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『ハード・コア』と表裏一体をなす『BLUE団 in DAWN』 山下敦弘×山田孝之の信念がここに

2019年03月30日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 パッケージの発売時に、「映画本編はもちろん、付属のメイキング映像も、是非楽しんでもらいたいです」みたいなことは大概の監督や出演者が言うことだけれど、映画の公開前から監督と出演者が口をそろえて、「本編はもちろん、メイキング映像も是非観て欲しい」、「なんなら、メイキングの上映会もやりたい」と言って、実際に映画が公開中だった昨年の12月、監督及び出演者の同席のもと、映画本編と合わせてメイキングの上映会を行ったというのは、割と前代未聞な話なのではないだろうか。山田孝之主演、山下敦弘監督の映画『ハード・コア』のことである。


 もともと山下監督が、その原作漫画である『ハード・コア 平成地獄ブラザーズ』(作:狩撫麻礼、画:いましろたかし)の20年来のファンであり、『山田孝之の東京都北区赤羽』(15)、『山田孝之のカンヌ映画祭』(17)などでタッグを組む以前から、自身もその漫画に感銘を受け「男たちの結末に泣いた」という山田孝之と意気投合し、いつの日か自分たちの手で映画化することを夢見ていたという、2人にとって積年の企画である本作。ちなみに同書は、今回が山下組初参加となった荒川良々にとっても長年の愛読書であり、映画化の際には「是非、牛山役を」と、酒場で山下監督と口約束を交わしていたという。つまり、今回の映画化に際して、監督及び出演者たちの意気込みには、並々ならぬものがあった……という話は、公開前から聞いていた。けれども、ここまでメイキングを推すとは、どういうことなのだろう。そこには一体、何が映っているというのか。その前に、本作『ハード・コア』のあらすじについて、簡単に説明しておこう。


●決して笑い飛ばすことのできない本気さ


 「間違ってることを間違ってると言って何が悪いんだよ」。山田孝之演じる主人公・権藤右近は、世の中や人々に対して鬱々とした思いを持ちながら、都会の片隅で貧乏暮らしを送っている男性だ。彼は、自分に唯一目を掛けてくれた活動家の男・金城銀次郎(首くくり栲象)を師事し、彼の活動を手伝いながら日々を過ごしている。といっても、その主な活動は、週に一回、金城とその右腕である番頭・水沼(康すおん)と共に山奥まで出向いて行う、あるかどうかもわからない“埋蔵金”の採掘という、甚だ怪しいものではあるのだが、同じく金城の活動を手伝う精神薄弱気味の男・牛山(荒川良々)と行動を共にしながら、右近は低空飛行の日々を生きている。一方、彼の弟である権藤左近(佐藤健)は、エリート商社マンだ。兄とはまた違う意味で満たされない思いを抱えている彼は、兄のことを気に掛け、ことあるごとに兄のもとを訪れ、ときには彼の世話を焼いたりもしている。そんなある日、牛山が寝泊まりする廃工場で、放置された謎のロボットが発見される。右近によって“ロボオ”と名付けられたそのロボットと不思議な友情関係を築いてきゆく右近と牛山だが、その見た目とは裏腹に、実は“ロボオ”は高性能な人工知能を有しており……それは、右近と牛山、そして左近の運命を、大きく動かしてゆくのだった。


 怪しげな右翼団体と埋蔵金、そしてロボット……まあ、荒唐無稽な話ではある。というか、いつも真顔の右近のとなりにいる“ロボオ”の見た目からして、どう考えてもシュールだ。そう、本作を試写室で初めて観たとき、隣席に座っていた見知らぬ男性が上映後、「ふざけ過ぎでしょ……」と吐き捨てるように呟いたことを覚えている。けれども、それを耳にした瞬間、カッと頭に血がのぼり、映画の中の右近はないけれど、思わずその男との胸倉を掴みそうになった。なぜなら、この映画の中にふざけたシーンなど、ひとつも無かったから。この映画は、荒唐無稽な設定と物語の中から、男たちの確かな孤独と悲哀を浮かび上がらせる原作漫画のテイストをそのまま実写に置き換えたような、そんな絶妙なバランス感の上に成り立った、滑稽だけど決して笑い飛ばすことのできない強度を持った映画なのだ。それにしても、なぜそんなことが可能だったのだろうか。なるほど、そのヒントは、このメイキング映像の中にこそあるのだった。


