トップへ

King Gnuは“歌”という羽根を本気で広げはじめた 『Sympa』全国ツアーファイナル公演を見て

2019年04月18日 17:02  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 最初にセンスの塊だと感じた。これは商業的セオリーを忌避しながら成立させるポップミュージック、アバンギャルドの脳味噌で作る歌謡曲だと。約1年半前、King Gnuの1stアルバム『Tokyo Rendez-Vous』のレビューで書いた文章だ。


(関連:King Gnuはポップミュージックの価値基準をひっくり返す 「白日」から楽曲のユニークさを解説


 その印象は今も変わらない。たとえば中盤のハイライトとなった「Flash!!!」の構成。最初は勢喜遊のドラムソロかと思っていた。強烈なスネアと鮮やかなタムさばき。そこに飛び込んでくるのは高音域のノイズ。無機質な周波数は切れぎれに刻まれることでデジタルのビートとなり、勢喜の生ドラムと絡まりながら高揚をもたらしていく。数分は続いたその光景に、ふいに新井和輝のベースが加わり、前衛的なビートパフォーマンスだったものに、躍動的なグルーヴが発生。聴き覚えのあるベースライン、あぁこの曲は……と思った瞬間、〈It’s Flash!!!〉のコーラスがはじけ、なだれ込むように楽曲がスタートしている。ステージには文字通りフラッシュの嵐。なんてクールなのかと目眩がした。


 隙がない。媚びがない。前例がない。確かにKing Gnuは4人編成バンドだが、4カウントとギターのストロークがあれば客が一斉に拳を上げるようなロックのセオリーは完全に無視されている。またメロディは抜群にキャッチーであるが、当然、ノイズから始まる歌ものなどそうあるものじゃない。かといって「わかる人にわかればいい」という閉塞感もないのだ。むしろ不敵な笑みを浮かべて「どうだ? ヤバいもん見てんだろ?」と問うような常田大希の目に釘付けになる。平たくいうと、格好いい奴らがクソ格好いい音楽を格好よくやっているのだ。ぶっちぎり。そうとしか言いようがない。


 今年1月に発売された2ndアルバム『Sympa』を携えてのワンマンツアー。今回のSTUDIO COAST公演は8都市を回る全国ツアーのファイナルにあたるが(追加2公演あり)、3月にも同じハコを満員にしていること、今回も当然ソールドアウトであること、さらに数日後には追加公演のなんばHatchとZepp DiverCityが決まっていた事実を並べただけで、大バコを制覇せんとするバンドの勢いは伝わるだろう。加えて、ツアーを重ねることで加速度的に鍛えられた部分もある。今回特に目立ったのは井口理の存在感、つまりは歌唱の部分だった。


 とにかく歌が強い。柔らかな井口のファルセットは刺のある常田のアジテートと対になることでバンドの個性を担ってきたが、今の彼は思い切りエモーショナルに歌い上げている。ときには定位置を離れてハンドマイクで中央に飛び出し、全身を使って熱唱してみせる。まさに歌手の名に相応しいパフォーマンス。こういう井口の姿は、2年前にはほとんど見られなかったように思う。


 ステージ後方にドラムとベースが並び、上手(かみて)の井口、下手(しもて)の常田はそれぞれ向かい合うように両端を固める。いわばセンター不在のまま、半円形の中でアイコンタクトを重ねるのが彼らのやり方だ。音楽的素養というか、個々の音だけで会話ができるバンドであるのは間違いない。ただそうなると、フロントマンの華だとか歌の牽引力だとかは二の次になっていく。そもそもKing Gnuのフロントは井口なのか常田なのか、それ自体も曖昧だった。だがこの日、STUDIO COASTを掌握するフロントマンは間違いなく井口であった。偶然ではなく、きわめて意識的に。覚醒したかのように。


 決定打は配信シングル曲「白日」だ。前半の必殺ナンバーとして披露されたこの曲は、もうメロディ全部がロマンティシズムの塊だった。「どれがサビ?」と聞かれたら「全部サビ」と言い切れる。都市のカオスを表現する楽曲は今までも多かったが、欲と絶望の渦巻くTOKYOという舞台を完璧に作ったうえで、ロマンの塊が雪のように降りしきる。そういう具体的なイメージをこの曲は見せてくれる。とんがったセンス、アバンギャルドな脳味噌といった言葉が先に来なくとも、J-POPのスタンダード、もっといえば万人を酔わせる歌謡曲としての濃密なロマンがあった。そしてそれを全身で引き受ける井口がいるのだ。鬼に金棒、いや、虎に翼か。歌という羽根を本気で広げはじめたKing Gnuには、追い風しか吹いていないように見える。


 バルコニーまで超満員の会場には、本当にさまざまな人種がひしめいていた。普段からライブ慣れした若者たち、バンドTシャツ着用のキッズも目につくが、いかにも音楽に一家言ありそうなマニア風男性も多数。スーツ姿で駆けつける20~30代がいて、ハイファッション誌から抜け出したモデルみたいな美女もいて、ごく普通のカップルもたくさんいた。一定の属性を持たないこの集団は、まさしく“群衆”と呼ぶにふさわしい。群衆が動いている。常田のアジテートに熱狂し、井口と共に大合唱しながら、群衆がいまKing Gnuを求めている。ヌーの王様。バンド名を改めて考えると背筋がゾクゾクした。膨れ上がる集団の大移動は、もうすでに始まっている。


 ラスト直前。井口はMCで「望んでここまで来た」と言い、それでも「ここは通過点」「もっとすごい景色を見せたい」と語っていた。なんの違和感もなく、そうなるだろうと思う。それが武道館なのかアリーナなのか、あるいは前例のない場所なのかはわからないが、King Gnuは必ずそれをやるだろう。ライブハウスで観ていられる今が、どれくらい貴重なのか。気が早いと笑われそうなことを真顔で考えてしまう2時間だった。(取材・文=石井恵梨子)