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『夏目友人帳』『となりのトトロ』など日本アニメ映画が中国で相次ぐヒット その社会的背景とは?

2019年05月08日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

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 近年、日本のアニメ映画が中国映画市場でヒットしていることがしばしばニュースになる。


参考:中国での日本アニメ人気


 2015年に『STAND BY ME ドラえもん』が公開、2016年には『君の名は。』、その後も『劇場版 ソードアート・オンライン』『夏目友人帳』『となりのトトロ』など、新旧の作品が公開され、中国内の週間興行収入ランキングに顔を出している。


 この結果に当初驚いた人も多かったようだが、中国における日本アニメの需要の高さと、現在の中国の映画市場の大きさを考慮すれば、真っ当な配給ルートが確保された今、これくらいの数字が出るのは驚くことではない。元々、日本アニメのポテンシャルはこれぐらいあったのだ(とはいえ、95億円の興行収入を叩き出した『君の名は。』ですら、年間のトップ10には入っていない。それほど中国の映画市場は巨大だ)。むしろ、中国の国産アニメーションの質が向上した現在よりも2000年代の方が、日本アニメの興行ポテンシャルはもっと高かったかもしれない。


 中国における日本アニメの需要の歴史はそれなりに長く、現在の興行力も一朝一夕で築かれたわけではない。非常の大きな紆余曲折と、関係者の不断の努力、厳しく政府に統制されている市場が開放されつつあるという追い風を受けての結果だ。


 この記事では、日本のアニメは中国でどのように受容されてきたのかを振り返り、今後の日中アニメの展望も検討してみたい。


・日本アニメの中国史
 中国における日本アニメの流通が本格的に始まったのは、1980年代からだ。


 1926~1966年までの間、中国のアニメーション業界は「黄金時代」と呼ばれ、数多くの優れたアニメーションを製作していた。終わりの年の1966年は言わずと知れた文化大革命の始まった年だが、この時、ほとんどのアニメーション制作スタジオは閉鎖に追い込まれてしまった。文革が終了しても、一度断絶した文化はそう簡単には取り戻せず、中国アニメは長い低迷期に入った(※1)。


 中国で日本アニメが放送されたのは文革終了の数年後からだ。中国国営放送(CCTV)で1980年12月7日に放送開始された『鉄腕アトム』に始まり、1983年の『一休さん』も高視聴率を記録。80年代は中国におけるテレビの普及期で、ケーブルテレビも相次いて開局され、多くの日本アニメが放送されることとなった(※2)。


 日本アニメが本格的にブームになったのは、90年代に入ってからだ。『聖闘士星矢』『ドラゴンボール』『セーラームーン』『ドラえもん』『スラムダンク』などがこの時期に放送され、中国の若者の心を捉えた。


 とりわけ『スラムダンク』の人気は凄まじかったそうで、中国内のバスケットボール人口を飛躍的に高める原動力となったとも言われている。江ノ電の鎌倉駅高校前の踏切は、中国人にとっての「聖地」となっており、多くの観光客が訪れている。遠藤誉氏の著書『中国動漫新人類 日本のアニメ・漫画が中国の若者を変えた!』によれば、当時の若者にとって「『スラムダンク』は青春の教科書」と呼ばれていたそうだ。


 日本アニメの人気の過熱に危機感を覚えた中国政府は、国産アニメの振興策を打ち出すが、その勢いを止めることができなかった。この危機感は2004年にゴールデンタイムの国産アニメーションの放送の義務付けへとつながり、テレビから事実上日本のアニメは閉め出されることになる。


 しかし、時はすでにインターネットとデジタル複製の時代に突入していた。日本アニメの人気は衰えることなく、海賊版DVDや違法ネット配信によって中国のアニメファンは需要を満たしつづけた。


 海賊版の流通がどの程度あったのか、正確に把握することは難しい。が、文化庁の調査報告書「海外における著作権侵害の現状と課題に関する調査研究 ー中国調査編―」によれば、映像ソフトの侵害者の1年間の売上高は、約1752億円、侵害率は89%に上るという試算をしている。ソフトとなっているから、海賊版DVDなどのパッケージだけの数字と考えられるので、これにさらにネットの海賊版も加えると相当の数だろう(調査対象期間は2001年11月~2002年10月)。