●本編と表裏一体をなす『BLUE団 in DAWN』


 廃工場の一角で、山田孝之演じる主人公・権藤右近が、佐藤健演じるその弟・権藤左近に掴みかかる迫真のシーンの撮影現場で幕を開けるこのメイキング映像。『BLUE団 in DAWN』と名付けられた、実に80分を超える大作ドキュメンタリーとなったこの映像の監督・撮影・録音・編集を担当しているのは、『太秦ヤコペッティ』、『SAVE THE CLUB NOON』といった作品で知られる映画監督、宮本杜朗だ。山下監督の『味園ユニバース』のメイキング「裏ユニバース」なども手掛けている彼が、このドキュメンタリーで映し出すのは、山下監督や本作のプロデューサーのひとりでもある山田孝之が、原作漫画への思い入れや今回の企画が動き出した経緯について語るインタビューや、佐藤健、荒川良々といった主要キャストの個別インタビューなどを交えつつも、その大半は撮影現場そのもの……すなわち、監督や役者をはじめ、撮影や録音、照明、美術やヘアメイクといった、この映画を共に作り上げていった人々が、撮影現場でそれぞれの仕事を黙々とこなしていく様子なのであった。


 監督や役者といった“表”に出る人々よりも、このドキュメンタリーで初めてその姿を露にする“ロボオの中の人”である、関西を拠点とするバンド、オシリペンペンズのボーカル・石井モタコをはじめ、スクリーンには映らない“裏”の部分で、この映画を支え続け動き続けた人々を、淡々と映し続ける本作。その意味で、この『BLUE団 in DAWN』は、映画『ハード・コア』本編と、文字通り表裏一体をなす作品と言えるだろう。言わば、彼らの“声”以上に、その“姿”そのものに焦点を当てたこの映像。そこから浮かび上がってくるのは、真夏に行われたという過酷な撮影で、次第に消耗し疲弊してゆくスタッフたちの、むき出しの姿なのであった。重要なシーンが夜に起こることが多いこともあってか、気が付けばまたしても、東の空が白んでいく。ある意味、映画本編以上にピリピリとした緊張感が漂う中、夜明けとともに朽ち果てるスタッフたち。なぜ、それほどまでして。そんな疑問が湧かなくもない。けれども、その理由について、誰も明確には語らない。否、語ることができないのかもしれない。強い“思い”とは、必ずしも言葉でうまく説明できるものではないからだ。


●“平成”という時代の先へ、一抹の希望と共に送り出すこと


 その“思い”とリスペクトの強さから、“ロボオ”の造形に至るまで、できる限り原作漫画に近づけることを意識したという今回の映画版。その中でひとつ、山下監督が大きく付け加えた部分がある。それは本編の最後、一度“完”という文字が画面に表れたあと、突如始まる一連の部分だ。端的に言うと、山下監督、及び彼とコンビを組む脚本の向井康介は、右近たちを最終的に“救う”ことを選んだのだった。それについては、原作ファンのあいだではもちろん、映画本編を観た人々からも賛否両論あるようだ。けれども、このメイキング映像を観たあとには、きっと誰もが納得するのではないのだろうか。役者やスタッフをはじめ、さまざまな人々が飽くなき情熱と労力を注いで作り出した右近たちの物語を、ここで終わらせるわけにはいかなかったのだ。もともと“平成地獄ブラザーズ”と名付けられていた男たちの物語を、“平成”という時代の先へ、一抹の希望と共に送り出すこと。映画本編を観ながら感じた“笑い飛ばせない”強度の背後にあるものとは、恐らくそんな彼らの真摯で熱い“思い”だったのではないだろうか。それを確かに実感することのできる、そして、この原作及び映画が持つ奥行きと射程……何よりも“人を動かす力”を、改めて立体的に感じることのできる、必見のメイキング映像だ。(麦倉正樹)