2019年F1第2戦バーレーンGPの主役であり真の勝者は間違いなくフェラーリのシャルル・ルクレールだった。予選で完璧なアタックを決めてポールポジションを奪い取り、スタートでホイールスピンをさせて3番手まで後退するも、冷静さを失うことなくすぐさまポジションを挽回していった。
特に重要だったのは、チームメイトのセバスチャン・ベッテルの前に出たこと。ピットストップの優先権は前を走る方のドライバーに与えられるからだ。開幕戦と違いバーレーンではタイヤがタレる。そのためピットストップが遅れればそれだけタイムロスし、背後にライバルがいればアンダーカットを許してしまうことをルクレールはしっかりと把握していた。
ルクレール:僕の方が速いよ!
フェラーリ:了解。
5周目のメインストレートでベッテルの背後につき、ターン1でインを窺ったものの抜けなかったルクレールは、無線でチームに訴えた。リスクを回避しながらメルセデスAMG勢を引き離したいチームからの返答は「あと2周はそのままでいてくれ」というものだったが、ルクレールは翌6周目のメインストレートでDRSを使ってベッテルを抜き去った。
13周目にピットインすると、4秒後方の3番手ルイス・ハミルトン(メルセデス)もこれを見てピットイン。2番手のベッテルは1周待たねばならず、この間にハミルトンのアンダーカットを許すことになってしまった。そして今度はこの2台がバトルを演じ、レースはまさにルクレールが思い描いたシナリオ通り完璧な展開に。ルクレールの初優勝は、もう間違いないと誰もが思っていた。
しかし45周目、ルクレールが無線で突然叫んだ。
ルクレール:エンジンに何か異常があるよ!
それに対してチームからの返答が「了解、チェックしているよ」と冷静なものだっただけに、ルクレールは思わず「エンジンが何か変なんだ! XXX!」と取り乱した。
すぐにチームからは問題を解決するための対策が無線で伝えられ、ルクレールはステアリング上のボタンを操作して設定変更やリセット作業を行なった。
フェラーリ:ドライバーディフォルトC46、K2オフ、OKボタン。SOC9、エンジン12。
ルクレール:あと何周なんだ!?
フェラーリ:マルチファンクション・ストラット6。残り11周だ。
ルクレール:一体何が起きているんだ!?
フェラーリ:MGU-H(熱エネルギー回生システム)のリカバリーがなくなっているんだ。HAM(ハミルトン)は5秒後方。我々はこのまま最後まで走る。
しかし問題は解決しない。当初、チームはMGU-Hの回生を失ったと伝えたが、実際にはエンジンの1気筒で異常燃焼が発生していることが分かった。
リセット作業を何度か繰り返してみるものの復活はせず、ルクレールは万事休す。ラップタイムは5~7秒も低下し、ハミルトンには易々と抜かれてしまった。
フェラーリ:ドライバーディフォルトD15オン、それからD15オフ。もう一度ディフォルトD15オン。モード・レースに切り替えてくれ。D15オフ。残り9周、後方のBOT(バルテリ・ボッタス)との30秒。BOTとのギャップは大丈夫だ、この順位のままでフィニッシュできる。ダッシュボード上の燃費の数値に従って走ってくれ。
ルクレール:あぁ、でもそんなの無理だよ! オーマイゴッド! あぁでもやるよ。
フェラーリ:落ち着いて、なんとかマシンをゴールまで持ち帰るんだ。
ルクレール:了解、やれるだけやってみるよ。僕は冷静だよ。
フェラーリ:了解。
もう一方で問題だったのは、燃費だ。
2019年シーズンから110kgの燃料が使用可能になったとはいえ、バーレーンは昨年どのマシンもほぼフルに105kgを使っていたほど燃費に厳しいサーキット。前半にギャップを作るためプッシュし最後にリフトオフして燃費の帳尻を合わせるはずだったルクレールは、ここで燃費が厳しくなってしまった。エンジンパワーの低下によってただでさえペースが落ちているところに、さらにリフトオフをしなければならなかったのだ。
目の前にあったはずの初優勝を失った上に、あまりにも無慈悲な指示に心を乱しかけたルクレールだったが、すぐに冷静さを取り戻し、自分が置かれた状況の中で最大限の結果である3位を確保することを最優先に考えて行動を始めた。これがルクレールの強さだ。
ルクレール:あと何周?
