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『名探偵コナン ゼロの執行人』安室透はどう描かれた? キャラクターの魅力引き出す劇場版の作り方

2019年04月26日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 4月12日に名探偵コナンシリーズの劇場版第23作目となる『名探偵コナン 紺青の拳』が公開された。前作の『名探偵コナン ゼロの執行人』が興行収入91億円越えというメガヒットを記録し、今年のGW10連休も考慮に入れるとシリーズ初の100億円越えも十分あり得るだろう。


参考:“子供向け”のレッテルを超越! ハリウッド超大作に匹敵する『名探偵コナン ゼロの執行人』の凄さ


 しかし、劇場版『名探偵コナン』シリーズは決して初めから興行収入が突出したわけではなかった。むしろここまで跳ね上がったのはここ数年のことだ。それまで30億円前後で推移したものの、コラボレーション作品である『ルパン三世VS名探偵コナン THE MOVIE』を除くと18作目の『異次元の狙撃手』にて初の40億円を突破、20作目の『純黒の悪夢』では60億円を突破し、驚異の興行収入増を記録している。日本においては『映画ドラえもん』など多くの子ども向けアニメシリーズがあるが、なぜコナンはそこまで興行収入を伸ばしたのだろうか? その理由を『ゼロの執行人』と安室透の関係から読み解いていきたい。


※以下、『名探偵コナン ゼロの執行人』に関するネタバレ含む。


 『ゼロの執行人』において中心的なキャラクターとなったのは、原作では75巻と比較的最近に初登場したものの、古くからの馴染みのあるキャラクターたちと同等以上に高い人気を誇る安室透だった。毛利小五郎の弟子であり探偵事務所のある建物の1階にある喫茶店ポアロに勤めながら、その裏ではコナンの追う黒の組織の一員であるバーボンとしての顔を持つ。その本性は警察庁の中でも秘密裏に活動することの多い公安部に所属する警察官であり、3つの顔を持つことから劇場版の予告などでもトリプルフェイスの男と称されている。


 コナンシリーズが興行収入を爆発的に伸ばしたのは『純黒の悪夢』からだが、この作品は劇場版20作目ということもあり黒の組織の秘密に迫る内容というだけあって大きな話題となった。安室透も同作で劇場版デビューを果たしており、ライバルである人気キャラクター赤井秀一との共演に胸を熱くしたファンも多い。


 コナンシリーズは、長く続く原作の中で人気の高い準レギュラーキャラクターを中心とした物語が特徴的だ。同じ国民的アニメシリーズである『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』の劇場版にもゲストキャラクターは登場するが、それは映画オリジナルのキャラクターであり、基本的には原作やテレビシリーズには登場しないことが多い。しかし、『コナン』は長期連載作品である原作に登場する数多くの人気キャラクターの存在というアドバンテージを活かし、普段は準レギュラーで活躍が限られがちなキャラクターに注目することで、キャラクタームービーとしての魅力を発揮している。


 それでは、『ゼロの執行人』で安室透はどのように描かれたのか? 本作の中ではバーボンとしての顔は描かれることがなく、本名である降谷零としての公安所属の警察官の姿が強調されていた。彼の国を守るという正義のために、時には交流のある毛利小五郎すらも陥れるような手段を取る、あるいは見逃す姿は普段とは違う魅力を醸し出していた。安室透の声優を担当する古谷徹も3つの顔に合わせて演技を変えることを数々のインタビューで強調しており、その演技がキャラクターの味となり声に出るアニメならではの魅力に繋がっている。


 本作において大きく変わった出来事といえば、2011年から7作にわたりコナンシリーズの劇場版作品の監督を務めてきた静野孔文から立川譲に交代したことだろう。静野の作品は派手な爆発シーンや『純黒の悪夢』では安室と赤井の殴り合うシーンなどのアクションが重視されている印象が強かったが、『ゼロの執行人』では警察庁・警視庁・検察庁などの各部署の力関係も働いた政治的なやりとりや、会話による推理シーンなども多く、社会のためならば多少の倫理上の問題も無視されることが正義なのか? という社会的な一面も描き、アクションよりもミステリー作品としてのコナンという形を重視した、重厚な物語となっている。立川はインタビューにて「コナンが光、安室を闇として描いている」と明かしており、安室透の持つ激しい一面だけでなく、時には目的のためならば手段を選ばない冷静な一面などで観客を魅了していた。


 またコアなアニメファンであれば安室透という名前と担当声優が古谷徹ということから連想するのが『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイの存在だろう。原作者の青山剛昌もガンダムから大きな影響を受けていると公言しており、安室透/降谷零という名前もガンダムの影響がうかがえる。それは『ゼロの執行人』でも発揮されており、ガンダムシリーズの名シーンのオマージュと思われる場面もある。


 もちろん、本作はあくまでも子ども向けのファミリー映画である。安室透を中心としたコナンシリーズの魅力をわかりやすく描きつつ劇場を訪れた子どもたちへのメッセージも兼ね備えている。作中では大きなピンチの際に阿笠博士のドローンと少年探偵団の子どもたちが活躍する際に「子どもたちが世界を守る」というセリフがあった。本作における少年探偵団の3人は警察庁・警視庁・検察庁の3つの組織と対になる存在とも受け取れる。大人の暗躍に対して純粋な子ども達が活躍することで対比表現となっているのだ。


 安室透という人気キャラクターの魅力を最大限に活かしながらも、ミステリーやアクションの見どころも用意しており、豊富な見どころを持つ作品となった結果、90億円以上の興行収入につながった『ゼロの執行人』。『紺青の拳』がこの興行収入を超えてくるのかも含めてこの先のコナンの動きに注視していきたい。


■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。