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映画料金はもっと自由になれるか? TOHOシネマズ料金改定を機に考える

2019年05月03日 10:31  リアルサウンド

リアルサウンド

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 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム。第37回は“映画料金はもっと自由になれるか?”というテーマです。


 少し前に発表され、大きな話題となった6月1日から行われるTOHOシネマズの料金改定。この料金改定に対する反応はどうしても「値上げ」のワンワードで叩かれがちですが、もう少し丁寧に見ていきましょう。


●映画館料金の変遷
 今回の改訂は、大きく分けてふたつあります。ひとつは一般料金が1,800円→1,900円になること。あとは1,100円になっていた各種割引が1,200円になることです。詳細はTOHOシネマズの公式サイトをご覧くださいね。


 僕があっと驚いたのは、ついに一般料金を改訂したことです。これはさすがTOHOシネマズと感嘆しました。2000年代に入ってからの、様々な割引やポイント制の増加で「日本の映画料金はバカ高い」という批判もだいぶ収まってきたところで、ここに率先して手を入れられるのは日本の映画館ではTOHOシネマズだけでしょう。


 基本料金の改定は、実に26年ぶりです。1992年に1,700円から1,800円に値上げするところが出てきて、1993年には標準化しました。80年代を通して1,500円時代が続いて、それが1,600円になって1,800円まではすぐでした。


 1,800円になった1993年というのは、実は映画館業界の「底」の時期です。昭和が2ケタに入って以降、最もスクリーンの数が少なくなったのが1993年でした(映画製作者連盟HP参照)。レンタルビデオ屋が普及しきって、とかく安く借りられるようになっていた時期です。


 ところがこの年、現在のスタイルのシネマコンプレックスがオープンします。「ワーナー・マイカル・シネマ海老名」(現イオンシネマ海老名)ですね。ここから映画館は大きく変貌していきます。1962年からテレビの普及で減少の一途をたどっていたスクリーン数が増加に転じるのです。以後、シネコンは増加し続け、現在では全スクリーンの約9割がシネコンとなるまでに。


 1993年は映画館にとって、かくも重大な転換期だったのです。このあたりから、実は映画館の在り方それ自体が変わり始めます。VHSビデオデッキがほとんどの家庭に普及しきって、映画は別に映画館に行かなくても観られるようになりました。


 かつて映画館は「大衆娯楽の王様」と呼ばれ、多くの方が足を運びましたが、もうこのあたりからは「あえて映画館で観たい人がいく場所」へと変わり始めたわけです。


 90年代の終わりからのいわゆる「シネコンブーム」は、大型ショッピングモールの出店ラッシュに乗っかって郊外から普及し始め、ゼロ年代には都市部にもできはじめます。もうこの頃から、新しいシネコンはどこも、おしゃれな外観や心地よい椅子、高級な音響やシャープで鮮やかなデジタル上映など「家庭では味わえないクオリティ」を売りにしてきました。単に「映画を再生する場所」ではなくなったのです。これが重要です。


●映画館が「より良く観たい人が観る場所」に
 そうなると映画館は、設備に十分にお金を掛けなければ戦っていけません。特に、近隣にも映画館がいくつもあるような都市部では、より競争が激しくなります。80年代と現在では、映画館を作るコストや維持費は全然違います。


 ところが、映画料金は高い高い、と言われるわけです。レンタルビデオなら旧作100円、駄菓子かよ、というレベルの安さで観られるのですから、映画館はとてつもなく高く感じられます。さらにここに配信での鑑賞も現在は可能となりました。だから上げられない。それどころか、ポイントカードを始めたり、独自の割引を作ったりして、値下げをしなければならない状況です。


 その対応策として出てきたのが、IMAXとか4D系、DOLBY CINEMAなどの特別な上映方式と、プレミアシートのように呼ばれる高級座席の登場です。はっきりわかる高級感を出して、納得できる追加料金を取ることで批判されない値上げを行ってきたわけです。だいぶ下火になってしまいましたが3D映画もその一環ですね。


