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アリアナ・グランデのコーチェラ出演は新世代のヒーロー像を決定づけるか?

2019年04月11日 18:00  CINRA.NET

CINRA.NET

アリアナ・グランデ
■史上最年少、女性として4人目のヘッドライナーとなったポップスター

2019年、『コーチェラ・フェスティバル』のヘッドライナーが25歳のアリアナ・グランデに決定した。20年つづく同フェスにおける史上最年少記録だ。この快挙は、コーチェラと音楽シーン、そしてアリアナにとって、どのような意義を成すのだろうか。

「10年前なら到底信じられなかった」、そうつづった『Forbes』 は、アリアナのヘッドライナー就任を「ポップティミズム」の跳躍だと位置づけている。「ポップティミズム」とはポピュラー音楽を価値あるものと見なす思想であり、批評領域においては、ポップを蔑視しがちだった「ロック主義」と対にされることが多い。

ロックをルーツにする『コーチェラ』にしても、ポップアーティスト、とくに女性には狭き門とされてきた。たとえば、出演自体が物議を醸した2006年のマドンナすら最大のステージは与えられていない。2017年にレディー・ガガ、2018年ビヨンセと、ここ3年は女性ヘッドライナーが続いているわけだが、それでも2002年、2007年のビョークを含む史上4人目の女性とされるアリアナは「異例」と受け止められた。

当時のガガはロックやジャズの素養を立証積みであったし、ビヨンセは「信頼できるアーバンアーティスト」という評価も確立していた。一方、アリアナは、さまざまな音楽性を見せて評価されてきたとは言え「ティーン女子に人気なポップスター」のイメージが強い。そんな彼女が史上最年少ヘッドライナーとなったことは、コーチェラや音楽批評領域における「ポップ蔑視」終焉の決定打になりうるはずだ。

■米音楽シーンにおける「ポップと女性の復権」イヤーのシンボルに

アリアナの『コーチェラ』ヘッドライナーは音楽シーンの動向も象徴している。2019年春のアメリカでは「ポップと女性の復権」が起こりつつあるのだ。

トランプ政権が始まった2017年以降、ビルボードHOT100チャートはさながら「女性不況」が巻き起こっていた。33年ぶりにトップ10がすべて男性の週も出たほどだ。要因としては、男性優位ジャンルとされるヒップホップの台頭が挙げられる。

しかしながら、今年は女性アクトによるナンバーワンヒットが増え、3月時点で首位獲得数が2018年合計数と並んでいる。この数字を牽引した存在は、もちろん、ビートルズ以来55年ぶりにトップ3を独占したアリアナに他ならない。この波に新星ビリー・アイリッシュもつづいている上、今年はテイラー・スウィフトやホールジー、リアーナによる新作リリースも期待されている。

「男性ラッパーのように好きなときに曲を出す」と語ってきたアリアナにしても、宣言通り、ツアー中にヴィクトリア・モネとの新曲“MONOPOLY”をドロップしてみせた。こうした「女性の復権」は『コーチェラ』にも現出している。今年はアリアナやビリーに加え、ジャネール・モネイやケイシー・マスグレイヴス、そしてBLACKPINKやPerfumeなど、絢爛たるアクトがパフォーマンス予定だ。

■『thank u, next』という比類なきアルバム

2019年のアリアナにとって『コーチェラ』は小さな成功に過ぎないとする声もある。アルバム『thank u, next』は、もっと大きな存在だ。そのグレイトネスの 考察は、『コーチェラ』をより楽しむマテリアルになるだろう。

「2018年は、キャリアは最高なのに人生は最悪だったことが興味深いです。多くの人が、アーティストとしての私がピークを迎えていることについて『彼女は乗りに乗ってる、全てを手に入れた』と思うでしょう。それはそうなのですが、人生の面では自分がどうなってるのか何もわかっていません」

昨年末の『Billboard's Women of the Year』受賞スピーチでアリアナはそう語ったが、『thank u, next』は「どうなっているかわからない状態」を表現したようなアルバムだった。

