■多くの問題提起を内包する「異例」ずくめの『りぼん』連載漫画
「異例」ずくめの新連載として、昨年夏の『りぼん』連載開始当時から注目を集めた牧野あおいの漫画『さよならミニスカート』。単行本1巻は初版部数10万部以上を記録し、今年2月にはNHKの情報番組『あさイチ』でも取り上げられた。また4月下旬に発表を予定している『第23回手塚治虫文化賞』マンガ賞の最終候補にも選出されている。そんな話題の尽きない本作の単行本2巻が3月25日に発売された。
本作の主人公はスカートを履くことをやめた女子高校生の神山仁那。かつては芸能界に身を置く人気アイドルだったが、握手会で男性に襲われたことをきっかけに心を閉ざし、過去を隠しながら学校の女子生徒で唯一スラックスの制服を着て通学している。現実の社会問題とリンクするようなジェンダーにまつわる多くの問題提起を含んだ少女漫画だ。
『りぼん』編集長の相田聡一は本作の連載開始時に、「異例。」「この連載は、何があろうと、続けていきます。」「このまんがに、無関心な女子はいても、無関係な女子はいない。」「今こそ、すべての女子に捧げたい。」と熱い思いを綴った宣言文を特設サイトに寄せた。
■「男であること」の持つ影響に葛藤する男子生徒の心情にもフォーカス
2巻では、未だ捕まっていない仁那を襲った犯人の謎がさらに深まっていく。その過程で見えてくるのは、仁那だけでなく、仁那の理解者となる同級生の男子生徒や、仁那とは対照的に男子生徒に媚びるように振る舞う女子生徒も、「女である」「男である」がゆえに受ける社会や異性からの視線、反応に自覚的で、それがゆえに苦しんでいるということだ。
仁那が学校で唯一心を許せる相手となる柔道部の男子生徒・光は、他の男子生徒とは異なる柔らかい雰囲気を持つ。仁那の過去を知って彼女を気にかける光に対して仁那も特別な感情を抱き始める一方、光にある疑惑が浮かび上がる。
その中で光は、仁那に頼りにされたい、信頼されたいと思っている反面、男性に傷つけられた過去を持つ彼女にとって自分が男である限り脅威になってしまうかもしれない、という思いを抱いていることがわかる。「男だからわからない」と拒まれるのではなく、仁那の苦しみを真に理解したいと葛藤しているのだ。
光は仁那が初めて恋のような特別な感情を抱く相手でもある。そんな主人公の恋の相手が、「男であること」が無意識的に異性におよぼしてしまうかもしれない影響に自覚的で、そのことに葛藤しているキャラクターであるという点にも注目したい。柔道部である光は筋トレに勤しむ場面が何度か登場するが、彼自身の「男らしさ」の模索は作中で今後も描かれていくテーマなのかもしれない。
またぶりっ子キャラで男子生徒の人気を集める女子生徒・未玖もまた、男性優位の社会における女性への視線を誰よりも理解し、理解しているからこそ、男子生徒に媚びて振舞うことで自分が優位に立っていると考えている。仁那と未玖は「女らしさ」を徹底的に否定するか利用するかの違いで、実は同じ社会の「呪い」に苦しむ表裏一体のような存在ということもわかる。
■いとうせいこう「私たちが“虚構の枠組み”の中で生きさせられていることを少女マンガが描き始めた」
『さよならミニスカート』に寄せられたコメントの中で、いとうせいこうは「私たちが、男も女もともに“つくられた虚構の枠組み”の中で生きさせられていることをついに少女マンガが描き始めた」(『SPUR』2019年4月号より抜粋)と評した。
仁那も光も未玖もその「虚構の枠組み」に気づき、苦しみながら自分のアイデンティティーや他人との関わり方を模索している。物語の序盤で変質者に襲われた女子生徒を「そんなにスカートが短かったら触られて当たり前。男に媚びるためにスカート履いてるんだろ?」と冗談まじりに揶揄した男子生徒に対して仁那が放った「スカートはあんたらみたいな男のために履いてんじゃねえよ」というセリフは象徴的だ。
・いとうせいこうのコメント
<私たちが、男も女もともに“つくられた虚構の枠組み”の中で生きさせられていることをついに少女マンガが描き始めた。虚構から目を覚ますには勇気と想像力と知性がいるが、性差別なんていう古くさいものと決別するために、私たちは能力を研ぎ澄ませなければならない。女は男のためにだけ着飾っているのではなく、変質者に狙われるのが被害者の容姿や服装のせいではなく(それは騒がれそうかどうかで決まる)、女の美醜を勝手に男が判定するのは一方的で暴力的であることなどなど。『さよならミニスカート』は、これら私たちが目覚めるべき例一つひとつのために、確かな勇気と想像力と知性を与えてくれる(SPUR.JPより抜粋)。 >
また実業家・ファッションデザイナーのハヤカワ五味、ドラマ『中学聖日記』で吉田羊演じるバイセクシャルのキャリアウーマンとのキスシーンを演じて話題を集め、昨年には男性役で映画に出演したモデルの中山咲月も、本作をジェンダーやルックスにまつわる固定観念について読者に考えることを促し、視野を広げる作品だと評価している。
・ハヤカワ五味のコメント
<『さよならミニスカート』は『りぼん』の読者層にももちろん読んでほしい作品ですが、昔読んでいた人たち、少女マンガには興味ないよって人にも“可愛い”を見直すキッカケとして読んでもらえたらいいなと思う作品です。最近、中国に行って気づいたのですが、日本の“可愛い”という価値観は世界的にはかなり特殊なんですよね。弱く、媚びる女性を“可愛い”とし、強く、反発する女性を“可愛くない”とする。それに毒されてきてしまった私は、なぜ“可愛い”が好きだったのかをこの作品を通して何度も考えさせられています(SPUR.JPより抜粋)。>
・中山咲月のコメント
<主人公の心境の変化が1人の男の子によって変わっていく様子を見ていると、 この主人公の子は心から乙女で可愛らしく女子高校生らしい子だなと思いました。 私自身はスカートの良さはわかりませんが スカートに限らず、「服を自分自身が好きだから着たい、誰かの為に着ているわけではない。」というメッセージが凄く伝わってきてこれは様々な場面でも伝えていくべきだと私は思います。>
■年齢や性別を問わず、広く訴えかけるストーリー
作者の牧野あおいは「少女マンガは常に女の子の味方です」「少女マンガはいつだって女の子を応援し、後押ししています」と、本作が現在の『りぼん』世代の少女だけでなく、かつて少女だった女性たちにも届けたい作品であると伝えている。
『さよならミニスカート』は社会への問題提起を含んだ作品であることに間違いはないがそれだけではない。少女漫画の王道とも言える主人公の初恋、そして恋の痛みや喜びも描かれているし、主人公を襲った犯人の謎を追うサスペンス要素もある。また男子生徒が女子生徒に向ける性差別的な言動や、アイドルだった主人公が浴びた世間からの心無い言葉は、現実世界の「あるある」とも言える。メインキャラクターであれ、教室の中にいる傍観者であれ、読者は作中のどこかに自分を見出し、ハッとさせられることもあるだろう。
本作は少女の恋と再生を応援する物語として、そして社会や人々の意識の奥深くに根付く「虚構の枠組み」に疑問を投げかける物語として、年齢や性別を問わず、広く訴えかける作品だ。『りぼん』本誌と並行して「少年ジャンプ+」でも配信が行なわれている。
単行本最新刊となる第2巻は3月25日に集英社から刊行。