 その証拠に、これだけいろいろな割引が増えたにも関わらず、近年の平均客単価はじわじわ上がっています(映画製作者連盟HP参照)。平均客単価に、特別上映館やプレミアシートの追加金額がすべて反映されているとは思えませんので、映画館収入ベースでは実際はもっと上がっているかと思います。


 年々、映画を映画館で観る人の割合は微減しています(2018年7月時点/NTTコム リサーチ調べ参照) 。しかし入場者数は増えています。これで現在の映画館が「より良く観たい人が観る場所」になっている傾向は明白かと思います。


 かつては、いつ入っても、いつ出て行ってもよかった暇つぶし場所の代表格だった映画館は、文化的地位が向上して、演劇やコンサートのようにちゃんと楽しむものになってきました。


 お客様が求めるマナーも、それらと同様のレベルに近づいて来ていますし、令和も2ケタになるころには、途中入場厳禁、上映中飲食禁止も珍しくなくなっているかも知れません。僕はタイミングを見計らって仕掛けようと思ってますよ、まずは作品によって、というところから始めて。


 つまり、いずれにせよ値上げは避け難かったと思います。今後のお客様のニーズに応えていくためには「より良く観られる場所」に変えていかなければならない。その先陣を切ってもらえたことは、同業者としてはありがたいです。


 ただ、ひとつ僕が疑念に思ったのは、これ全国一斉値上げでなければならないのか、という点です(ただしTOHOシネマズ公式サイトによると、劇場によって料金設定が異なる場合がある、とのこと)。


●日本は“世界標準”ではない?
 ここからが、本題です。日本の映画館は、ロードショー館ならどこでもほぼ一般1,800円になっています。これは海外ではあまり例をみないことで、アメリカでもヨーロッパでもアジアでも、場所や劇場によって料金が異なるのが普通です。


 映画は本やCDのように「再販売価格維持制度」の対象ではありません。より優れた鑑賞体験を求める方が来る場所の性格が強まってきた以上、統一料金にする文化保護の意義も薄れているでしょう。


 実際には、すでに先述の通りに、各興業会社が独自の割引を作ったり、ポイント制を行ったり、特別劇場を作って料金を変えています。限定的には作品によって値上げしたり、値下げしたりという例も散見されます。


 なので、すでにそうなっているではないか、とも言えますが、しかしまだ窮屈です。都市部とそうでない地域の劇場では、建築コストも運営コストも大きく違うはずです。20年前から変わらない劇場と、今年にオープンした劇場とでも、大きく違うはずです。


 例えば、僕が新しい映画館を作れるとしましょう。そしたら2種類の劇場を作ってみたい。全体的に作りはしょぼく、予告編やCMがやけに長いが、新作映画でも800円とかで観られる「シネマ・チープ立川」。そして割引一切なし、超高級サウンドシステムと最新鋭プロジェクターを備え、椅子はすべてル・コルビジェの傑作“グランドコンフォート”であり、床は大理石の4000円均一、大人の隠れ家的映画館「シネマ・ヴァルハラ立川」。


 これはいけそうだと思っても、しかし現時点では許されません。もしかしたらギリ「ヴァルハラ」はいけるかも知れませんが、「チープ」は絶対ダメでしょう。ここに踏み込めるようになったら、映画館業界はまた新たな発展を遂げる余地ができるかも知れないと思うのですが、どうでしょうね。


 だからこそ、TOHOシネマズには、都市部の劇場だけ値上げ、地方はむしろ値下げ、ともっと踏み込んでいただきたかったというのは高望みでしょうか。でも、それこそが世界標準です。


 一回『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』で東京と大阪の8劇場だけを2,000円にするというのをやってましたが、結果はどうだったのでしょうか? これ同時に、その代わり地方は1,600円にしていたらどんな結果になっていたでしょう?


 「値決めは経営」は稲盛和夫さんの名言ですが、映画料金それ自体をエンターテインメントにできないか、僕はずっと考えています。


 You ain’t heard nothin’ yet !(お楽しみはこれからだ)(遠山武志)