくというリアリティーショーだ。公演でのダンスのレベル、歌唱力、表現力などが評価になり、最終的に残った9名が1つのアイドルグループとしてデビューする。歌唱力でいえば、正直、日本のアイドル以上に上手いのも驚きのひとつだった。そして、ファンの心を掴むのは、オンラインで自分の“推しメン”に票を投じることができるということ。視聴者の一人ひとりがタイトル通りの“アイドルプロデューサー”というわけだ。その一票も、男子一人ひとりのデビューに近づくための重要な一票なのだ。


 中国のメディアの情報によると、『偶像练习生』は初回の放送1時間で、1億ビューだったそうだ。そう、1億。でも、よく考えてみれば、中国人の人口は13億を軽く超えている。1億は十分にありえる。番組に登場する男子は、一番年下で18歳、年上で27歳だったと記憶している。27歳の男性に対し、残りの男子たちはみな「兄さん」と呼び、時に慕い、時にレッスン後の身体を心配する。指導者でもある彼らの憧れの芸能人がレッスンの様子を見に来ると、今の日本人もすでにしなくなった90度の角度でお辞儀をし、「老师好(先生お願いします)」と声を揃える。


 「え? 私が知っている中国の若い子ってこんなだっけ?」。私の知り合いの大学生の中国人もさすがにここまでのお辞儀はしない。どうもここにも韓国のアイドル文化の影響があるようだ。韓国社会は上を立て、礼儀に厳しい。韓国のアイドルグループが先輩に会ってビシッと90度に腰を曲げているのは、動画で見たことがある。


 2018年4月6日、『偶像练习生』の最終回は生配信され、その舞台で最終的に残った9名で結成されたアイドルグループ・NINE PERCENT(ナイン・パーセント)のデビューが決定した。その日から、テレビ番組、オンライン番組、CM、雑誌などで彼らの姿を毎日見るようになった。2018年、中国で最も稼いだ、最もメディアへの露出度の高いグループだったのは間違いない。ただ、このグループは1年半という期間限定のグループ。あと半年でNINE PERCENTは解散するが、個々の人気も高いので、解散後も9名の人気は衰えることはないだろうとみている。


 そして、今年1月21日『偶像练习生(Idol Producer)』のシーズン2である『青春有你』の放送がスタートした。シーズン1の盛り上がりに続けとばかり、あっという間に「愛奇芸(アイチーイー)」内で視聴率トップに駆け上がった。番組の流れとしてはシーズン1とほぼ変わらずで、出演者であるメインの審査員兼指導者のメンバーも同じだったし、バトル形式で候補生は合宿生活を送りながら番組の収録が行われ、レベルに合わせて配布されるトレーナーの色も変わらなかった。


 しかし、大きく異なっていることがひとつあった。“国家一級歌手”“国家一級ダンサー”という肩書きの40代から70代までの4名が、新たに審査員として登場したのだ。“国家一級”とは簡単にいうと“国が認めた一流の”という意味だ。その“国から認められた”舞台人の大先輩である4名が、控え室の机を囲み、候補生たちの舞台上の成果を映像で見て評価するのだ。「さすが2年レッスンを受けてきただけあるね。基礎ができているよ」「ポップスの中に中国的な要素をいれて、さらにラップとダンスでもってミックスさせる。多元的な表現で新しいね」などと、この権威ある先輩たちは、はるか昔の自分の姿と重ねたりして、感想を述べ合う。


 それでは、なぜ、この指導者的存在が登場したのか? それは、アイドル番組がオンラインの枠を超えて中国の一大産業になっていることの表れだろう(と私は勝手に断言する)。NINE PERCENTには、中国中の若者が夢中になっているし、どんどんお茶の間に浸透して、親子でファンという人もいるくらいだ。たった1年で“アイドル”を超え、オピニオンリーダー的な存在になってしまったともいえる。それに応じて、番組の方でも、アイドルが青少年の模範になるということを頑張って示すようになった。“かっこいい”“背が高い”という見た目だけで投票をしがちなファンの評価だけではなく、この番組のスローガン同様「越努力 越优秀」(日本語で言うと「努力すれば優秀になれる」)というのを、若者にも伝えたいということなのだ。実際、先輩たちは、背は低いけれどダンスが上手い男子や、14年間バレエを続けてきたという、候補生の中でも年齢が上の男子に高評価をつけていた。「君の努力は無駄ではない」ことを、先輩たちは分かっているのだ。


