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エイベックスのキーマン2人に聞く、ネットクリエイター&海外のイノベーション領域に取り組む理由

2019年05月10日 15:51  リアルサウンド

リアルサウンド

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 エンタテインメントを取り巻く状況が大きく変化しつつある現在、国内大手のひとつであるエイベックスは様々な新規事業やイノベーションに取り組んでいる。その中でも、特に注目されているのがネットクリエイター領域と海外でのイノベーションだ。


 ネットクリエイター領域では、「こばしり。」などを中心に人気美容系YouTuberが所属する株式会社MAKEYと、様々なライバー/配信者をサポートする株式会社TWHを子会社化し、個人配信者の領域をさらに強化する試みをスタート。2019年2月に世界中の最先端のスタートアップとともに音楽の未来をつくっていくためのオープンイノベーションプロジェクト「Future of Music」をローンチし、海外のスタートアップへの投資・協業の動きを強めている。


 今回、新事業推進本部で新事業開発・戦略投資を統括するグループ執行役員の加藤信介氏と、Avex USA Inc.の取締役社長で「Endel」「Mighty」「Wave」など、海外の音楽スタートアップへの出資を行い、海外戦略を担う長田直己氏に話を聞いた。


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■「どれだけオリジナルな価値のある混ぜ方が出来るか」(長田)


――まず、お二人が近年のエンタテインメント領域において、大きく変化していると思うところを聞かせてください。


加藤:まず、大前提として、僕らは「スターを生み出すこと」に高いモチベーションを感じていた集団で、それを得意にしてきた会社です。ただ、スターの概念は、時代とともに変わりますよね。そう考えると、ユーザーがエンタテインメントを楽しむ環境や、発信者が利用するプラットフォームが多様化している中で、その形も多様化してきていると思うんです。実際に日本だけには寄らないスーパースターが人気を集めたり、ニコニコ動画から出てきたスターが活躍していたりと、様々な変化と多様化が起きていますし、そういった流れはより加速しています。つまり、それはユーザーの方々がエンタテインメントを楽しむ幅が増えているということですし、クリエイターも自分のやりたいことに合わせて適切な発信方法を選べる時代になっていると思うんです。だからこそ、その多様化に機能もクリエイターのポートフォリオも対応して、これからも様々なスターを生み出したいと思ったのが、今回のMAKEYとTWHの子会社化の経緯です。


――スターの形が多様化している、と。


長田:たとえばのお話ですが、テクノロジーの進化によって、今の時代は写真ひとつとっても色々な人たちが撮ってアップロードできる時代になっています。つまり、これまでクリエイターではなかった人たちが、クリエイターになれる可能性が出てきていますよね。また、インフラのデジタル化と文化のグローバル化が進んで、日本で出したものがすぐに地球の裏側のブラジルに伝わる時代でもありますし、情報が最適化されて、自分の好きなものが最短距離で近づいてくる時代でもあります。その中で、ハイブリッドな新しい体験や文化が生まれる可能性があると感じます。ですが、それはただ色々なものを混ぜればいいという話ではなく、「どれだけオリジナルな価値のある混ぜ方が出来るか」ということが大切だと思っているんです。


――つまり、そうした時代の変化に対応して、新たなスターを生み出すための一歩が、MAKEYとTWHの子会社化なのですね。


加藤:そうですね。僕と長田は同期で、2004年に大学を卒業してこの業界に入ったんですが、そこからの10何年間というのは、ずっと変化の過渡期だったと思っています。当時、CDのセールスはすでにピークアウトしていましたし、そこからインターネット上に様々なプラットフォームが出てきて、今ではそこからクオリティの高いクリエイターが世に出るようになりました。僕らはちょうど、その変化をすべて経験してきた世代なんです。ですから、新しいプラットフォームから出てきた人気者を世に送り出すということは、自分のポリシーとしてかねてから持っていたものでもありました。ただ過去、僕がいち現場スタッフとして「ネット発のクリエイターはこんなに可能性があるんだ」という魅力を伝えても、それが会社全体のカルチャーにはなかなか紐づけられなかった、というくやしい気持ちも同時にあったんです。これは決して会社が悪いという話ではなく、それぞれの会社にはそれぞれの得意分野、強みがあるということですね。だとするなら、そうした自社の強みを生かしながら、同時にうちにはない知見を持った方や会社に新たな領域をドライブしてもらって、横連携を進めていくのが、一番いい形なんじゃないかと考えたんです。