フェラーリ:あと8周だ。
フェラーリ:ターゲットラップタイムは38.0(1分38秒0)。
ルクレール:無理だよ! 絶対に無理! ストレートが全く伸びなくてそこでタイムを失っているんだから、そのペースで燃費をセーブするなんて無理だよ。
フェラーリ:了解、SOC7。今のまま走り続けてくれ。このままいけば3位でフィニッシュできる。ドライバーディフォルトB57。
ルクレール:燃料は大丈夫なのか?
フェラーリ:現状では大丈夫じゃない、今のままではOKではない。
ルクレール:どうしたら良い?
フェラーリ:ストレートエンドで大きくリフトオフしてくれ。
ルクレール:4位とのギャップは?
フェラーリ:4位とは38秒差だ。
ルクレール:今のペースで行くと何秒差になる?
フェラーリ:11秒差だ。しかし燃費のことを考えなければならない。オイルボタンを押してくれ。ダッシュボード上の数値を確認しながら走ってくれ。
その一方でレッドブル・ホンダ陣営も3位奪取を狙っていた。4番手を走るマックス・フェルスタッペンはリヤタイヤのグリップ低下に苦しんでいたが、ルクレールの状況が逐一伝えられていた。
レッドブル:LEC(ルクレール)は42秒台だ。
フェルスタッペン:このペースで追い付いて行っている?
レッドブル:あぁ、彼はストレートラインで40km/h遅い。
燃費セーブも強いられたルクレールのペースは厳しく、フェルスタッペンも背後に迫りつつあった。初優勝どころか初表彰台も手のひらからこぼれ落ちかけていた。
しかし54周目にルノーの2台がコースサイドにストップし、セーフティカー(SC)が入った。ルクレールにとっては天からの恵みだった。
フェラーリ:残り4周。次のVER(フェルスタッペン)は、6.5秒後方。
フェラーリ:ターン1~2で黄旗。ダブルイエローになった。SCだステイアウト。
ルクレール:残りは何周?
フェラーリ:この周を含めて3周。
ルクレール:この次が最終ラップ?
フェラーリ:そうだ。
ルクレール:セーフティカー先導のままでフィニッシュになる?
フェラーリ:まだ分からない。
ルクレール:なぜか周りに比べて僕はかなり遅い。VERが……あぁ、大丈夫、彼がバックオフしてくれた。
フェラーリ:君は必要なことをやっている、全てはOKだ。
ルクレール:燃料は大丈夫?
フェラーリ:あぁ、大丈夫だ。このままチェッカーを受けてくれ。
結果、3位でチェッカードフラッグを受け、ルクレールは自身初の表彰台を獲得した。手にしていたはずの勝利を失ったルクレールに、マシンを降りるや否やハミルトンが駆けよって自身の勝利を祝うよりも先にルクレールに「君ならこれから何度でも勝てる」と最大の賞賛の言葉を贈った。極限の世界で戦うもの同士だからこそ通じ合うものがあったのだ。
しかしルクレールは、すでに前向きに心を切り替えていた。チェッカーを受け、パルクフェルメに戻るまでの間に前を向き、ポジティブな面に目を向け、勝利を奪ったトラブルへの恨み節ではなく、チームへ感謝の言葉を述べた。
ルクレール:あぁ、なんて言って良いか分からないよ、ごめん。なんて残念な結果だろう。本当に素晴らしいレースだったのに。でもこういうこともF1、モータースポーツの常だ。マシンは本当に素晴らしかった。本当にありがとう(イタリア語)。
フェラーリ:君は素晴らしい仕事をしたよ。これからやるべきことをやって、もっと強くなって次の戦いをしよう。
ルクレール:今日の僕らは素晴らしいペースがあった。ポジティブな面に目を向けよう。セーフティカーのおかげで3位表彰台を獲得することができたんだ、こんな幸運なんてめったにあることじゃない。僕らは幸運の星の下にいたはずだ。
フェラーリ:そうだね。ファステストラップも君のものだ。
ルクレール:了解。
初優勝は逃したが、いつでも勝てる力があるということは誰の目にも明らかなほどに証明してみせた。そして、自分の身に降りかかった苦難に心を乱したり怒りを誰かにぶつけるのではなく、そんな状況下でも冷静に前向きに、そして感謝の気持ちを忘れずに戦うことができるというこの上ない強さも披露してみせた。
ただ勝つよりもずっとすごいことを、ルクレールはこのバーレーンGPでやってのけたのだ。