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『腐女子、うっかりゲイに告る。』が描く“マイノリティの生きづらさ” ラベルを外すことで見えるもの

2019年05月04日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 人と違っていることは、怖い。多くの人が歩む一般ルートから外れてしまうことは、勇気のいることだ。なぜなら、日本社会は少数派に厳しい。人と違う人間はあからさまに奇異な視線を向けられ、時に差別や偏見という石をぶつけられる。


 『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』(NHK総合)は、タイトルこそ奇抜だが、中身はそんなマイノリティの生きづらさを、ウェットになりすぎず、バランスのとれた距離感から描写する、濃密で透明度の高い青春ドラマだ。


■わかりやすいラベリングが、生きづらい世の中をつくり出している


 主人公・安藤純(金子大地)はゲイの男子高生。ちょっと温度の低い眼差しで世の中を冷静に観察する知的な青年だ。そして、純に恋する女子高生・三浦紗枝(藤野涼子)はBL好きの腐女子。腐女子であることはクラスメイトには一切明かさず、休みの日は同じ腐女子仲間とBLイベントに勤しんでいる。


 ゲイと腐女子。非常にキャッチーなレッテルだけに、「それ以外」の人たちからすれば、彼/彼女らの内面など理解しえないと思うかもしれない。だが、そんなラベリングこそが生きづらい世の中をつくり出しているのだと、このドラマは指摘する。


 第1話で、純のチャット仲間であり、同じくゲイであるファーレンハイト(声:小野賢章)は、「真に恐れるべきは、人間を簡単にする肩書きさ」「人間は、自分が理解出来るように世界を簡単にして分かったことにするものなのさ」と説く。ゲイだから女と結婚することはない。腐女子だからオタクである。そんなわかりやすい「決めつけ」が世の中にはあふれている。


 だけど、そう簡単にすべての筋道が通るわけではないから生きるのは難しい。純には佐々木誠(谷原章介)という年上の恋人がいるし、女性の肉体に性的な興味はわかない。けれど、純はちゃんと結婚をして子をなしたいと願っている。「普通」からこぼれ落ちたように見える純だが、彼には彼の望む「普通の幸せ」がある。そして、それを多くの人には理解してもらえないだろうという失望が、純を孤独にさせている。


 紗枝にしてもそうだ。中学のときに腐女子であることがバレて友人をなくして以来、高校では自分の嗜好をひた隠しにしている。彼女もまた他人には理解してもらえないという失望を抱えた人間のひとりだ。


 今の世の中には、理解してもらえない/受容してもらえないことから発する苦悩が満ちている。だからこそ、「ゲイ」や「腐女子」というラベリングを外してみると、このドラマは「ごくありふれた私たちの孤独と絶望の物語」だという普遍性に気づくはずだ。そして、その孤独や絶望が非常に高い純度で描かれているから、観ている人はつい心が共鳴して叫び出しそうになってしまう。


■説明的なセリフを用いず、心の揺れ動きを描写するスタッフ陣


 こうした質の高い作品を支えるのが、スタッフ陣の手腕だ。脚本の三浦直之は、前述のファーレンハイトのセリフをはじめ、多くのセリフをそのまま引用するなど、原作の小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』にかなり忠実にシナリオを構成している。


 その中で、例えば第1話の終盤で、紗枝が「避雷針と雷」や「噴水と水」などに独自の関係性を見出し、「BLって世界を簡単にしないための方法だと思うの」と唱えるくだりはドラマオリジナル。劇作家としてこれまで多くの演劇作品で「見立て」を用いてきた三浦らしいアレンジだ。


 演出も冴えている。他人には理解してもらえないという失望を抱えている純は、そんな世界ならば自分から拒否すると意思表示するように、校内ではほぼイヤフォンをつけている。流れるのは、大好きなQueenの楽曲。Queenだけが「自分を理解してくれる」存在なのだ。


 そんな自分のとっておきを、初めて心が近づいた紗枝と分かち合う。バスの中、イヤフォンを片耳ずつシェアして、Queenを一緒に聴く姿は、希望の光があった。純は紗枝なら自分を理解してくれるかもしれないと、何気ない雑談を装ってゲイを話題に出す。しかし、純をゲイだと知らない紗枝は、「ゲイなんて現実にそうそういないし」と発言し、無自覚に純を傷つける。結局、ひとりになった純はまた何もなかったようにイヤフォンで両耳を塞ぐ。純の心の揺れ動きを、説明的なセリフは一切用いず、イヤフォンだけで表現した秀逸なアイデアだ。


 第2話でもファーレンハイトが「ラブとライクでは『好き』の全てを表現することは出来ない」と断じ、あるのは「勃つ『好き』と勃たない『好き』だ」と告げた。このくだりがあるだけで、どんなに密着しても反応しないのに、それでも紗枝の告白を受け入れキスをする純のちぐはぐな心や決断の残酷さがより鮮やかに伝わってきた。


 30分と短い尺ながら、無駄なシーンやセリフはなく、決して言葉数が多いわけではないのに情報量が濃い。これぞ職人の仕事と称えたいクオリティをキープしている。


 今夜の第3話では、自分がゲイであることを隠したまま紗枝と付き合いはじめた純の葛藤が描かれる。インパクトの大きいタイトルに食わず嫌いしている人がいたら、まずはその先入観を捨てて、じっくり観てほしい。きっと純や紗枝の背中越しに、誰にも理解してもらえない孤独と絶望で膝を抱えてうずくまっている、自分自身の姿が浮かび上がってくるだろう。(文=横川良明)