――なるほど。両者の強みが組み合わさるからこそ生まれる可能性は多そうです。


加藤:実際、MAKEYやTWHは単体で活動していく可能性だけを考えているわけではありません。たとえば、エイベックス・マネジメントやエイベックス・アーティストアカデミーにいる人材のYouTuber領域やライバー領域での活動をTWHやMAKEYで担当することもすでに始まっていますし、逆にMAKEYやTWHから出てきた人材がマスメディアやCMを舞台に活動したいときには、エイベックスとしての機能を使ってサポートしたりと、お互いに行き来することも想定しています。お互いの得意領域を生かす形で協力できる体制にしていこうと、現時点では考えています。そのため、エイベックス・マネジメントの執行役員にTWHやMAKEYの役員にも入ってもらっていて、横連携がスムーズにいくような環境にしています。その他各所との連携も、かなり上手く機能していると感じています。


■「マスメディアに出たいと考えているクリエイターの出口を強化したい」(加藤)


――エイベックスの宣伝チームが配信者の方々の宣伝も担当できるというのは、かなり大きな利点ですね。


加藤:インフルエンサー領域からはじめて、マスメディアにもある程度の交渉権を持つのは非常に難しいことですが、僕らにはもともと築き上げてきたものがあるわけですから、それをベースにしつつネット領域にも出ていける、つまり、その両方を横断できるのは、僕らの大きな強みだと思っています。これは、エイベックスがこれまで積み重ねてきたものがあるからこそだと思います。


――個人配信者の方が、現在のマスメディアに出ていく際には、やはりまだ壁のようなものが大きく存在しているのですか?


加藤:やはり、まだまだあると思います。ただ、これは去年頃から感じていることですが、僕らのような会社と、ネット領域を専門的にやられてきた方々との距離も、以前より近くなっているんですよ。2~3年前だと、「レガシー vs ニュー」という形で、両者が混ざり合うことはあまりありませんでしたが、僕らは僕らで横幅を広げる大切さに気づいていますし、彼らは彼らでネット領域から出てアーティスト活動をしたり、マスメディアに出たいと考えているクリエイターの出口を強化したい面があります。


そういう意味でも、一緒に手を組むことが、お互いにとっていい結果になると気づきはじめているんです。ですから、今はすごくいい意味で、両者が混ざり合いはじめているところだと思います。


――両者が距離を縮めることで、お互いに課題が解決できる、と。


加藤:僕としては、色々な方々との連合軍でやっていきたいと感じているので、これからも仲間を募りたいですし、お互いの強みを認め合いながら、パズルのピースとしていい形にはまり合える状態にしたいと思っています。これだけ環境がドラスティックに変わってきているわけですから、すべてを自前でやるのではなく、スピード感のある外部パートナーと手を取り合って進めていくのは大事なことだと思います。


――こうした変化は、長田さんが担当されている海外のオープンイノベーションとの連携についても言えそうですね。


長田:そうですね。今世界でインフルエンサーに落ちているお金は2,000億円ほどの規模になっていて、来年には5,000億から1兆になるとも言われています。その中で、様々な変化が生まれています。たとえば、面白いところで言うと、「Neon Carnival」という『Coachella Festival』のシークレットなアフターパーティがあるんですが、そこに参加するための審査の方法が、Instagramのアカウントを登録する形になっているんですよ。おそらく、そのアカウントを分析して、「この人は入れよう」ということを判断しているのですね。ですから、対象としては大きく外に開かれていて、ある意味では世界75億総インフルエンサー時代になりつつあるような側面もあると思うんです。


――つまり、企業や集団だけではなく、その人個人を見るようになってきている。


長田:はい。最近では、e-sportsにもインフルエンサー現象の余波が広がっていて、e-sportsのスターのエージェントを行うスタートアップ企業が、巨大エージェント企業のUTAに買収されて話題になりました。また、言うまでもなく、バーチャルなインフルエンサーの方々も人気を集めていますよね。海外の国がそれぞれ異なる文化を持っているように、日本には日本にあった形が生まれると思うので、独自の文化もふくめて様々なものがかけ合わさった結果、そこからグローバルな人気を得られるようなスターが出てくるかもしれません。たとえば、この間Waveのプロダクションとして、W&Wとキズナアイさんとのコラボレーション・コンテンツ制作を行ないましたが、あのステージを海外で観ているのは、ULTRAのような音楽フェスに来るようなファンの人たちですよね。そういった様々なことが起こっていく可能性があると思います。


