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『茅ヶ崎サザン芸術花火2018』サザンの音楽と花火が起こした感動 公式映像公開を機に振り返る

2019年03月28日 19:11  リアルサウンド

リアルサウンド

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 サザンオールスターズのツアー『サザンオールスターズ LIVE TOUR 2019「“キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!”だと!? ふざけるな!!」』が、いよいよ3月30日からスタートする。昨年末に行われた“平成最後の紅白”となる『第69回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)に堂々出演を果たし、デビュー40周年のアニバーサリーイヤーに相応しい華やかなライブパフォーマンスによって、日本中の人々を魅了したサザンオールスターズ。彼らは、来るべき今回のライブツアーで、どんな“花火”を盛大に打ち上げてくれるのだろうか。そう、“花火”と言えば昨日、YouTubeで公開された映像が、ファンのあいだで静かな感動を呼び起こしている。アニバーサリーイヤーを飾る数々の企画のなかでもとりわけ印象深く、なおかつ忘れがたい経験として、いまだ多くの人々の心の中に残っているイベント……『茅ヶ崎サザン芸術花火2018』の公式メモリアルムービーだ。


(関連:サザンオールスターズはいかにして大衆の支持を得たか 40周年迎えた2018年の活動を振り返る


 今を遡ること5カ月、2018年10月27日に神奈川県茅ヶ崎市サザンビーチちがさきで開催された『茅ヶ崎サザン芸術花火2018』。サザンの出演こそなかったものの、そのホームタウンともいえる茅ヶ崎に、実に35000人もの人々を集めたこのイベントは、まさしくメモリアルな一夜となった。リアルサウンドはその開催前から、同イベントのオーガナイザーを務める浦谷幸史氏、花火総合演出を務める大矢亮氏に話を聞くなど、このイベントに注目してきたけれど、実際のところ、それはどんなイベントだったのか。デビューから40周年のアニバーサリーイヤーの数あるトピックのなかで、なぜそれがとりわけ印象に残っているのか。実際現地に行って体験したことを踏まえながら、この機会に改めて振り返ってみたいと思う。


 これまでの取材でも触れてきたように、通常の花火大会とは一線を画した、「音楽」と「花火」を掛け合わせた花火エンターテインメントの先駆けである“芸術花火”。開催当日の茅ヶ崎、朝方まで降っていた雨もとうに止み、むしろいつもより空気が澄んでいるように感じられる絶好の機会となった。必ずしも大きい駅とは言えない茅ヶ崎駅から少し歩いたところにある小学校でチケットをリストバンドと交換して、さらに20分ほど歩いて、この日の会場である「サザンビーチちがさき」に到着する。波の状況なども踏まえて、さらに細かくブロックが変更されるなど、そこはまさしく波打ち際だった。そして、すっかり日も暮れた頃、場内アナウンスとともに、会場の喧騒がピタリとやむ。


 オープニングを飾ったのは、サザンにとって最新シングル曲となる「壮年JUMP」だった。そのゆったりとしたイントロに乗せて、ビーチから垂直に張り出した突堤の先から空に向かってゆっくりと打ちあがる花火。ひとつ、ふたつ、みっつ……サビのタイミングに合わせて、その数はどんどん増えてゆく。夜空を巨大なキャンバスに見立てながら、楽曲の展開に合わせて次々と打ちあがり、空一面に描き出される花火のアート。なるほど、これは確かに通常の花火大会とは様子が違う。サザンの音楽に耳を傾けながら、固唾を飲んで空を見上げる観客たち。そうしているあいだにも、曲は進行していく。


 そのイントロが流れた瞬間、思わず歓声が上がった2曲目は「希望の轍」だった。〈遠く遠く離れゆくエボシライン〉という歌詞の“エボシライン”とは、サザンビーチの一角に見える烏帽子岩を臨む、ビーチ沿いの国道134号線のこと。その烏帽子岩を臨みながら、サザンのキラーチューンのひとつである「希望の轍」を聴くという贅沢。このとき打ち上げられた見事な芸術玉は、花火競技会で総理大臣賞を幾度も受賞している日本一の花火師・野村煙火工業の野村陽一氏の作品だったようだ。そう、打ちあがる数もすごいけれど、それ以上にひとつひとつの花火の質にこだわっているところが“芸術花火”の特徴であり、しかも単一の業者ではなく、日本でも屈指の花火業者たちがそれぞれに趣向を凝らしながら、その技を競い合うところが“芸術花火”の醍醐味なのだ。まばたきする暇もないほど惜しみなく次々と打ち上げられる世界最高峰の花火たち。さらに曲は進み、広く世代を超えて愛される名曲「TSUNAMI」へ。


