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『キングダム』山崎賢人×吉沢亮の絆になぜ引き込まれるのか 2人の信頼感が説得力を生む

2019年04月27日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

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 公開週の三日間で50万人を動員。観客からの評価も上々の映画『キングダム』は、『週刊ヤングジャンプ』にて2006年から連載されてきた原泰久による漫画が原作で、原作者本人が映画でも脚本として名を連ねている。


参考:『キングダム』山崎賢人は誰よりも高く飛ぶーーデビュー10周年、次なる高みへ


 その原が「5回泣きました」というシーンの中のひとつが、序盤の信(山崎賢人)と漂(吉沢亮)の別れの場面。昨今、何度泣いたというコピーにはげんなりすることもあるものだが、実際に鑑賞してみると、原の表現が誇張ではなく、序盤からここまで気持ちを作品に引き込むのかと驚かされた。


 人を泣かせるには、登場人物のキャラクターや関係性など、背景を観客に把握させないといけない。本作では始まって数分でそれができているからこそ、序盤からぐっと感情が作品に引き込まれる。子供のころの信と漂との出会いから青年になるまでに、どんなことが2人にはあって、どんな夢を共有して、どんな未来を描いているのかが、しっかり想像できるのだ。


 本来は、数分でそんな2人の関係性を把握させるのは難しい。しかし、説得力をもたらすことができた背景には、信と漂との別れのシーンが、実際には終盤に撮影があったということや、映画以外での、これまで山崎と吉沢がリアルにはぐくんできた関係性があったことが大きかったのは間違いないだろう。それは山崎も吉沢も、各所でのインタビューでも語っていることである。


 筆者が取材した中でも、山崎は「いろんな過酷なシーンを経て、漂との別れのシーンを撮れたのは、順番としては逆なんだけど、気持ちもその分乗りました」(TVBros.5月号)と語り、吉沢も「(信と漂の別れのシーンの空気は)やっぱり僕と賢人だからこそ出たものなのかなと。お互い信頼しているし、今まで何回も一緒にお芝居しているからこそ出る空気感だったのかなと思います」(Auditionblue5月号)と振り返っている。


 そもそも2人の共演は、2014年のドラマ『水球ヤンキース』(フジテレビ系)が最初である。そして2016年の『オオカミ少女と黒王子』、そして2017年の『斉木楠雄のΨ難』へと続く。


 『水球ヤンキース』では、山崎はクラスの中で一番後ろの窓際に座ってはいるが、ヤンキーではなく、でもちょっと影があってクラスの生徒からも一目置かれているという役を演じている。対して吉沢は、千葉雄大、中川大志とともに3バカトリオの中の1人・加東を演じていた。吉沢演じる加東が生粋のアイドルオタクで、そのアイドルがドラマ初出演だった橋本環奈だというのも、今考えると感慨深い。


 次に2人が共演した『オオカミ少女と黒王子』では、山崎はひょんなことからヒロインと偽装で恋人のふりをしているが、実際には弱みを握って「犬」扱いしているという、いわゆるドSの彼氏を演じている。一方の吉沢は、ヒロインと同じクラスで、修学旅行の委員を一緒にしているうちに、ヒロインに惹かれていく生徒を演じている。この吉沢は、女の子のように綺麗な顔をしているが、そのことがコンプレックスでいつも眼鏡でうつむいて過ごしているというキャラクターだ。


 それまでの2作では、山崎と吉沢はどちらかというとあまり交わる役柄ではなかった。『水球ヤンキース』では、山崎のライバルはどちらかというと中島裕翔演じる主人公だったし、『オオカミ少女と黒王子』では恋のライバルのような空気はあるが、そこまでヒロインを取り合うという性質ではなかった。


 しかし『斉木楠雄のΨ難』では、吉沢は中二病の残念キャラ・海藤瞬を演じ、山崎演じるポーカーフェイスで超能力を持つ主人公の斉木楠雄を、思わず笑わせてしまうほどの熱演を見せた。ここでの共演が、もっとも2人が対峙したものであったのではないだろうか。


 こうして2人が共演してきた歴史と、『キングダム』で過酷な環境のもとで真剣な芝居を続けた後に、信と漂の別れのシーンを演じたからこそ、あの関係性の濃密さを実現できたのではないだろうかとも思えてくる。


 ふたりは様々なキャラクターを演じたが、この3作においては、山崎はクールで寡黙で、しかしどこかぶれのない役を、吉沢は「綺麗な顔にもかかわらず」というエクスキューズのつく役が多かったように思う。それはそれで、彼らの一面を引き出していたとは思うのだが、『キングダム』はまた違った面を引き出されていると感じる。


 『キングダム』を観て、山崎には、太陽のように明るく屈託がなく、自然と人を元気にし、人々を率いていく星のもとに生まれたような「動」の資質を。一方で吉沢には、どこか一歩引いた目線を持ち、なにをしていてもどこか憂いを持っているような表情で、「静」の資質を感じた。特に吉沢は漂とえい政という二役を演じているが、どちらも「静」のイメージがある。


 本人の持つ資質と、信と漂、そしてえい政という人物がうまく合わさっていることで、より本人たちの関係性や背景を映画の中にも見出すことが可能となったのであろう。そのことで観客を、序盤であってもぐっと引き込む効果を持って“しまった”のではないかと感じた。もちろん“しまった”というのは、悪い意味ではなく良い効果としてである。


 実写化を成功させるためには、その世界観を観客に信じさせるために、役とキャラクターが合致しているということが大切になってくる。『キングダム』は、山崎、吉沢以外のキャストも含めて、そんな本人の資質とキャラクターが見事に一致していたことで、物語に多いに観客を引き込んでいたのではないかと感じる。


※山崎賢人の「崎」は「たつさき」が正式表記。


(西森路代)