加藤:今はひとつの出口を大量の人材が目指す時代ではなく、それぞれの人材にそれぞれの出口がある時代だと思うんです。そこに僕らがどれだけ付加価値を提供できるかという意味でも、僕らのような会社の存在意義が問われる時代ですね。ただ、旧来のスターにしても、YouTuberや配信者領域のスターにしても共通して大切なのは、本人のモチベーションや熱意です。そこがベースであることは、どんなことでも決して変わらないと思うんですよ。ですから、大きな変化を迎えている一方で、根本的なことは何も変わらないとも思います。


■「技術ではなくエンタメやコンテンツ側の目線から見る」(加藤)


――コンテンツやスターを送り出す、つまり人をベースにしてエンタメを考えてきた方々だからこそのお話かもしれません。長田さんが海外のスタートアップと提携する際も、そうしたことを意識されているのでしょうか?


長田:そうですね。たとえば、この間、各リスナーにパーソナライズされたヒーリングミュージックを提供するスタートアップの「Endel」が日本に上陸しましたが、現代人は疲れていますから、ストレスを音で癒せるというのは大きな魅力です。ただ、彼らの場合、そうしたサイエンスの要素だけではなく、同時にアートとしての魅力も持っている集団なんです。6人のファウンダーの中には、ビジュアルアーティストやネオクラシカルの作曲家がいて、彼らはみんなDJをやっていたりします。そのため、彼らのブランド自体に様々な方が興味を持ってくれて、エスタブリッシュトな企業からパートナーシップの要望も舞い込んでいます。テクノロジーだけではない形で、グループに還元できることも起こりはじめているのではないかと思います。僕らの判断基準は、その技術を使って「一緒に何ができるか」「どんなワクワクを生み出せるか」ということなんです。


加藤:もちろん、テックファーストの方たちの存在も、非常に重要です。それを否定するのでは決してなくて、僕らには僕らの得意なやり方があるということですね。


――今後さらに個人配信者の方々が活躍する時代になると、エンタテインメントの形は、どんな風に変化していくと考えられていますか?


加藤:今までは偶像化された人たちだけがスターの役割を担っていましたが、現在はより身近なスター像も生まれてきていますよね。未熟であるところから、その人々がどんな風に活動を続けて歩んでいくのかにユーザーが感情移入して、その中でスターが生まれていく。それは現在の多様化と、ユーザー/クリエイターの価値観の変化があるからこそで、そうした様々なスターが、今後も登場していくのは間違いないですよね。


 実際にマスメディアに出ているような歌手からYouTuberなどの個人クリエイターまで様々なタイプのエンタテインメントを境目なく楽しむことに、みなさん違和感がなくなってきています。少し前だと、まだ「アニソンはニッチなもの」という空気がありましたが、それも全く変わりました。そういった形で、「どこに属しているか」「どういうジャンルか」ということに関係なく、様々なエンタテインメントを楽しめる時代に、ますますなっていくはずです。


――その傾向は、自分自身のユーザー体験としても非常に感じるところです。


加藤:だからこそ、僕らが大切にしたいのは、技術ではなくエンタメやコンテンツ側の目線から見るということなんです。たとえば、女子高生の間でARアプリが流行ったときに、彼女たちはそれをARだから使っているわけではなかったと思うんですね。彼女たちは、そのコンテンツ自体が面白いから、それを使っている。とてもシンプルな話だと思うんです。ですから、VRに関しても、VRだからこそ楽しくなることにはVRを使えばいいという話で、バーチャルとリアルを比べて思いきりバーチャルに振れたりするのではなく、どちらもバイアスをかけずに見て、ユーザーが楽しめるものを世に出したいと思っています。


――長田さんは、どんな可能性を感じられていますか?


長田:これまでディストリビューションの領域で起こってきた変化が、現代はいよいよクリエイターレベルで起こる時代になってきています。たとえば、今の時代は楽器を習ったことがなく、理論すら分からないような人でも音楽が作れてしまうツールが生まれていますよね。そうして音楽を作れる人の母数自体が大きく増えると、その中からとんでもなくいい曲が生まれる可能性もより高くなるかもしれません。個人的にはそういったことも楽しみです。


■「『究極のクリエイティヴ・アクセラレーター』を目指す」(長田)


――音楽という意味では、長田さんが担当されているTechstar Musicへの参画などの中でも、新たな可能性を感じられた部分があるのではないでしょうか?


