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『ポケモンGO』開発の裏側をNiantic日本法人・村井説人に聞く 「『人が動いて遊ぶ』を原則に」

2019年04月11日 19:32  リアルサウンド

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 『Ingress』そして『Pokemon GO』と、現実を拡張した「リアルワールドゲーム」で、エンターテイメントの新たな地平を切り開いてきたナイアンティック。同社日本法人の代表を務める村井説人氏は、「われわれが出しているアプリケーションは単なるゲームではないと思っています」と語る。ユーザーの現実世界での歩行距離をKPI(企業目標達成度)の一つに据え、人の生活それ自体にポジティブな影響を与えることを重視してきた同社が目指すものとは。『Pokemon GO』の開発テーマから、ARが今後もたらしていくだろう価値、「リアルワールドゲーム」の今後まで、デジタル音楽ジャーナリストのジェイ・コウガミが聞いた。


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アプリ開発に際して、定めた「4つの原則」
――既存のゲームにおいては物語性があり、そこにユーザーが入っていくというものが一般的でしたが、『Ingress』の登場で、現実の世界をゲーム盤にした新しい楽しみが生まれたと思います。そもそも「ゲームを開発する」という認識があったのでしょうか?


村井説人(以下、村井): そうですね。『Pokemon GO』も含めて、ナイアンティックが提供しているゲームのことを「リアルワールドゲーム」と呼んでいて、制作にあたって大きく4つの切り口を考えました。


 ひとつは、まさに「世界がゲームボードになる」ということ。地球規模で物事を見たときに、われわれが生きている世界は、例えば国境、時間、言語、宗教、ジェンダーなど、さまざまな制約に基づいて分割されてしまいます。こうしたものをできる限り取っ払う仕掛けを、現実の世界が舞台であるということを軸にして実現しようと考えました。2つめは、「歩いて遊ぶ」こと。ご存じの通り、『Ingress』も『Pokemon GO』も、動かないとゲームが進みません。われわれが社会的な課題だと考えたのが、運動不足が原因で亡くなっているとされる方が、毎年530万人いる、というデータ。これは喫煙がきっかけで亡くなっている人数とほぼ同等だそうで、人が外に出て、リアルな世界で運動するよう促したいと考え、「人が動いて遊ぶ」ということを原則にしました。3つめは、できる限り新しい価値に気づいてもらいたい、ということです。人間は知的探究心を満たしたいという本能的な欲求を持っており、そこにアプローチしたいと。その意味で、新しい視点を持ち、いつもと違う道を歩くことで、新たな気づきや発見に出会っていく、という世界を作り上げたいと考えたんです。そして4つめが、ゲームをきっかけに現実世界の友情を作りたい、ということでした。日々の生活が忙しくなってくると、人とのコミュニケーションが鬱陶しくなってきて、ひとりで過ごしたいと思うことも増えてしまう。そんななかで、ゲームという楽しみを通じて、いろんな人と触れ合う機会を作ることができればと考えました。


 このように、単にゲーム性を追求するゲームを開発するというより、この4つの原則を実現させること、それをどうやって楽しいものにするかということを常に考えてきました。ナイアンティックは人が動かないゲーム、あるいはリアルの場所でコミュニケーションができないようなゲームは作らない。単なるゲーム会社ではない、不思議な会社だと思っています。


――いずれも「クリア」がないゲームで、ユーザーのモチベーション、熱狂を持続させることが大きなテーマになるのでは??


村井:前提として、われわれが提供しているゲームは、「そのための時間を作って」やってもらいたいわけではないんです。1日は誰にも等しく、24時間。普通のゲームは、そのなかの時間を切り出してプレイすることになりますが、われわれは生きている時間すべてにおいて、生活に寄り添い続けられるものを作りたいと考えているんです。ですから、一度プレイして「面白かった」で終わるものではなく、生活しているなかで、このゲームを通じて見えている世界が違ってくるような、新しい体験を提供することを考えています。


 「単なるゲーム会社ではない」と大上段から申し上げてしまいましたが、われわれはARプラットフォームを具現化し、多くの方に新しい体験を提供できると自負しています。現在、ARにおいてはスマートフォンでさまざまな体験ができるようになりましたが、さらにデバイスが進化し、ウェアラブルなものも出てくれば、ARという機能の持つポテンシャルがさらに引き出され、われわれが提供してきた価値も、さらに浸透していくひとつのきっかけになると考えています。


――ARデバイスの進化自体が、「リアルワールドゲーム」に対するユーザーのモチベーションを喚起することになっていくと。


村井: そうですね。ARというのは、単にカメラを通して情報にアクセスするというものではなく、現実の世界に情報のレイヤーを追加する、という技術です。デバイスが進化すれば、自分たちが歩いている世界に、さらに情報が溶け込んでいくようになる。つまり、ゲームをやりたいからやる、というのではなく、普段の世界にゲーム的な楽しさが入り込んでいき、知的探究心がいつの間にか満足する、というものになると思います。


