スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第19回は、開幕戦カタールGPでの“タイヤ保たせ合戦”について。ミシュランタイヤのクセや走らせ方の特徴をマニアックにお届けする。
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“タイヤ保たせ合戦”の様相を呈した、開幕戦カタールGP。ドヴィことアンドレア・ドヴィツィオーゾ(ミッション・ウィノウ・ドゥカティ・チーム)が見事にレースを支配しながらタイヤをマネジメントし、優勝した。トップ争いは、5位バレンティーノ・ロッシ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)までが0.6秒差というダンゴ状態だったが、ドヴィとマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)のふたりだけがタイヤをうまく使って余力を残していた。
残りの3名、カル・クラッチロー(LCRホンダ・カストロール)とアレックス・リンス(チーム・スズキ・エクスター)、そしてロッシはいっぱいいっぱいだったはずだ。少しでも余裕があればもう少しレースをかき回しただろうが、ドヴィとマルケスに仕掛けることができなかった。
ドヴィとマルケスは、ミシュランタイヤの使い方が実にうまい! ミシュランのクセ、特徴をうまくつかみながら、走りを合わせている。ミシュランの特徴。それは「リヤで止まり、リヤで曲がり、リヤで加速する」タイヤだということ。
もちろんそれは言葉のアヤというヤツで、フロントタイヤも機能しているから(ブレーキングでフロントタイヤがなかったら……!)、これはあくまでも使いこなすための比率の話だ。カンタンに言えば、「リヤ重視の走りをすればベストな結果が得られる」ということ。過去から現在に至るまで変わらない、ミシュランタイヤの特性だ。
■「リヤで止まり、リヤで曲がり、リヤで加速する」の意味
ドヴィが得意としているブレーキングを例に挙げれば、ブレーキの掛け方はブリヂストンがフロント95:リヤ5という比率がベスト。ところがミシュランはフロント90:リヤ10がもっとも機能する、というイメージだ。
「たった5%!?」と思うかもしれないが、強大な制動力を発揮するフロントの大径カーボンディスクブレーキに対して、リヤは小径スチールディスク。5%とはいえ比率をリヤ寄りにするのは、なかなか大変なことなのだ。
ドヴィは、リヤタイヤをしっかり使ってマシンを減速させる術を知っている。左手の親指でリヤブレーキをかけるサムブレーキもうまく使いこなしているようだ。
そして、「リヤで曲がる」。マルケスがどうしているかと言えば、オシリを出して横を向かせることで効果的にリヤの減速度合いを増しつつ、マシンを曲げている。
ちなみに、決勝ではどうも結果が出ないマーベリック・ビニャーレスは、もともとあまり減速せずにコーナー進入速度を高めるタイプ。コーナリング速度が高いと本来は曲がりにくいのだが、彼はスロットルを早めに開けることでリヤからぐいぐい曲がっていく。だからミシュランタイヤを使いこなしているとは言える……のだが、恐ろしく限定的でギリギリ狙いの走り方になるので、混戦になって思い通りのラインが走れなくなると途端にポジションを落としてしまうのだ。
ちなみにお話しておくと、ミシュランのリヤタイヤで効果的に減速するには、ゴムを使うのではなく、構造をたわませるとよい。……ちょっと何言ってるか分からないかもしれないが、「そういうこともあるんだー」ぐらいに聞いてほしいのだが、ゴム、すなわちトレッド表面のコンパウンドを使って減速するのではなく、構造そのものをつぶすことで減速力を得る、ということだ。
そのためには、ブレーキングでフロントだけに荷重を乗せるのではなく、リヤにも荷重を残す必要がある。ハードブレーキング時にはどうしてもリヤタイヤが浮いてしまうが、接地している時にいかにリヤタイヤをつぶせるかが勝負なのだ。……ホントに何言ってるか分からないと思いますが、そういう世界だということをご理解いただけると幸いです。
最後に、「リヤで加速」する。これはまぁ、当たり前のことですね。スロットルを開ければリヤタイヤが駆動し、前進する。当たり前だが、リヤタイヤが発揮する強力な加速力は、ミシュラン最大の強みでもある。共通ECUでトラクションコントロールの精度が落ちた今、ミシュランの「加速するリヤタイヤ」を生かすには、ライダーが右手で超繊細にスロットルコントロールするしかない。
よくライダーが「タイヤがタレてしまって、スピンして前に進まなかった」なんてコメントするのを聞くが、これは加速させたくても加速しないもどかしい状態のこと。大事なレース終盤にそうならないようにタイヤを温存させるワケですが、ブレーキでも旋回でもリヤタイヤを使うので、これが非常に難しいのです……。
ことごとくリヤタイヤ、ということがお分かりいただけましたでしょうか? 開幕戦を見た限りでは、ここ最近の2シーズンと同じように、ドヴィとマルケスがズバ抜けてうまくミシュランのリヤタイヤを使いこなしている。今シーズンも、やはりこのふたりが王座を競い合うことになるかもしれない。
そして第2戦アルゼンチンGPを目前に控えて改めて注目しておきたいのは、開幕戦のトップ集団の中にオジサン期待の星、40歳のロッシがいたことだ。これは本当にスゴイこと。ロッシはミシュランタイヤを使いこなすために、いろんなワザを効かせている。日頃、ダートで積み重ねているトレーニングがとにかくスゴくて、一緒にダートを走る若くて速いライダーから走り方をどんどん吸収しているのだ。
バレの圧倒的スゴさは、例え自分より遅いライダーであっても、ちょっとでも採り入れるべき長所があると思えば、積極的にマネすることだ。彼ほどのキャリアがありながら、40歳にもなってそれだけ柔軟な姿勢を持ち続けていることは本当にスゴイと思うし、マネできてしまう能力の高さにも恐れ入る。
「オレなんかオジサンだから」と、人生の何かを諦めてしまっているそこのアナタ。まだまだこれから、ですぞ……!
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■青木宣篤
1971年生まれ。群馬県出身。全日本ロードレース選手権を経て、1993~2004年までロードレース世界選手権に参戦し活躍。現在は豊富な経験を生かしてスズキ・MotoGPマシンの開発ライダーを務めながら、日本最大の二輪レースイベント・鈴鹿8時間耐久で上位につけるなど、レーサーとしても「現役」。