2019年04月22日 10:41 弁護士ドットコム
裁判所の法廷内では、メモを取ることは許可されているが、公判中の撮影は禁じられている。テレビのニュースで流れるのは、あらかじめ許可を受け、開廷前に与えられる2分間で撮影された映像や写真だ。開廷中の撮影は許されない。
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そのため、報道で使うための被告人のビジュアルには「法廷画家」と呼ばれるイラストレーターたちが描いたものが用いられる。平成5年から法廷画家として活動する染谷栄さん(79)に、話を聞いた。(ライター・高橋ユキ)
――重大事件の法廷には必ず法廷画家さんがいらっしゃっていますが、傍聴券が抽選になる際は、その列に並んでいるのも度々目にします。司法記者の座る記者席は用意されていますが、法廷画家専用の席などは用意されていないのでしょうか?
「私たち法廷画家は、どこかの社に所属する社員ではないですが、だいたい皆さん、特定の社と業務委託の契約を結んでいます。
司法記者の座る記者席は、記者クラブに所属する社に各社与えられるもの。法廷画家は、基本的に一般の方と同じように抽選に並び、傍聴券を当てなければなりません。
東京地裁の104号法廷など、大きな裁判が行われるところでは、申請すれば各社2席確保できるのですが、記者が座ることも多いので占有はできず、記者さんに協力してもらって少しの時間だけ座らせてもらったりします。
また、3月にあったゴーンさんの勾留理由開示や、酒井法子さんの覚せい剤取締法違反の裁判など、小さな法廷で開かれる有名事件においては例外的に『イラストレーター用の席』が2つほど設けられることがあります。新聞やテレビを合わせて15名ほどの画家さんで時間を配分するので、数分ずつで交代することになります」
――短い時間で法廷の様子だけでなく、被告の特徴を掴み、イラストにするのですね。
「そうです。法廷画家に割り当てられている時間は何時何分から数分という具合に決まっています。その間に何があっても、与えられた時間がきたら交代しなければならないんです。
交代になると、長い公判であれば5分程度座れることがありますが、もっと短い方が多いです。また1番目に入れても、運悪く弁護人が遅刻して裁判が遅れて始まることもあります。そんな時でも交代の時間はやってくるので、もう一巡するときに描くしかありません。
被告人が入ってきた時点で、その人の感じを掴んでおかなければなりません。ですから女性被告人で、俯いて髪の毛が顔にかかっている人なんかは苦労しますね。
ある裁判では、割り当て時間が1人1分で順に交代していくという決まりになりました。ちょっと座って時間を確認したらもう、次の画家さんに肩を叩かれて交代になり、本当に大変でした」
――染谷さんは法廷内ではどこまで描くのでしょうか。
「おおまかに鉛筆でデッサンして、それから法廷の外で細かな描き込みと色付け作業を行っています。
法廷に入れる時間が短い場合は、デッサンすらできないこともあるので、そのときは特徴など記憶しておき法廷を出てから描き始めます。裁判所のロビーや外で仕上げ作業をすることが多いですね」
――完成までどのくらいの時間をかけていますか?
「朝10時からの公判であれば、お昼のニュースに間に合わせたいので、仕上げは11時。遅くとも11時10分までに仕上げます。我々は法廷で見たものが全てになります。
雰囲気を掴んでおくため、あらかじめ、逮捕時に報道された被告人の写真を見ておくのですが、逮捕から公判までに時間が空いてしまうため、髪の毛が伸びていたり、すごく痩せてしまっていたり……風貌が変わっている人がいるのでそれも役に立たないことがあります」
――最初の仕事はなんの裁判でしたか?
「1993(平成5)年から法廷画家として活動しています。最初の仕事は、甲府地裁であった甲府信金女子職員誘拐殺人事件ですね。
98年頃までの犯罪は組織的なものが多かったですが、次第に個人が目立つようになり、今では個人的なものばかりと感じています。被告人の年齢もだんだん下がってきた印象があります」
――平成の重大事件をほぼ見てこられたと思いますが、印象深い事件などはありますか
「新潟の女児監禁事件(2000年)や、秋田児童連続殺害事件(2006年)なども印象深いのですが、やはり一番記憶に残っているのはオウム事件です。麻原彰晃の公判は8年間続き、毎回法廷に入りましたが、私たちが聞いていても何も納得するような理由が出てこなかった。動機が理解できないまま終わりました。
ただ、公判が始まったタイミングで、東京拘置所で、破防法について麻原彰晃が弁明する機会があったんですよ。私もそこに行きましたが、そのとき彼は朝から17時までしゃべりっぱなしでした。そういう様子を描いた覚えがあります。
それなのに公判では全然喋らなかった。そのスタイルで最後まで通していましたね。そして判決の時だけ、被告人席に行かないんです。動かないんですよ。
この時の様子も絵にしましたが、被告人席に自分で行かないので何人もの刑務官に抱えられて引きずられて運ばれました。デパートで小さい子が駄々をこねて、床に転がっているような体勢ですね」
――裁判員制度が始まってからの変化についても教えてください
「1日に取られる審理の時間が長くなったことで、被告人があまり動かなくなったので、被告人に関しては、それまでよりは描きやすくなりました。
ですが、裁判員裁判になると裁判官3人と裁判員6人、合計9人が並ぶので、最初は全員描いていて、時間に間に合わなくなりそうなときもありました。
彼らは匿名の存在なので、男女の違いぐらいは大丈夫ですが『あの人が裁判に出ている』と分かってしまうのは良くない。ですのである程度匿名性が保たれるような描き方をしていました。数を重ねていき、最近では1人ぐらい描く程度にしています。それぐらいでも裁判員裁判と分かるので」
ーー裁判員裁判で印象に残ることはありますか
「裁判員裁判を見ていて不思議に思うのは、初公判の裁判員はラフな格好の方も多く、一般の人だとすぐにわかるんです。
ところが公判が進むにつれて服装がきちんとしてきて、判決の時は黒いスーツになっていたりワイシャツになっていたりするんです。公判で色々な事情とかを聞いて、自分なりに判断するまでの間に気持ちが変わっていくのかもしれませんね。女性も服の色が次第にグレーになって黒になる傾向があると感じています」
【取材協力】染谷栄さん 埼玉県生まれ、79歳。広告プロダクションを経て、1983年、フリーの画家・イラストレーターに。1993年よりテレビ局の法廷画家として活動している。
【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」(霞っ子クラブ著/新潮社)、「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(高橋ユキ/徳間書店)など。好きな食べ物は氷。
(弁護士ドットコムニュース)