 われわれは、この「満足」という言葉を非常に大事にしています。日本通でもある、ナイアンティック経営者のジョン・ハンケが言っていたのですが、「満足という言葉を漢字で考えると、『足を満たす』になる。歩いて、フィジカルに動くということが満たされて、人間は満足するんだ」と。ナイアンティックは、知的探究心を満たしながら、プラス体を動かすことで、人間は進化していくし、さらに高みにいけるだろうと考えているんです。そのことで人は健康になるかもしれないし、人が動くことで地域社会の経済にもいい影響があるかもしれない。そういったさまざまな価値が生まれると思っていて、生活のなかにいつの間にかエンターテイメントが浸透していく、というARが実現する世界のリーディングカンパニーでありたいと考えていますし、そこを追求して開発を進めていますので、ぜひ今後の展開も楽しみにしていただきたいですね。


リアルの世界でのコミュニティ形成を重視
――『Pokemon GO』のリリースから約1年半、ナイアンティック社として達成できたこと、課題として残っていることがあれば、それも教えてください。


村井:例えば、2017年に達成できたことは――『Pokemon GO』をプレイしながら全世界のトレーナー(ユーザー)が歩いた総距離が「158億km」に及んだ、というデータを大きく見ています。『Ingress』においてもそうなのですが、われわれはKPI(企業目標達成度)として、「人がどれだけ歩いたか」ということを重要視しています。地球から海王星までがおよそ45億kmなので、結果としてみんなで海王星まで歩き、戻ってきて、さらにまた向こうまで行ってしまった、というくらいの距離になりました。『Pokemon GO』をきっかけに健康になってくれたユーザーもいるかもしれないし、その道中でさまざまな発見が起きたかもしれない。それはとても輝かしい成果だと思っています。


 一方で、課題として残っているのは、当社として取り組みたいことが数多くあるなかで、それを新しい作品としてリリースすることができていない、という部分でしょうか。ただこれから、『Pokemon GO』に続いて、みなさんが動くモチベーションになる作品が届けられると考えています。


――現在進められている『Ingress』の大型アップデート、『Ingress Prime』も大きなリリースになると思いますが、ユーザーはどんなことに期待できるでしょうか。


村井:2012年11月、β版をリリースしてから6年近く経っていますが、いまでも多くの方が『Ingress』とともに歩き、遊んでくださっています。2~3年で規模が縮小してしまうゲームも多いなかで、継続してプレイされている人たちに新しい体験を提供したい。また、『Pokemon GO』でわれわれが提供しているリアルワールドゲームという新しいゲームのかたちを体験した方が、新しく『Ingress』をプレイするということもあると思っていますので、本作ならではの楽しみを享受していただけるようなものを用意しています。


――『Ingress』に関しては、現在も世界中でイベントが開催されていますね。


村井:われわれが出しているアプリケーションは単なるゲームではないと思っています。アプリをきっかけに体を動かす楽しみを提供し、さらに『Ingress』はMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)になりますから、コミュニケーションをすればするほど楽しくなるゲーム性を持たせています。リアルの世界で人が集まれる機会は今後も用意していきたいですね。リアルワールドゲームのビジョンを実現するための、ひとつの重要なファクターだと考えています。


――コミュニティの形成について、運営側の主導で行っていくのか、あるいはユーザーに委ねるのか、というところでは、どちらに比重を置きますか。


村井:両方必要だと考えています。エージェント(『Ingress』をプレイするユーザーの呼称)の皆さまに感謝を伝えるとともに、ユーザー同士がコミュニケーションをさらに楽しむことができるような仕掛け、きっかけを作るために、オフィシャルイベントは非常に重要です。


 一方で、地方自治体やエージェントの皆さまから、「こんなイベントをやりたい」という声が絶え間なく上がってきており、新しいUGC(User Generated Contents)モデルとして、「自分たちの街をもっと知ってもらいたい」「この街でいろんな人と出会いたい」という思いとともに、独自のイベントが開催されています。『Ingress』は、ユーザーが地方自治体と交渉してイベントを立ち上げていく、ということが同時多発的に、毎月のように行われているという、かなり特異なプロダクトなんです。この性質は各国、共通したものですが、ユーザーの積極的な参加とそれを許容する地方自治体、という部分で、日本は非常に強いですね。


ARとVRの違いとは?
――『Ingress』は『Pokemon GO』と比較してテクニカルな部分が強く、当初は万人受けはしないゲームに見える部分もありました。ユーザーコミュニティの広がりには、どんな違いがあるでしょうか。