 また、中国の大学に勤務経験のある橋本正志教授(現京都橘大学 文学部 非常勤講師)は、「私が勤務した中国の大学のホームページには、日本のアニメやドラマ、映画が多数アップロードされたFTPサーバーへのリンクがあり、学生、教職員なら誰でもそこから自由にダウンロードして視聴できるようになっていた」と述懐している(※3)。


 この巨大な権利侵害をなんとか正規のビジネスに結びつけようとする努力が実を結び始めたのは、2010年代に入ってからのこと。テレビ東京が2011年に中国の動画配信サイトTudouと正式にパートナーシップを結び、自局のアニメの正規配信を開始した。これを皮切りに中国配信サイトの正規の権利獲得合戦が始まる。正規配信の権利(授権証)を獲得した企業は、違法コンテンツを追いやるための強力な力を手にすることができ、他社との競争で有利な立場に立てるからだ(※4)。


 映画市場においても外国映画への開放が進み始め、日本映画にもチャンスが巡ってきた。その恩恵を最も受けたのはアニメ映画で、2014年まで日本映画の上映はゼロだったが、2015年には『STAND BY ME ドラえもん』『名探偵コナン 業火の向日葵』の2本のアニメ映画が公開、2016年には大ヒットした『君の名は。』を含む11本の日本映画が公開され、そのうち9本がアニメ映画である。2017年も9本の日本映画が公開され、うち6本がアニメ映画という状況だ(参照:https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2018/ab0ab7636de81fe2/movies_tv.pdf)。


 そして、2018年には最多となる15本の日本映画が公開された。アニメ映画は6本と実写映画が伸長した形となったが、興行上位に食い込むのは相変わらずアニメ映画である(参照:https://www.jetro.go.jp/biznews/2018/12/6fb58b9efba0045b.html)。


 日本アニメの中国内での需要は、文革によって生じたエアポケットを埋める形で始まった。なぜこの時日本アニメが中国のテレビ局に選ばれたのかというと、安い値段で仕入れることができたということのようだ。


 コルピ・フェデリコ氏は、スタジオジブリの発行する雑誌『熱風』2016年10月号にて、『鉄腕アトム』の中国での放送に関して、「一説によれば、それは中国のテレビ局が虫プロからライセンスを受けたものではなく、日本のカシオが買い取って、自社のCM込みでCCTV(中国中央テレビ)に無償提供したものだったそうである」(P15)と記述している。


 「安さ」というのは中国での日本アニメの広がりを考える上で重要な要素だ。黎明期には安価な仕入れ値で放送時間を埋めることができ、正規のパッケージより大幅に安い海賊版の存在が日本アニメのファンを増やすことに貢献したことは間違いない。


 作品には対価が支払われるべきなのは間違いないが、文化をあまねく普及させるためには、どうすべきなのかも考えさせられる。安く蒔いた種を、正規ビジネスとして刈り取れるようになったのが2010年代からというのは、時間がかかりすぎなのかもしれないが、今の大きなファン層を育てることにつながる重要な時期であったことも否定できないであろう。


日本アニメは中国人にどう影響を与えたか
 ここまでは、中国における日本アニメの需要の経過を見てきたが、実際に人々にどのように受け入れられ、どんな風に影響を与えてきたのだろうか。


 『鉄腕アトム』が中国で放送されたのは、文革終了の数年後だが、当時の中国の視聴者にはどのように受け止められたか、遠藤誉氏は前述の著書『中国動漫新人類』で北京大学の張頤武教授の言葉を借りて紹介している。


「80年代の初めに中国に入ってきた『鉄腕アトム』は、それそれは大きなショックを中国人に与えましたね。
<中略>
 まるで異次元の世界を見ているようで、中国の外を一歩出れば、『まったく異なる文化』と『自由な思想への飛翔』がこの世にはあるのだ、ということを、『アトム』は中国の人々に知らせました。『夢と善意と幻想と科学』という美しい世界と、何よりも多次元的な思考を中国人にもたらしたのです」(P248)