 また、今年に入ってのもう一つの驚きは、『青春有你』と同じスタイルのアイドル番組が別の動画サイトでも制作され、同じ1月から放送されていたことだ。同じく100名の男子が共同生活を送り、ダンスや歌を披露して、のし上がっていくという番組。こちらは、『青春有你』よりもさらに「若者の精神、肉体を育てる」という意味合いが強いようだ。そして、両番組に共通している“共同生活”というのは、私たちが想像するような“シェアハウス”とは懸け離れた合宿生活だ。中国は昔から、大学生になると基本、全員が学内にある学生寮で共同生活を送る(高校からというケースもあるらしい)。一部屋4人、二段ベッドでの生活(寮によっては2人一部屋もある)が中国ではごくごく当たり前。番組でも同じ形式を取り入れているため、参加者の彼らにとっては、まるで学生生活の延長、または学生生活に戻ったような感じなのだ。しかも、先日4月6日、また別の動画サイトでもアイドル番組がスタートし、今年は“アイドル戦国時代”到来だ。実は、その4月6日は、『青春有你』の最終回、そして、NINE PERCENTのデビュー1周年という重要な日だったのだ。その日、新たなアイドル番組が始まるという、アイドルファンにとってはなんとも忙しい一日だった。


 驚き疲れるのはまだ早い。日本では考えられないが、これらの番組は、中国各地の“アイドル村”のような場所で収録、合宿生活が行われているのだ。『偶像练习生』『青春有你』は北京からバスで1時間ほどのところにある河北省の街で、もう一つの番組は無錫(むしゃく)という、上海から新幹線で2時間ほどのところにある街で行われている。参加者100名の若者の他に、番組に関わっている数多くのスタッフたちが敷地内で生活をしているようだ。敷地内にはコンビニもある。しかし、ファンはもちろん立入禁止だ。ファン(女飯)たちは、コンビニ近くの敷地ギリギリの場所で推しメンのアイドル候補生が買い物に来るのを寒い中待っていて、彼らが来るたびに声援を送る甲斐甲斐しい(たまにちょっと怖い)動画もあがっていた。


 先ほども書いたが、4月6日に最終回を迎えた『青春有你』は、『偶像练习生』同様に生配信され、9名の男性アイドルグループがまたしても誕生した。グループ名は「UNINE(ユーナイン)」。実はそのUNINEが誕生した会場に、私も立ち会うことができた。ずっと応援していた練習生のデビューが決まり涙して喜ぶファン、9名に入れず泣き崩れる練習生の姿に涙するファンなど、私の周りではいろんな涙を流すファンで溢れていた。番組が終わったのは夜中の12時。北京までの送迎バスに乗り、バスからの真っ暗な光景を見ながら、数分前までの熱狂とアイドル誕生の瞬間はまるで夢だったのではないかという気持ちで北京のホテルまで戻った。


 私もすっかりアイドル候補生たちのひたむきな姿に感動し、番組、そして中国のアイドルに夢中になっていた。この思いを語り合う相手が欲しい。ファンの子たちって、この突然、しかも大量に登場した中国アイドルをどう思っているんだろう? 居てもたってもいられなくなった私は、上海に飛び、“追っかけ”女子の住む大学の寮に押しかけ、ちょうど、私と同じ、NINE PERCENTのメンバー・陳立農(チェン・リーノン、通称:ノンノン)を推している大学生に話を聞いた。


 次回は、韓国アイドルから中国アイドルの追っかけに転身した上海の大学生の話をお送りする。(小山ひとみ)