村井:『Ingress』はゲームデザインが複雑なこともあり、攻略するのに他のユーザーとの協力が欠かせません。その結果世界中に場所ごとの濃密なコミュニティが形成されており、イベントに一緒にでかけたりするユーザーも多いです。一方で、『Pokemon GO』に関してはライトユーザーが多く、ルールがわからなくてもポケモンを集めて歩くだけで楽しい、という設計になっているので、レベルを上げて、ジムでバトルをするなどさまざまな機能で遊ぶなかで、徐々にライトなコミュニティができていくという形になっています。


――新作として『Harry Potter : Wizards Unite』の開発が明かされていますが、タイトルの大きさからも、ライトなユーザーが楽しみながら歩ける、というゲームになることを期待してもいいのでしょうか。


村井:そうですね。『Pokemon GO』には『Ingress』で体験・経験できたことを反映してきましたが、今度は『Pokemon GO』で培ったものも投入していくことになりますので、非常に楽しいゲームになると確信しています。変わらないのは、申し上げたようにユーザーの歩行距離がわれわれのKPIになりますので、やはり多くの方に外に出かけて楽しんで歩いていただいて、またより他の人と遊んでいて楽しくなるようなプラットフォームを提供することが第一ですね。リリース日についてはまだお話できないのですが、ぜひ楽しみにお待ちいただければと思います。


――ARによって実現する世界のリーディングカンパニーに、というお話もありましたが、ARとVRの違いについては、どう捉えていますか。


村井:VRはいろいろなものをシャットダウンし、自分の世界に没入していくもので、ARはいま生きているこの世界に対して、より意味や価値を持たせていくテクノロジーだと考えています。われわれがARに力を入れているのは、基本的にその場で終わるものではなく、自分が目にする現実のさまざまなものが、ARがもたらす情報のレイヤーによって革新的に変わり、その場所やモノについてより深く知ることができるようになったり、新しい見方ができるようになったり、という仕掛けができるからです。


ベンチマークは「スポーツ」
――今後さまざまなメディアで、情報をARも含めたどの空間で扱うか、という話になっていくと思いますが、人の「情報に接したい」という意欲は、さらに高まっていくと思われますか?


村井:人は歩いているときも電車に乗っているときも、あるいは寝ているときも、脳が活動していればいつもさまざまな情報を取り続けています。人間が情報に接するということは未来永劫なくならず、行動する限りは情報に触れたいと考えているんです。必ずしもメディアを通してではなく、情報に触れたい、触れなければならない、という環境に、どう寄り添って情報を提供していくことができるのか。近い未来、そういうことがテーマになってくると思いますし、Magic Leap(マジックリープ)やHoloLens(ホロレンズ)のように、みなさんのメガネや衣類に、必ずARデバイスが入ってくると予測しています。視覚だけでなく、嗅覚、聴覚も含めて、さまざまな情報の得方がありますから、今後どういうデバイスが出てくるのか、楽しみにしているところです。


――リアルワールドゲームをリリースして、ユーザーの反応を分析していくなかで、ナイアンティック社に人間の行動に対する知見が蓄積されているのではないか、と想像しています。そのなかで、「人が本能的に何を楽しいと思うのか」のようなことは、社内で議論されていますか?


村井:そうですね。やはり「歩いて冒険する」ということの楽しさは実感しており、”Adventures on foot with others”」(みんなでともに歩き、冒険しよう)という言葉が社是になっているんです。新しい場所に行って、新しい体験をする、ということに楽しさを感じていただけているというのは、われわれの見立てが間違っていなかったところで、さらにそういう部分を強める仕掛けを作ることができれば、多くの人たちは椅子から立ち上がり、歩き
始めるのではないかと。


――なるほど。最後にあらためて、ナイアンティック社が目指すものについて聞かせてください。


村井:ひとつのベンチマークとして、スポーツというものを見ています。子どもにスポーツが推奨されているのは、それによって心が鍛えられるかもしれないし、先輩/後輩という関係も含めたコミュニケーションによって社会性を育てることができるし、さらにゲーム性があるから楽しく、没入することができるからだと考えています。そういうところで、スポーツは理想的に、人の生活のなかに組み込まれているんです。


 われわれが扱っているのはゲームですが、プレイすることでいつの間にか、「普段なら一日500mしか歩かないのに、今日は5km歩いた。それが楽しい」という世界を作ることができれば、スポーツと同じような観点で楽しめると思います。重要なのは、スポーツが楽しいのは「勝ち負け」があることももちろんですが、本質的には他者と時間、感情を共有することだと思います。そういった要素をわれわれのプロダクトでも増やしていき、、「あなたの趣味は何ですか?」という問いに対して、「テニスです!」というのと同じ感覚で、普通に「『Pokemon GO』です」「『Ingress』です」と言ってもらえるようにしたいし、それに対して「歩くのが好きなんですね」と言われるような世界をつくりたい。われわれがなぜ、リアルワールドゲームを開発しているのか、本質的な部分をもっとうまくお伝えしつつ、ご理解いただけるようにさらにがんばっていきたいですね。
(ジェイ・コウガミ)