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産婦人科医「仕事だけが人生か」 残業月150時間、若い医師は「忖度」で過重労働も

2019年04月13日 10:51  弁護士ドットコム

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「医師は不死身ですか?」。いつ急変するかわからない患者への対応などで、過重労働におちいる勤務医の働く環境を改善する議論が3月末、厚労省の検討会で取りまとめられた。多くの注目を集めたのは「年1860時間」の残業を、条件付きで容認するというものだ。(編集部・下山祐治)


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年単位で言われてもパッとイメージがわかない読者がほとんどだろう。わかりやすく月換算すると「月155時間」となり、いわゆる過労死ラインの2倍近くの水準だ。2024年4月から導入される。



厚労省によれば、現状ではこれと同等かもっと長く働いている勤務医もいるため、検討会では「何もしないよりはマシ」との反応もあった。とはいえ病院経営者に「月155時間まで働かせていいんだな」との趣旨に反するメッセージを与えかねないことへの懸念も強く出た。



実際に現場で多忙をきわめる医師はこの議論をどう受けとめたか。月150時間の残業をしている、東京都内の総合病院で働く産婦人科医(30代後半、キャリア10年以上)に話を聞いた。



●若い医師の「忖度」を懸念

ーー厚労省の検討会の議論に対してどのような感想を抱きましたか



「私自身の意見としては、『月155時間』とか『年1860時間』といった線引きをすることには否定的ですが、この時間外労働の枠組みをクリーンに使ってもらえれば、『何もやらないよりはマシ』だと思います。



一番まずいのは、月155時間までは働かしていいんでしょ、などと経営者や管理監督者が受けとめ、実際に勤務医をそうした水準まで働かせることです。



また、勤務医のほうが忖度して、月155時間を超えないように過少申告をすることも心配です。病院内に、『残業を短くしなきゃ』と引っ張ってくれる存在がいないと、若い医師が守られません。立場が弱い若い医師にしわ寄せがきてしまいます」



ーー検討会では、労務管理ができていない病院がかなりの数あるとも指摘がありました



「実際、タイムカードで管理されていない病院が多く、実態がわからない面もあります。忙しすぎて病院内に住んでいる状態の医師もいます。



まず労務管理の実態を調べて明らかにし、誰がきちんと管理するのかを明確にしていくことが大事だと思います」



ーー検討会の議論は職場でも話題になりましたか。地域医療の確保のため、一部の勤務医に認める「年1860時間」までの残業は、2035年度末までに一般労働者並みの「年960時間」までにするとされました



「残念なことに、早くも上の年代の医師からは『その時までは何もしなくていいんでしょ』という声が聞こえてきました。そのため病院が厳格に運用できるか、信用できません。日本全国で、終了目標年限までに過労死の医師が何人出て、うつ病になる医師が何人出てしまうのか、懸念は大きいです。



実際に忙しすぎてうつ病になってしまった医師を見たことがあります。うつ病になったことで、それまで当たり前にできていたことができなくなってしまいました。患者さんにとっても不利益です」



●残業時間は毎月150時間

ーー技能向上のために研修医にも「年1860時間」の残業が認められることになりますね



「希望に応じて、ということですが、なにぶん立場が弱いため自らの思いを貫くことは難しいと思います。



たとえば10人の研修医がいて9人が『うん』と言うなら、残り1人は断れないでしょう。人それぞれ、体力も生活環境も違うわけで、長時間労働をしないと学べないという環境が問題と考えます。



医師の働き方改革は医学教育とセットで考えないといけません。働く時間が減ると医師の技能が落ちる可能性があると言われていますが、一方で、長時間働くと私たち医師も人間なので『ぼーっと』します。医療ミスが増えるという研究もあります」



ーー自らの経験を踏まえて、医師の働き方改革は進むと思われますか



「医療現場の文化が変わるかどうかにかかっていると思います。現状では、どうみてもブラックなままです。変えようという文化が育っているとはまだ感じません。ただ、自分では帰れるときは早く帰る。そして密度の濃い仕事をしようと心がけています。



世間では医師は高給取りと思われているかもしれませんが、必ずしもそうではなく、私は複数の病院で当直のアルバイトもしています。それもあわせると、毎月150時間くらいの残業時間になります。自分の健康にはまったく気が回りません」



●自分の時間、何年も取れていない

ーー家ではほとんど家族と団らんする時間は取れないのですか



「そうですね。帰れば子どもはだいたい寝ていますし、朝起きた時に10分くらい、子どもと接することができる程度です。いまは月の3分の1は外で泊まり込む生活です。病院やアルバイト先の当直、手術支援のための出張、学会などがあるためです。



子どもから『次はいつ仕事がないの?』と言われ、手帳を開くと2カ月先くらいまでびっしり仕事の予定が埋まっていたこともありました」



ーーそうすると自分のための時間も取れないのでしょうか



「そうですね。もう何年も自分のための時間というものはないですね。最近は人生について考える機会が増えました。仕事に追われて、ひたすら患者さんのためにというのが医師の生活では当たり前なのですが、それだけが人生なのかなと。



もっと家庭に参加して、晩ご飯くらいはたまには家族と一緒に食べられて、自分の友人関係も大事にできたらいいなとは思います。子どもとスポーツなどをして過ごしたいです」



ーー当直はどれくらいの時間を拘束されるものなのか改めて教えてもらえますか



「一般的な、改革の進んでいない病院では、朝8時から働き始めて、次の日の夜7時か8時にようやく帰宅できるという感じです。その翌日は休みになるわけでもなく、普通の日勤で、『眠い眠い』とつぶやきながら働きます。月の半分が当直という病院もあります。



私が勤務する病院はそれよりもまだ拘束時間は短いですが、それでも残業時間に占めるウエイトとしては当直が一番大きいです。当直がなければ、当科の残業は月30時間くらいにおさまります」



ーー検討会では長時間労働に耐え抜いたことを「武勇伝」のように語るベテラン医師の存在も指摘されました



「それはもう事実ですね。集団としてみたときに、『働いて当然』『長時間労働をしてきたから、私たちはいまこの地位にいるんだ』という50代、60代の医師は少なくないですね。



加えて、彼らが、いっぱい働いた若い医師を優遇しようという姿勢が見えることもあります。そうなると、もはや若手は忖度してしまいますよね。



一方で、若い世代は女性医師の数が増えてきている実感があります。さらに結婚して子どももいてという女性医師も以前よりは多いと思います。そうした女性医師たちが働き続けられるよう、しっかり守っていかないといけないと思います」



(弁護士ドットコムニュース)