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『まんぷく』は時代が求めた朝ドラだったーー「天才」を支える仕事に込められた大きなロマン

2019年04月05日 07:31  リアルサウンド

リアルサウンド

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 3月30日放送分で、好評のうちに幕を閉じたNHK連続テレビ小説『まんぷく』。


 ヒロイン・福子役の安藤サクラ、夫・萬平役の長谷川博己という達者な役者を中心に、ヒロインの母で「ぶしむす」鈴を演じた松坂慶子、萬平の「親友」で名パートナー・世良役の桐谷健太などの強烈スパイスを加え、家族や仲間たちなど、愛すべきキャラクターを取り揃えた多幸感溢れる作品となった。


 しかし、『まんぷく』がこうも視聴者に愛された理由には、時代が求めた朝ドラだったことも挙げられるだろう。


 『まんぷく』はご存知の通り、日清食品の創業者・安藤百福の妻をモデルとしたオリジナルストーリー。これまでも実在のモデルがいる朝ドラは多数あり、特に『ゲゲゲの女房』での放送時間変更の大改革以降は、『カーネーション』『花子とアン』『マッサン』『あさが来た』『とと姉ちゃん』『べっぴんさん』『わろてんか』など、増加傾向にある。


 とはいえ、近年のモデルが実在する作品を振り返ると、誰もがモデル自身を知る『ゲゲゲの女房』を除いて、本作ほどに日常生活の中に溶け込んでいるモノが登場した作品は他にない。アイテムに対する親しみが圧倒的に強いこと。さらに、それが誕生する過程を、後の世界から覗き見できるワクワク感は非常に大きなものとなった。


 まして今は、終身雇用が崩れ、賃金も上がらず、経済が完全に停滞している時代。仕事に対するモチベーションは保ちにくく、幸せの沸点を低く設定して、日々穏やかに暮らしている人は多いことだろう。


 現代の日本・さらに世界において、萬平・福子夫妻が何度も繰り返した「世の中にまだない、画期的な商品」が生まれる土壌は、AIなどのIT分野を除くと全くないと言って良いかもしれない。


 その一方で、職人やアスリートなど、「技術」に対するリスペクトは明らかに高まっている。そんなご時世に、「全く新しい商品」を生み出すことにすべての情熱を注ぐ萬平&福子夫妻の姿は、私たちに勇気やエネルギーをもたらしてくれるものだった。


 そして、もう一点。一部では「萬平のほうがヒロインみたいで、福子は応援するだけ」「福子が究極のマネジメント能力を発揮するのはいつなのか」という指摘が根強くあった。しかし、こうしたヒロインのあり方こそが、従来の朝ドラに求められてきたヒロイン像との違い、時代の変化が求めるものなのではないかと思う。


 「究極のマネジメント能力」というフレーズに、まるでビジネス本が描くようなものを想像・期待する人は確かにいた。そういった意味では、福子の「マネジメント能力」は、萬平の発明に比べて、華々しくはないかもしれない。


 かつては、ひたすら頭を下げて資金繰りに尽力したり、逮捕された萬平を釈放してもらうために奔走したり。ラーメン編に入ると、「一番大変なのは毎日の食事を考えること」という福子の言葉から、萬平が「即席めん」のアイデアをひらめいたり、福子の「食べ歩けるヌードルの価値がわかるのは、頭のやわらかい若者たちなのではないか」という発想の転換から、まんぷくヌードルがヒットしたりと、「きっかけ」を生む役割を担っていた。しかし、あくまで活躍するのは萬平である。


 そうした関わり方を物足りなく感じる女性視聴者がいるのは、わからないでもない。かつて『ちりとてちん』で初の女性落語家となったヒロインが、落語家を廃業し、一門のおかみさんになっていった結末には、批判が多数寄せられたこともあった。


 朝ドラヒロインは、長い歴史の中で、社会進出を進めてきた。かつての朝ドラは「ヒロイン至上主義」が当たり前の価値観としてあり、「なんでもヒロインのおかげで解決する」時代もあった。


 翻って、現在の世の中を見渡してみると、今もなお女性管理職は少ないし、決して平等と言える状況ではない。とはいえ、現代は「女性も働くのが当たり前」の時代。低成長時代で上昇志向を持ちにくい現状では、大きなことを成し遂げるのではなく、「自分にできる仕事を誠実に全うすること」で自己実現を叶える女性が多いだろう。


 ましてその「自分にできる仕事」が「画期的な商品を生む天才」を支える仕事だとしたら? そこにはとてつもなく大きなロマンがあるし、ヒロインが「自分が、自分が」で先頭を突っ走る物語よりも、美しく見える面もある。


 『まんぷく』に登場する女性たちは、英語が堪能な福子も、大阪帝大卒の姪のタカちゃん(岸井ゆきの)も、優秀な能力を持ちながら、その能力を表舞台で活用せず、支える立場にまわっていく。確かに、現代に生きる私たちから見れば、これは惜しい。もったいない。


 でも、どんな苦境でも、ときには仕事に没頭しすぎてマッドサイエンティスト化する萬平を目の当たりにしながらも「萬平さん、萬平さん」と言い続け、盲目的なほどに信じ続ける福子を見て、多くの視聴者は思ったことだろう。「こりゃ、福子じゃなきゃ、支えられないわ」と。


 そして、そんな福子に折々で「福子がいなければできなかった」と感謝の言葉を伝え続ける萬平。その言葉は、マネジメントする立場にとって何よりのご褒美だろう。


 最終回ではまんぷくヌードルの大ヒットを機に、仕事をいったん休み、世界中の麺を食べる旅行に出る二人が描かれた。でも、これは二人にとってゴールではない。まだまだ新しいことを考え続ける天才がいて、それをワクワクしながら見守り、支えていけるヒロインがいる。


 これ以上ない、現代的な幸せのかたちが描かれた『まんぷく』最終回だった。


【参考】『なつぞら』広瀬すず、安藤サクラに背中押されバトンタッチ! 「100人以上ヒロインがいるから」


(田幸和歌子)