 やや絶賛しすぎではとこそばゆくなるが、日本アニメを始めとする外国作品が見せた世界観は、閉鎖的な文革時代とは全く異なる風を中国にもたらしたのは間違いない。現在の中国は科学的にも世界をリードする存在になりつつあるのだが、最初に輸入された日本アニメが科学の進歩を謳う『鉄腕アトム』であったことは偶然だろうか。


 そして、中国の経済発展と時を同じくしてネット時代となり、日本や他の先進国と同じように娯楽を求める若者が増加、その熱が海賊版の隆盛につながった。張教授は、中国のみならず、香港、台湾、韓国、さらには東南アジアにいたるまで、中産階級の若者の消費文化の根幹に、日本アニメから受けた発想があると言う(P253)。


 若い世代の日本文化への慣れ親しみは、日本全体への興味を間違いなく創出している。中国からの留学生や日本語を学ぶ学生の多くは、その動機に日本アニメが好きだからと答える。


 筆者は米国留学経験があるが、中国を初めアジアからの留学生のアニメ・漫画の認知度は非常に高かったし、多くの場面でアニメが会話のきっかけになった。アニメはある種、アジアの若者にとっての共通言語ともなっていることを実感した。


 こうして、長い年月を経て中国人の心に大きな影響を与える存在であったことが、今日の日本アニメの中国における興行力につながっているのだと考えられる。80年代、90年代に青春時代を送った世代も子どもを持つ世代になり、アニメイベントに親子2代で楽しむ姿も珍しくないようだ(※5)。


・日中アニメは競業と協業の時代へ
 現在では中国産のアニメーション作品の質も向上している。日本アニメのブランド力はまだ大きいが、国産アニメーションから年間興行収入トップクラスの大ヒット作が出てきており、今後ますます大きな資本も投下されるだろう。一度は締め出そうと試みた日本アニメを再度開放したのは、自国のコンテンツの競争力に自信をつけていることの証でもあるだろう。日本アニメが今後も存在感を保つためには、一層のオリジナリティと質の向上が求められる。


 日中アニメはすでに競争する間柄ではあるが、TVアニメではすでに中国の資本が入ったアニメ作品は数年前から珍しくなく、日中の協業が始まっている。そして昨年5月に締結が発表された「日中映画共同製作協定」は、両国の共同製作映画をさらに増やすことになるだろう。中国の映画市場は、年間の外国映画の上映本数に厳しい制限を課しているが、この協定の下で制作された作品は、中国では外国映画とカウントされない。


 日本アニメも今後は単に輸出するだけの存在ではなく、企画段階から日中で共同開発する作品が増えていくことになるだろう。今日本と中国のアニメーション業界はより接近していくだろうし、協業の中でこれまでにはなかった作品が生れるかもしれない。競業と協業の中で、西欧とは違うアジア独特の文化が発展していくことを筆者は望んでいる。


参考文献
※1南山経営研究第30巻「中国における日本アニメ産業の経営状況と課題」P243 孔 ヨウ(ヨウは火に華が正式表記)、薫 詳哲 著 南山大学経営学会刊


※2 熱風 2016年10月号「中国のアニメ映画」P15 コルピ・フェデリコ 著 スタジオジブリ出版部刊


※3 新世紀人文学研究第2号 「中国人留学生の作品に関する一考察 特集 日本語教育史からみた日中戦争」P195 橋本大志 著 新世紀人文学研究会刊


※4 調査情報 2017年3-4月号 No.535「等身大でとらえよう ~中国・日本~ 目覚めた「動画」王朝 ~アニメはどこへ向かうのか~」P31 大山寛恭 著 TBS
メディア総合研究所刊


※5 TOBIO Critiques #3 2017年9月号「中国メディアミックスにおける日本メディアの影響 ―戦時下・戦後のメディアミックスの流れを中心に―」P93 チョウ・カンカ 大田出版刊


(文=杉本穂高)