「大阪府内の銭湯の7割が被災した」と聞くと、いったい何ごとだろうと首をかしげる人も、もしかしたらいるかもしれない。昨年9月に発生した平成30年台風第21号は、記録的な高潮や暴風となり、近畿地方に甚大な被害をおよぼした。遠い場所に住んでいると記憶が薄れがちだけれど、大阪ではいまも復興のために活動している人たちがいる。
大阪府内では約400軒の銭湯のうち7割が、煙突や屋根が壊れるなどの被害を受けたという。昨年末時点では10数軒が休業中で、4軒が廃業に追い込まれてしまった。
近年では地域コミュニティーの拠点として、または音楽やトーク、落語などのイベントスペースとして、自宅や職場とも異なる居場所「サードプレイス」として、文化財としてなど、様々な角度から銭湯の魅力と価値が見直されている。今後も広がってほしい動きである。
余談だが、CINRA社内でも有志が集まり、各地の銭湯を巡るサークル活動が行なわれていたりする。生活に根ざし、地に足のついたカジュアルな楽しみの1つとしても、銭湯という場はかけがえのないものだ。
その「場」の、じつに7割が被災してしまったのが大阪である。そんな現状を憂慮し、大阪の銭湯を応援するためのプロジェクトが、CAMPFIREで現在行なわれている。プロジェクトはウェブメディア「東京銭湯- TOKYO SENTO -」を運営する株式会社東京銭湯が、大阪府公衆浴場組合と共同ではじめたものだ。
CINRA.NETでは東京銭湯「取締役番頭」である日野祥太郎氏に取材。また、銭湯が舞台の青春小説『メゾン刻の湯』の作者であり、クラウドファンディングのリターンにサイン本を提供した小野美由紀氏にコメントをもらった。
■自然災害の凄まじさ。大阪の銭湯の被災状況は?
「7割が被災」と言うが、実際のところ、大阪の銭湯の被害状況はどんなものなのだろうか?
<大阪府浴場組合(以下大浴)でも去年から独自に調査してまして、被害状況は様々です。
屋根や天窓などのガラスの破損、瓦が吹き飛ぶなど、やはり強風による被害が一番多いようです。
大きいところでは煙突の倒壊やタンクの破損、お風呂に関わる配管やボイラーなど様々です。
休業の期間も様々で、1日、1週間程度の短い期間で済んだ銭湯もあれば、数ヶ月後に再開したところや今だに再開に至っていない銭湯もあります。
自己資金で修理できた銭湯もありますが、銭湯専門の修理業者が少なく、未だに未修理のまま営業している銭湯も数多くあります。ビニールシートなどで覆い、なんとか営業しているところもありますが、修繕は数ヶ月、1年以上待ちの銭湯もあり以後も雨風にさらされることにより躯体の腐敗が進み、修繕箇所は広がっていくことが懸念されています。
重篤な被災銭湯は修繕に数千万が必要とされており、現在も大浴の皆さまとうちのメンバーとで様々な融資先や修理業者を検討しています。
改めて自然災害の凄まじさというものを被災銭湯の店主さまを通して思い知りました。>
■銭湯が地域コミュニティーに与える「効能」とは?
