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『なつぞら』広瀬すずは“かぐや姫”のよう 2つの家族と夢に、なつはどう向き合う?

2019年05月06日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

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 第1話、「ヒロインが序盤に水に飛び込む」という朝ドラのお約束に従うかのように、なつ(粟野咲莉/広瀬すず)は、命がけでアニメーションの「水」の中に飛び込んだ。彼女の夢となり、彼女の未来を彩っていくことになる「アニメーション」の画面の中に、そして、戦争によって家族と引き離された、暗く悲しい過去の記憶の中に、彼女は手を引かれるがまま、一息に飛び込むのである。


参考:『なつぞら』岡田将生、朝ドラの“寅さん”に? 広瀬すずの兄として、これまでにない一面も


 記念すべき100本目の朝ドラ『なつぞら』(NHK総合)から目が離せない。おおらかで優しい登場人物たちと大自然に抱かれるように育ったヒロインが何かに憧れ、夢を叶えるために上京する。登場人物全員が悪気のない人たちで、損得勘定なしに誰かのために生きている。そんな「誰が観ても楽しい」朝ドラの王道を踏襲するようでいて、単純には言い表せない複雑な感情と人間模様が見え隠れする事がなにより面白い。


 特に、初回冒頭の場面に物語が追いついた25話以降、それは更に加速している。タップダンスを得意とする兄・咲太郎(岡田将生)のステップの音と共に東京編の幕を開けてしまったが最後、ただひたすらに温かかったはずの物語は、違う色を見せ始める。ヒロイン・なつはまるで、時が来たら月に帰らなければならない“かぐや姫”のように、「いつか戻らなきゃいけないような気がする」場所・東京の引力に今にも吸い込まれそうだ。


 前述した水に飛び込む初回の一場面が彼女の人生を大きく揺るがした最初の出来事であるなら、次の大きな転換点は、9話において、亡くなった父親が戦地で描いた家族の似顔絵を元に、なつが想像で描き出した、アニメーションの真昼の夢の場面である。天陽(荒井雄斗/吉沢亮)が死んだ馬を描き続けることでその孤独を埋めているように、彼女もまた、今はもうない、絵の中の幸せな家族の光景にそっと息を吹き込む。その幻の光景は、映画『お引越し』において、もう元には戻らない父母との幸せな記憶を、祭りと湖上に燃える船という風景を通して幻視することで、かつての自分と決別し成長するヒロイン・田畑智子を相米慎二が描いたことと重なる。


 つまり、なつは、決してこの先叶うことのない、家族で行く祭りの夢を見ることによって、封じ込めてきた家族への思いと向き合い、それが失われたことに対するやり場のない怒りを泰樹(草刈正雄)にぶつけることで本当の家族への思いに一度折り合いをつける。そして、泰樹をはじめとする柴田家の家族と共に生きるという新しい幸せを見つけていくことになるのである。


 さて、なつが高校演劇でヒロインを熱演した「白蛇伝説」。農協と泰樹の不仲問題を題材に「個人と集団」を描いたと演劇部顧問の倉田(柄本佑)は言う。だが、泰樹がすぐにそれを察し落ち込んでしまうことが意外なほど、事実との関連性は極めて薄かった。しかし、この物語は30話に差し掛かった現在、妙な現実味を帯び始めている。


 泰樹となつの関係をポポロとペチカの関係に置き換えてみる。ペチカさえいればいいと、彼女を誰にも嫁がせないようにするポポロの姿が、予言のように泰樹と重なるのである。なつの意志を尊重すると言いながらも、天陽の家に嫁ぐことに反対し、なつと兄妹同然に育った泰樹の孫の照男(清原翔)と結婚させることで、なつは「一生この家にいることなる」と泰樹は語る。そこには、どこにも行かせたくないというなつへの愛情と、なつたちにバター作りの夢を託すという彼自身の夢が渦巻いている。


 数々の名言を連発し視聴者を泣かせ、時にボソッと呟く言葉のキュートさで笑わせ、このドラマの根幹を担っているとも言える人格者・泰樹の、愛ゆえの束縛という思わぬ側面。1人だけ労働もせず減らず口ばかり利いている長女・夕見子(福地桃子)の、自由気儘ではあるが、常に先進的で客観的な台詞もまた、牧歌的で美しい田舎暮らしを絵に描いたような農耕一家・柴田家の隠された側面を見せる重要な役割を持っている。当時は特に、決して珍しいことではなかっただろう、後継者を巡る日本の家と個人の問題を描くと共に、親の夢と子どもの夢の哀しいすれ違いを、リアリティと共感を持って示しているのである。


 心憎いことに、なつはアニメーションという夢に触れるのと同じタイミングで、泰樹の夢であるバター作りの夢にも触れる。2つの夢はこれまで常に並行して描かれてきた。柴田家の期待に応え続け、そのことに喜びを感じていたなつは、自分の夢もまた泰樹の夢であってもいいと、これまでの彼女なら思うだろう。


 咲太郎となつの兄妹が切っても切れない特別な関係で結ばれているのと同じように、泰樹となつの関係も、祖父と孫、師匠と弟子以上に特別な関係で結ばれている。2つの夢と、彼女が愛する2人の人物、2つの土地のそれぞれの家族の物語は、密接に絡み合う。


 なつは、どちらも手離し難い過去と現在、2つの家族とそれがもたらす幸せと、なつ自身の夢と泰樹と共に見る夢という2つの事柄の間を揺れ動くことになる。そのどちらかを選ばなければならないよう、やがて物語はなつに迫るのだろう。それを想像するだけで、泰樹ファンとしては今から胸が締め付けられるのであるが、内村光良演じるなつの父親と共にただ見守るしかあるまい。そして改めて、川村屋の料理を待つ間、楽しみすぎて思わず身体を小さく震わせるほど純粋な少女の人生を毎朝見つめることができる幸せを、ひしひしと感じるのである。(藤原奈緒)