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『Guava Island』は“資本主義と芸術”の物語に C・ガンビーノが活動終了を前に伝えるもの

2019年04月28日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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「今宵はスピリチュアル・ナイト 俺たちは互いに感じ合う必要がある 電話を下げろ ここは教会だ」


 『コーチェラ・フェスティバル 2019』のヘッドライナーを務めたチャイルディッシュ・ガンビーノは、自らの舞台を教会と定義した。ナンバーワンヒットを輩出し第61回グラミー賞主要部門に輝いた彼が、こうした宗教的モチーフを繰り出したことは初めてではない。2018年、NewYorkerにおける希少なインタビューにおいても、比喩ではあるが「自分をイエス・キリストのように感じる」と漏らしている。ドナルド・グローヴァーによるペルソナ、チャイルディッシュ・ガンビーノは、次なるアルバムでその役目を終える予定だ。そのためか、コーチェラの夜にリリースされた映画『Guava Island』も、ガンビーノ・プロジェクトの幕引きにふさわしい、まるで神話のような作品となっている。


 『Guava Island』の物語はコンパクトだ。神々によって創られた楽園グアバ島は、島民に愛された青い蚕が争いの原因となって自由を失う。蚕を牛耳るレッド一族は、島民を無休で働かせつづけ、その権力の邪魔になりかねない存在は抹消する、独裁者のような資本家だ。そんな島で「自由」を求める音楽家が、ガンビーノ演じる主人公ダニ・マルーン。貨物倉庫で働きつつラジオで島民の癒やしとなる曲を流すダニは、夜どおしの祭りを計画する。もちろん、人々に「自由」を味あわせようとする彼のコンサートをレッドが許すはずもなかったのだが……。


 リアーナやレティーシャ・ライトなどキャストも華々しい『Guava Island』を製作したのは、お馴染みグローヴァー組。監督のヒロ・ムライにはじまり、脚本担当ステファン・グローヴァーなど、ドラマ『アトランタ』、そして第91回グラミー賞を獲得した「This Is America」ミュージック・ビデオを手がけたクリエイターが揃い踏みだ。そのため、劇中披露されるガンビーノの楽曲群にも新たな意味が付与されることとなった。


 劇中、レッド配下の貨物倉庫で働く男は、アメリカへの憧れを口にする。無休で搾取されつづけるグアバ島と異なり、アメリカは「誰もが自分自身のボスになれる国」……自分はいつかその自由の国で事業を始めるのだ。そう語って目を輝かせる男に対し、ダニは笑いながら否定の言葉を吐く。


「ここもアメリカだ グアバ島と同じ
アメリカとは概念だ 他人を稼がせ、おこぼれをもらう 
それがアメリカ(This is America)」


 男に睨まれるダニは、入管審査員のようなモノマネを始める。


「皆さん! パスポートを出して!
自由の国アメリカへようこそ あなたも自分のボスになれる……金を出せば」


 勘のいい方ならもうおわかりだろう。ここから、ガンビーノ演じるダニによる「This Is America」パフォーマンスが始まる。いわば自作の翻案と言えるわけだが「アメリカ人による告発」とイメージされた原作と比べ、『Guava Island』版は「アメリカ外からの言及」のかたちをとっている。もちろん、グアバ島自体がアメリカのメタファーと受け取ることも可能だが、今回「コンセプトとしてのアメリカ」を持ち出したことによって「This Is America」という作品が持つ意味はさらに広がったと言えるだろう。


 資本家レッドによる搾取、そして「This Is America」翻案が示すように、『Guava Island』は資本主義と芸術の物語だ。資本家レッドの支配下に置かされた主人公が、音楽をもって島民に自由を感じさせようとする……そんな表現者の革命こそが主題なのである。リアーナ演じるダニの恋人コフィは、モノローグでこのように語っている。


「彼の夢はいつか島民を団結させる曲をつくり島の力を思い出させることだった
それがたとえ 一日であっても……」


 『Guava Island』は、ガンビーノ・プロジェクトの終点を意識したであろう映画だ。この神話のような作品では、人々を翻弄してきたトリックスターのガンビーノが表現をとおして「人々に渡したかったもの」が垣間見える。


 悲しい偶然だが、SNSでは、本作をニプシー・ハッスルの存在と比較する声も挙がった(※ニプシー・ハッスルは、地元コミュニティへの支援に励んだラッパーであり、2019年3月に銃撃され逝去)。映画がリリースされる直前、ガンビーノは「教会」と称したコーチェラ・ステージにおいて、自身の父、2018年に急死したマック・ミラー、そしてニプシーへ追悼を捧げている。


「去年、俺は父を亡くした。俺たちはニプシーを失い、マックを失った。気づき始めたんだ。最後の最後、すべてが終わったとき、俺たちに残されるのは記憶だけなんだと。データなんだよ。それは、子どもにも、友達にも、家族にも、渡すことができる。ミレニアル世代は膨大なデータを持ってる……まるで何かが起こるか知ってるかのように」


「ここには10万人くらいの人間がいる。その中の何人かは、来週にはもういないかもしれない。だから、ここに君がいる間、俺たちがいる間はーーなにかを感じ、それを渡していこう」


 このガンビーノの言葉、そして『Guava Island』を受け取った我々は、何を渡していけるだろうか。(文=辰巳JUNK)