前戦バーレーンGPに続いてF1第3戦中国GPでも再び、フェラーリのチームオーダーを巡って不穏な空気が張り詰めることになった。
2週間前とは違って上海でマシンの仕上がりが良かったのはセバスチャン・ベッテルの方だったが、スタートで先行したのはシャルル・ルクレールだった。しかし、やはりルクレールはペースが上げられず、後ろのベッテルは焦れていた。
フェラーリ:DRSがOKになった。VET(ベッテル)は0.8秒後方だ。
5周目、早くもチームからはペースアップの要請がルクレールに飛んだ。
フェラーリ:何もセーブする必要はないぞ。プッシュしてくれ。
逆にベッテルにはルクレールに抑え込まれているかどうかを確認する。
フェラーリ:VER(マックス・フェルスタッペン)が2秒後方だ。今より速く走ることはできるか?
ベッテル:あぁ、いけるよ。
フェラーリ:OK、K2オン。
ルクレールには再三に渡ってペースアップの指示が飛ぶ。それが暗にペースが上げられないのなら順位を入れ換えるということを意味していることは、前戦バーレーンで同様のことをやったルクレールには分かっていたはずだ。
チームはベッテルにどのくらいのペースで走れるかを確認し、ルクレールのペースによっては順位入れ換えの準備を進めていた。
フェラーリ:HAM(ルイス・ハミルトン)は38.5(1分38秒5)。今より速く走ることはできるか?
ベッテル:あぁ、そのペースでいけるよ。
フェラーリ:OK、もっとプッシュしてくれ。HAMは38.2だ(8周目)。
ベッテル:僕は38.5なら走れる。
フェラーリ:了解。HAMはこの周も38.2(9周目)だ。
8周目、ルクレールは充分なペースアップができず、翌周にはついに最後のチャンスが与えられることになった。
フェラーリ:チャールズ、もっと速く走れるか?
ルクレール:あぁ。
フェラーリ:もっと速く走る必要がある。それができないならVETを行かせてくれ。
ルクレール:あぁやってるよ。次の周を見てくれ。
フェラーリ:OK。
しかしルクレールはペースが上がらない。その間にベッテルにはルクレールに接近するように指示が出されていた。
フェラーリ:行っても良いぞ、プッシュしろ。
ベッテル:あぁ、近付こうとしているよ。
そして10周目、ついにチームからはドライバースワップの指示が出された。1-2体制のメルセデスAMGはどんどん先行しており、チーム全体の利益を考えればこれは妥当な判断だった。
フェラーリ:VETを先行させてくれ。
ルクレール:今引き離しているところじゃないか!
一旦は抵抗したものの、ルクレールも冷静にチームからの指示に従い、11周目のターン1でバックオフしてベッテルを先行させた。
ルクレール:行かせるよ。
フェラーリ:了解。
ルクレール:でも……OK。
フェラーリ:我々は自分たちの仕事をする。集中しろ。
しかし前がクリアになったベッテルもそれほど大きくペースアップはできない。ルクレールの背後で走っている間にスライドしてオーバーヒートし、デグラデーションが進んでしまったからだ。ペースは1分39秒台中盤まで落ちた。
今度はルクレールがベッテルに抑え込まれるようなかたちになり、再度のポジションスワップをルクレールが求めてきた。
ルクレール:すごくタイムロスしているよ。どうしてほしいんだ? どうしてほしいか教えてくれ。
フェラーリ:あぁ、了解。それを検討しているところだ。
しかしルクレールは順位を入れ換えるところまでは接近できず、17周目にピットに飛び込んだマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)のアンダーカットに対抗するために18周目にベッテルが先にピットインすることになった。タイヤのタレが大きい以上、ここで入らなければ逆転されてしまう可能性が高かったからだ。
その背後にいたルクレールは、翌周ピットインしたとしてもみすみすフェルスタッペンにアンダーカットを許すことになるのは明らかだった。
フェラーリ:我々はできるだけ長く引っ張ってレース終盤を考えて走る。でもプッシュし続けろ。
ルクレール:了解。
なるべくピットストップを遅らせ、1ストップ作戦で走り切ることで活路を見出そうと第1スティントを引っ張ったルクレールだったが、ベッテルより4周先の22周目までしか引っ張ることができなかった。
これでタイヤ的なアドバンテージはほとんど生み出せないまま、第2スティント早々に2ストップ作戦に切り替えることになった。
ルクレール:タイヤをケアする必要はある?
フェラーリ:プッシュする必要がある。我々はプランB(2ストップ作戦)を考えている。
レース前のシミュレーションでは、1ストップ作戦の方が速くなるはずだった。そのため多くのマシンがタイヤを労りながら最後まで保たせて1ストップで走り切ると思われ、フェラーリは2ストップ作戦でプッシュすることでなんとか順位を取り戻そうとしたのだ。
しかし34周目、4番手のマックス・フェルスタッペンが2回目のピットストップに飛び込んだ。
日曜日は空がどんよりと曇り、路面温度が低くなった。そのためハードタイヤが想定通りに機能せず、スライドしてアブレージョン(磨耗)が進んでペースが低下してしまったのだ。
これでフェラーリは3番手のベッテルを翌周ピットインさせ、フェルスタッペンのアンダーカットを阻止するので精一杯。全員が同じ戦略になった以上、ルクレールには逆転のチャンスはなくなってしまった。
フェラーリ:BOX、セバスチャンBOX、NOW。VERがピットインしたぞ。
ピットアウト直後のリヤタイヤが温まりきっていないベッテルはフェルスタッペンの猛攻に遭い、ターン14でインに飛び込まれる場面さえもあったが、なんとかこれを凌ぎきって3位を守り抜いた。まさしくバーレーンGPの対ルイス・ハミルトン(メルセデス)の戦いと同じ展開だったが、今回のベッテルはしっかりとポジションを守ってみせたのだ。
一方でレッドブルはハードタイヤの変調をいち早く察知し、2ストップ作戦でフェラーリの一角を切り崩す戦略を採った。それによってルクレールをアンダーカットしたのもさることながら、もしレッドブルが1ストップに固執していれば2ストップ作戦のルクレールが逆転していたかもしれない。ペースはルクレールの方が速かったが、レッドブルの戦略勝ちだった。
チェッカードフラッグを受けた後、力強いレースだったとねぎらうチームからの無線に対してベッテルはこう言った。
ベッテル:第1スティントはすまなかった。もっと速く走れたはずだけど、タイヤがダメになっていたんだ。最後はグリップが戻ってきたけどね。LEC(ルクレール)はVERの何秒差まで行けたの?
フェラーリ:3.6秒差だ。
ベッテル:あぁ、クソッ。
なんとか3位は確保したものの、本来ならば手にできたはずの4位をレッドブルの巧みな戦略によって奪われた。そして第1スティントで手をこまねいているうちにメルセデスAMGとの優勝争いのチャンスもなくなった。フェラーリにとっては敗北にも等しいレースだった。