■「密接な会話」のようなパーソナルな楽曲群は、ポップミュージックの表現を拡張する革命だった

2018年、マック・ミラーの急逝を知りツアー中止を考えるほど「なにもできない状況となった」彼女は、親しい友人とスタジオに入り、音楽を作ったという。そして完成したアルバムは、隣人と交わす「密接な会話」のような異例のポップだった。

元恋人たちに感謝を告げる“thank u,next”を筆頭に「あなたを愛してるけど今は一緒にいたくない」と歌う“NASA”、はたまた「あなたを私の血統に入れたくない」とはねのける“bloodline”……瞬間的な感情を捉えるリリックには、相反する意識が同居し、ときに一般的倫理から距離をおいている。これらの「密接な会話」ソングは、非常にパーソナルであると同時に、チャートヒット系ポップミュージック表現を拡張する革命だった。

■これまでも芯の強いフェミニストであったアリアナと、男性DJとの会話

パーソナルでエモーショナルだからこそ、アリアナ・グランデその人のプレゼンテーションにもなっている。そのうちの一つが、彼女が芯の強いフェミニストだということだろう。以下は、アルバムリリースよりもはるか前の2015年にラジオのインタビューで起こった男性DJたちとの一幕だ。

「携帯電話か化粧品、最後に使えるのならどっちを選ぶ?」
「この男性は……その2つの選択で女の子が慌てふためくと思ってるわけ?」
「君は携帯を何時間も触らなくて平気なの?」
「もちろん。夕食ではきちんと会話したい」
「(会場の女性客に向けて)女性たち!ちゃんと聞いて学びな!(携帯から離れられるアリアナから)学ぶんだ!」
「男の子たちが学ぶ! ねぇ、男の子も女の子も、私たち全員、学ぶことができる」

このインタビューで「この世の中で直したいもの」を問われた際、彼女はこう答えている。「私には、長い長い『変えたいものリスト』がある。ジェネラルなジャッジメント、不寛容、卑劣さ、ダブルスタンダード、ミソジニー、人種差別、性差別。もちろん、全部クソ。やらなきゃいけないことは沢山ある。これらが、私たちがフォーカスして、行動しなきゃいけないこと」

■女友達との連帯示す“7 rings”。アリアナはミレニアル世代のフェミニストアイコン、新時代のヒーローに

アリアナのアクティビストとしての側面はアルバムにも現れている。たとえば、日本では漢字タトゥーが話題となった“7 rings”は、女性同士の連帯を祝福するフェミニスト・アンセムでもある。破局後の親友たちとの豪遊を誇るこの楽曲は、メディアから「あの男性の元カノ」と書かれるたび「女性は男性の所有物ではない」と抗議してきたアリアナにふさわしいメガヒットだ。

Fenty Beautyから移民法の専門書まで出てくるアルバム『thank u, next』は、アリアナをミレニアル世代のフェミニストアイコンにすると同時に、彼女のような若者や人権活動家が一括りにできない複雑な人間であることを世界に広めている。アリアナは、まさしく新時代の英雄だ。

■「ポップ蔑視」の終焉と女性スター復活のシンボル――『コーチェラ』史上最大級のガールズパワーに期待

現在行なわれているアリアナの『Sweetener』ツアーは、大手メディアの撮影すら制限を設ける厳戒態勢をとっている。そのため、ストリーム中継される『コーチェラ』は新世代のヒーローを全世界に知らしめる絶好の機会だ。

『Washington Post』のクリス・リチャーズによるレビューを読む限り、現在、彼女のコンサートはガールズパワーあふれる場となっているようだ。リチャーズは“fake smile”で巻き起こったチャントを引き合いに、アリアナが創造した空間を賛美している。「女性たちが権力者男性に静寂を強いられがちな国で、少女たちが“笑顔の偽装”を拒否する歌をアイドルと合唱する……素晴らしい」

アリアナ・グランデの『コーチェラ』でのパフォーマンスは「ポップ蔑視」の終焉と女性スター復活のシンボルとなるだろうし、何よりも、同フェス史上最大級のガールズパワーに包まれることになるはずだ。記念すべき彼女のヘッドライナーは、現地時間4月14日に予定されている。

(文/辰巳JUNK)