 そう、アップテンポの楽曲に乗せて華やかに打ちあがる花火も壮観だったけど、「真夏の果実」や、「いとしのエリー」、そして「TSUNAMI」など、バラード曲に乗せて打ちあがる花火もまた格別の味わいがある。夜空に大輪の花を咲かせたあと、音も無くゆっくりと次第に闇の中へと消えてゆく花火が誘う、得も言われぬ叙情。そんな花火の余韻も考慮した演出もまた、“芸術花火”ならではの見どころなのだ。その華やかさと儚さと。それはまさしく、サザンの楽曲が持つふり幅と、見事な相性を見せていた。


 そして、〈砂まじりの茅ヶ崎〉という歌い出しでお馴染み「勝手にシンドバッド」から、さらにヒートアップしていく終盤戦。圧巻だったのは「みんなのうた」のときだった。最大時は、打ちあがる花火の横幅が600メートルを超えるという規模で、視界一杯に花開く複数の尺玉。それは本当に、これまで見たことのない、実に幻想的な光景だった。〈みんなで空高く舞い上がれ/やがて誰の心にも/虹のカーニバル〉という歌詞のごとく、空高く舞い上がる色とりどりの花火と、それらが心にもたらせる高揚感と感動。そして、この日最後の曲となった「蛍」のクライマックスで花開いた、直径300メートルという特大のサイズの一尺玉。それが闇夜に溶けていく様は、映画『永遠の0』の主題歌として書き下ろされたこの曲に込められた“普遍的な平和への祈り”を確かに感じさせるような、実に神秘的な体験だった。


 サザンの代表曲はもちろん、「勝手にシンドバッド」(1978年)、「みんなのうた」(1988年)、「LOVE AFFAIR~秘密のデート~」(1998年)など、デビューから10年ごとのヒット曲も巧みに織り込みながら、〈江ノ島に明かりが灯る頃/艶づくは片瀬川〉という歌詞がこの場所とリンクする「SEA SIDE WOMEN BLUES」や、原由子がリードボーカルをとる「そんなヒロシに騙せれて」などの楽曲も交えた全13曲約1時間のあいだ、ノンストップで打ち上げられた“芸術花火”。それは本当に、あっという間の一時間だった。


 ちなみに、事前から告知していたように、「音楽」と「花火」を掛け合わせた“芸術花火”を単独のアーティストの楽曲のみで行うのは、今回が初の試みであったという。言い換えるならば、サザンだからこそ成立したとも言える。もちろんそこには、いわゆる名曲と呼ばれるものの多さや、今年デビュー40周年を迎えたその長いキャリア及び世代を超えてファンと築き上げてきた関係性など、様々な理由があるのだろう。けれども、それをサザンのホームタウンである茅ヶ崎のビーチで、しかも過ぎ去りし夏の記憶に思いを馳せるこの季節に開催したことは、それ以上に格別の意味を持っていたように思う。それは、デビュー40周年を祝うという意味はもちろん、改めてサザンが生み出してきた音楽の偉大さをーー花火が単なる火薬の爆発ではないのと同じように、それはもはや単なる音楽ではないのだった。聴く者それぞれの記憶や思い出とクロスオーバーしながら、果てはその人生にまで寄り添うような音楽。それがサザンオールスターズの音楽なのだ。


 そして、それがもたらす思いは、夜空に打ちあがる花火に寄せる思いが人それぞれであるように、また人それぞれなのだろう。そんな懐の広さと解釈の豊かさを持った稀有なバンド……やはり、サザンは特別だ。そのことを改めて感じさせてくれるような、文字通り特別な夜だった。そしてまた、いつかこの花火をサザンの別の曲でも見たいと思ってしまう。そんな夜でもあった。(文=麦倉正樹)