銭湯は地域コミュニティーにとって、1つの重要な拠点であることは先に書いたが、改めてその点について聞いてみた。
<家にお風呂のない時代は地域の全世帯が銭湯で入浴していたため、地域コミュニティーの中心であった銭湯ですが、家風呂の普及が進んだ今でもご高齢のお客さまを中心に見守りやコミュニケーションの場としての役割を果たしていますが、昨今ではそれ以外でもコミュニティーを必要としている層が増えています。
子育て世代は地域でもコミュニティーを必要としており、日々子育てに追われている母親にとって子供を安心して預けられる場所や、情報交換の機会などのコミュニティーを必要としています。>
大阪北部地震の際には、府内57軒の銭湯が地域住民たちが無料で入浴できるようにするなど、災害現場支援を行なってきた。若年層に向けては、地域コミュニティーとして以外の「効能」も指摘した。
<若年層に関しては過重労働やデジタル情報による情報過多など、若年層ならではの生き方の休息ポイントとしての場が必要です。
地域コミュニティー以外の観点からも、今、社会的に「スマホやPCから離れて1時間程度リラックスする」ということが重要だと考えており、現代社会においてこそ銭湯はそういった部分をカバー出来るポテンシャルがあるのではないかと考えています。>
しかし、被災した大阪の銭湯には、自治体などからの支援は「基本的にはない」という。設備改修に最大で250万円までの助成はあるものの、「銭湯の設備費は特殊故に高額で、専門業者が少ないこともあり、被害が大きい銭湯にとっては全てがまかない切れる助成額ではない場合もある」とのこと。
■ほがらかなデザインのオリジナルグッズ。「明るく前向きな支援」
クラウドファンディングプロジェクトでは、リターンとしてオリジナルTシャツやタオル、番頭1日体験、『レトロ銭湯へようこそ 関西版』のサイン本などが用意されている。企業におすすめのリターンとしては、銭湯貸切や3つの銭湯でのサンプリング開催、のれん掲載なども。
注目したいのが、オリジナルTシャツやタオルのグラフィックデザイン。とても可愛らしく、ほがらかだ。
<今回のTシャツとタオルは、東京銭湯の参加メンバーでデザイナーの大竹(@cotake_s)にデザインしてもらいました。
大竹は「明るく前向きな支援にしたい」という僕の想いをデザインに込めてくれました。
このTシャツとタオルには「おふろ行こか」と描いてあります。
この言葉は、営業を再開する銭湯が、これからも気軽にふらっと行ける、日常的な場所であってほしいという想いで、東京銭湯のメンバーと相談して決めました。友達や恋人、家族と一緒に銭湯に行く様子が思い浮かべられて、個人的にも気に入っています。
文字の形も、力の抜けたような気軽な雰囲気にしてくれました。>
先日には追加リターンとして、大阪・千鳥温泉、平和温泉、湯処あべの橋のグッズもラインナップされた。こちらもマニアにはたまらない品だろう。
■卓抜な銭湯青春小説『メゾン刻の湯』の作者・小野美由紀も支援。「立場関係なく『ただ、いる』ことのできる貴重な場所」
数あるリターンの中で、真っ先に在庫切れになったのが、作家・小野美由紀氏による『メゾン刻の湯』のサイン本だ。これは小野氏によって無償で提供されたものとのこと。
このプロジェクトについて知って、すぐに思い出したのが、小説『メゾン刻の湯』だった。東京の下町にある銭湯シェアハウスで暮らす若者たちが、銭湯の再建のためにクラウドファンディングで支援を募るという描写が作中にあるのだ。
銭湯という「場」が社会にもたらす効能について小野氏は、以下のようにコメント。
<銭湯という場所は現代ではアジールとして機能しており、立場関係なく『ただ、いる』ことのできる貴重な場所。特に、無くなることで困るお年寄りは多いのではないか?>
大阪の銭湯について、思うところがあればという質問には、
<大阪の銭湯は文化も風景も東京のと違って行くたびに驚きがある。小説を書く時に多くの銭湯関係の方にお世話になったし自分が助けられていることもありなくなってほしくない。普段の感謝をここで返せれば。>
■支援先の銭湯が決定。資金だけでなく、銭湯好きの声を再建に向かう銭湯経営者たちに届けるために
今回のプロジェクトの支援先は調整中だったが、支援対象が大阪・高槻にあるひかり温泉になることが決定。大阪北部地震から設備不良により長く休業をしていた銭湯で、台風被害も重なり、一時は廃業を考えていたというひかり温泉。廃業による解体費用も1500万円と安くはない。だが、「修繕して再建する場合」の見積もりも確認したところ、同額の1500万円だったことから、「解体費用と再建費用が同じなら再建をしよう」と決意を新たにし、方針を転換した。改修は急ピッチで進んだという。
<すでに最低限必要な部分の改修は済んでおり、温水器やエアコン設備、地震で断線したと思われる電気風呂の改修などに200万円ほど、工事に必要な資材や人件費でおおよそ500万円の費用がかかっているとのことです。
まだこれから出てくるであろう改修費用のため、引き続き支援金を集めることにより費用面での心労を軽減し、精神的なケアにもつながればと思います。
引き続きのご支援のほどよろしくお願いいたします。>
地震と台風の被害を経て、再生しようとしているこの銭湯は、プロジェクトの意図を象徴するような場所といえる。1つの銭湯への金銭的な援助だけではない、銭湯好きの声を銭湯経営者に届けること。資金面での支援だけでなく、「再開に向かう銭湯を応援したい」という銭湯好きの声を銭湯経営者に届けることも、このプロジェクトの目的の1つだ。それが社会に健やかなぬくもりを伝える効能となることを祈りたい。