4月13~14日に行われた2019年のスーパーGT第1戦岡山。雨が降りしきるなか行われた決勝レースで、悲劇は起きた。トップを走るRAYBRIG NSX-GTと2番手のKEIHIN NSX-GTが接触したのだ。
これによりRAYBRING NSXはグラベルにはじき出され戦線を離脱。KEIHIN NSXにはレース後、タイム加算のペナルティが課され、目前まで迫っていた“NSX表彰台独占”が同士討ちによって露と消えた。autosport本誌では、この同士討ちが起きるまでの伏線を検証する。
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その瞬間、岡山国際サーキットが悲鳴に包まれた。セーフティカー(SC)スタートで始まり、度重なるクラッシュとSC導入を繰り返しながら迎えた24周目。14時30分のレース開始から、もっとも雨脚が強まったそのときだった。トップを走るRAYBRIG NSX-GT(山本尚貴)と2番手KEIHIN NSX-GT(塚越広大)が1コーナーで接触。KEIHINはすぐにレースへ復帰できたものの、姿勢を乱したRAYBRIGはコースオフ。グラベルに埋まった前年王者は、この瞬間に勝てるレースを失った。
■『悪夢の接触』までの伏線
22周目にファステストラップをたたき出した塚越は、23周目に入った時点で山本の約0.7秒後方にまで迫っていた。その後も、セクター通過ごとにRAYBRIGとKEIHINのギャップはみるみる縮まっていく。
コーナーではウエット路面攻略の定石どおり、RAYBRIGより1~1.5車身ほどアウト側を走るKEIHIN。タイヤラバーによる目詰まりが少なく水はけの良い路面と大きな旋回半径から得られるトラクションを活かす塚越は、バックストレートエンドのヘアピンやダブルヘアピン、さらに接触直前の最終コーナーでもワイドなライン取りに徹し、山本の背後に迫っていた。
昨年、同じブリヂストンタイヤを履く3台のNSXのなかにあって、RAYBRIGはタイトルを獲得し、ARTA NSXは年間2勝を挙げた。一方のKEIHINは開幕戦で優勝こそしたものの、その後は苦しい戦いが続いていた。クルマの仕上がりも、1年前の岡山を除けば年間を通して他の2台に水を開けられていた印象は拭えない。
そうした背景を踏まえると、チームを牽引する塚越としては是が非でも山本の前に出て、この開幕戦から今季に向けた良い流れを構築したいという思いがあったと想像できる。
さらに、いつレースが中断してもおかしくないコンディションのなかでは、たとえ3番手のARTAを引き離していた状況でも、一刻も早くトップの座を確保しておきたい思惑があったはず。こうしたさまざまな事情が塚越の本能を覚醒させたのだろう。
一方、前を走る山本が驚異的なペースで猛追してくる塚越を意識していたことも間違いない。コーナーの立ち上がりで迫られることは承知のうえで、塚越よりも小回りのラインをトレースする様子は「ポジションを譲らない」という明確な意思表示のようにも見えた。
さらに言えばあの接触が起きた瞬間も山本がディフェンスラインを取ろうとしたように見えたが……。
■“0点”ではなく“マイナス”
正面からとらえていた中継映像だけで、今回の接触を検証するのは限界がある。残念ながらKEIHIN REAL RACINGの金石勝智監督と塚越に話を聞くことは叶わなかったが、山本は本誌の取材に対して、あの瞬間の詳細を静かに語りはじめた。
「接触の2周くらい前から雨量が増してきて、無線で『レースを続けるのはやめたほうがいい』というくらい危険な状況になっていました。あの直前に僕はホームストレートでパッシングをしているんですが、それは(競技団のいる)コントロールタワーに対して危険を伝えるためのメッセージでした」
接触について尋ねると、山本は「僕の発言なので、どうしても僕寄りのものになりますし、塚越選手に聞けば、彼寄りのものになるでしょう」と前置きして続けた。
「正直、あのとき抜かれるとは思っていませんでした。接触の瞬間、僕はラバーの乗っていない(路面の目詰まりが少なく比較的水はけの良いコース中央寄りの)ラインで減速を開始して、そのあと1コーナーのR(旋回半径)を大きく取るためにアウトへ寄ろうとしました」
「ドライバーなら分かると思いますが、ウエット時におけるセオリーで走っていて、(17号車を)ブロックしたつもりはなかった。ホンダ同士の接触は避けるようにと常々言われているし、後ろが同じホンダだから信じてもいました」
「塚越選手の立場に立てば、僕に対して『後ろにクルマがいるのだから、不用意に(コース中央寄りからアウトへと)ラインを変えるべきではなかった』と言いたいと思います。ただ、最終コーナーを立ち上がったら水煙で後ろは何も見えない状況でしたし、それほどの雨量であることは彼も感じていたと思います。逆に僕の立場から言えばペース的には17号車が速かったので、ほかに抜くチャンスはいくらでもあったと思っています。その攻めどころの温度差が招いた接触でした」
レース後、「危険なドライブ行為」の裁定が下されたKEIHINにドライブスルーペナルティ相応の34秒が加算されたため、結果的にはARTAが勝利を収めた。しかし、ホンダ陣営全体で見れば、ほぼ手中に収めていた「開幕戦で表彰台独占」という千載一遇のチャンスを逸したことが痛恨だった。
また、大量得点の好機を逃したことに加え、今季に向けて戦闘力を上げてきたGT‐R勢に2位から4位を占められてしまったことが何よりも手痛い。
ホンダ陣営としてはRAYBRIGもKEIHINも、単に「“0点”だった」というより、むしろニッサン陣営に対して“マイナス”から今季を戦うことになった。
■ここから試される王者の底力
開幕戦を終えた時点で、いきなり窮地に追い込まれたホンダ陣営は、ここからどのように立て直してしてくるのだろうか? もしも、昨年までの山本雅史(前)モータースポーツ部長であれば両者に対して手厳しい言葉を浴びせながらも、それぞれのドライバーやチームの気持ちに寄り添いながら“この先”への軌道修正を行なっていただろう。
しかし、今季はF1マネージングディレクターとしての役割があるため、山本前部長に頼ることはできない。
「レースはホンダのDNA」を標榜するメーカーのトップとして、岡山を訪れていた八郷隆弘社長が何を思って東京・青山本社へ戻ったのかが気になるところでもある。
いずれにせよ、開幕戦を終えたところで、いきなり崖っぷちに立たされた前年王者RAYBRIG。山本は「スーパーGTはひとりで戦うレースではない。今季の開幕に向けて一緒に準備してきたJB(ジェンソン・バトン)やチーム、ホンダに対して申し訳ない気持ちしかない。『残念』という言葉では片付けられないレースだった」と開幕戦岡山を総括した。そして、最後にひと言を付け加えた。
「誰も得することのないレースになってしまった」
ホンダのエースの言葉が重い。
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YouTubeにあるスーパーGTの公式チャンネルでは、17号車の車載映像を見ることができる。水煙による視界の悪さ、山本と塚越のライン取りの違いなどがよく分かる。また、あの接触の瞬間も映像で確認することができる。意見は分かれるところだろうが、塚越が故意に当てたわけでないこともはっきりと分かる。