長田:Techstarからは、色々なことを学びました。彼らには「Give first」という信念があって、その考え方にも大きく影響を受けましたし、また、Richie Hawtinが立ち上げた音楽テック特化のVCであるPlus 8 Equity Partnersは、「自分たちのミッションは、音楽産業全体を前に押し出していくことだ」と言っているんです。ですから、僕らが進めている「Future of Music」のプロジェクトも、アイデアを持った優秀な人たちを初期サポートし、最終的には音楽業界全体に貢献していきたい、という気持ちで行なっています。音楽業界の人々だけではなく、投資家や起業家、メディアなど様々なパートナーを集めて、日本なりのエコシステムをつくることで、世界的にも価値のあるものが生まれるんじゃないか、ということを想定してカンファレンスを開催したりしています。日本はいまだに世界2位の音楽市場ですが、ストリーミング・サービスが普及してきたことで、これからまた価値が上がる可能性もあるかもしれません。その際、世界から見たときに、日本の市場における強みを持っていて、同時に正式な投資先との事業開発チームがいるという面で、エイベックスに非常に価値を感じてくださっている方も多いんです。そういったところを繋げていきながら、僕たちにできない領域は外部の方々と連携して、様々な可能性を探っていきたいです。


――エンタメ業界全体のことを考えていくことも大切にしていくのですね。


加藤:CDが全盛だった時代は、日本の市場の中でどれだけシェアを取り合うか、という時代でもありました。ですが、テクノロジーが発展して、日本でアップロードしたコンテンツが一瞬で海外にも伝わる時代になったことで、僕らがライバルとして考えるのも、国内の類似している会社ではない場面も出てきていると思うんです。もっと他のところにある、と感じるんですね。こうしたマーケットの見かた自体にも明確な変化があると思います。


長田:国もそうですし、業界もそうですし、色々な切り方ができるトランスメディア的な状況になってきていますよね。そういえば、今ふと思ったのですが、ジャック・アタリの『21世紀の歴史』は読まれましたか? あの本には、人類の中心都市は交易と文化芸術の中心が重なった、起業家・イノベーター等のクリエイター階級が集まるところで、今世界の中心都市 はカリフォルニアだ、ということなどが書かれていたと思いますが、今後、その中心都市がバーチャルな場所になる可能性もありますよね。VRという言葉ではなく、あくまで「バーチャルな場所」ということですが。


――現実とは異なる仮想空間ではなく、「様々なリアルを繋ぐ場所としてのバーチャル」ですね。地球儀にはない場所に文化の首都が生まれる可能性がある、と。


長田:そうです。様々な土地の間に横たわっている物理法則を無視した場所、という意味でのバーチャルですね。そうなってくると、エンターテイメントの可能性もより広がっていきそうな気がします。話が大きくなりすぎてしまいましたが(笑)。


――いえいえ、非常に面白いですし、現在のポップ・カルチャーのグローバル化にも繋がっているお話でもあると思います。最後になりましたが、お2人はこれからどんな形でエンタテインメントにかかわっていきたいと考えていますか?


長田:僕はやはり、色々なものを繋げていけたら嬉しく思っています。「いいもの」同士をくっつけて、その人たちが実力を発揮できるような環境をつくっていきたい。言ってみれば「究極のクリエイティヴ・アクセラレーター」ですね。


加藤:長田さんもそうですが、僕も新卒から14年もエイベックスにいて、その間コンテンツホルダーとしてこの業界の中で仕事をしてきました。つまり、お話したように、僕らの強みはアーティストやコンテンツからエンタテインメントを見続けていることですから、その部分を大切にして、彼らがどうハッピーになれるかを考えていきたいと思います。それを実現するために新しい可能性に対峙していくという、この順番は間違えたくないと思っているんです。そのうえで、様々な方々と連合軍を組んで、未来のエンタテインメント業界を作っていきたいですね。その結果、「エンタテインメント業界っていいよね」「かっこいいよね」ということに貢献できたら、非常に嬉しく思っています。


(杉山仁)