2019年03月27日 15:32 弁護士ドットコム
自身のウェブサイト上に他人のパソコンのCPUを使って仮想通貨をマイニングする「Coinhive(コインハイブ)」を保管したなどとして、不正指令電磁的記録保管の罪に問われたウェブデザイナーの男性(31)の判決公判。
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無罪判決が出た後、横浜市で開いた記者会見で男性は「ひと安心という気持ち。裁判について色んな方に頑張れなどと応援の言葉をいただけたので心強かった。感謝しています」と述べた。
この裁判の争点は、以下の3点だった。 (1)コインハイブは不正指令電磁的記録にあたるか
(2)「実行の用に供する目的」があったと言えるか
(3)故意があったと言えるか
刑法上の「不正指令電磁的記録」にあたるかについては、「反意図性」と「不正性」の2つの要件がある。
判決は、個々のプログラムが使用者の意図に反するものと言えるかどうかは、「プログラムの機能内容や機能に関する説明内容、想定される利用方法などを総合的に考慮して、機能につき一般的に認識すべきと考えられるところを基準として判断するのが相当」と示した。
その上で、今回のコインハイブのプログラムは、▼マイニング実行について同意を取得する仕様になっていなかった▼一般的なユーザーの間でコインハイブが新たな収益化の方法として認知されていたとは認められない
▼男性がコインハイブを設置したサイトは音楽に関するもので、マイニングと関連しているとはいえない▼男性が設定した負荷の程度から閲覧者はマイニングに利用されていることに気づくことはないーーなどから、「サイト閲覧者が閲覧前にマイニングを認知していた、または閲覧中にマイニングに気づいていたものの容認したとみることは到底できない」と指摘。
「マイニング実行をサイト閲覧者などの一般的なユーザーが認識すべきと考えられるものということはできない」と判断し、人の意図に反する動作をさせるべきプログラムと認定した。
次に、プログラムによる指令が不正かどうかは、ユーザーにとっての有益性や必要性の程度、プログラムが実行されることによってユーザーに与える影響や弊害の度合い、プログラムに対しての関係者の評価や動向などの事情を総合的に考慮し、「機能の内容が社会的に許容しえるものであるか否かという観点から判断するのが相当」と示した。
コインハイブについては、広告類に変わる新たな収益化の方法として導入されたものであり、「CPUを用いて手軽にマイニングを実行できる点に特色がある」としながら、閲覧者は報酬であるモネロを得られず、同意や意思確認の機会を与えられず回避する可能性もないまま実行させられている部分について「一般的なユーザーの信頼を損なっていることも否めない」と評価。
一方で、コインハイブをサイトの収益方法として設置した場合には、ウェブサイトの運営者が得る利益は、サイトのサービスの質を維持向上させるための資金源になり得るため、「現在のみならず将来的にも閲覧者にとっては利益となる側面がある」と指摘した。
マイニングが実行されると「消費電力の増加や処理速度の低下などの影響が生じる」ものの、その程度について「広告表示プログラムなどと大きく変わることがないもの」とし、ブラウザを閉じればマイニングの実行も終了されること、ユーザーの評価が賛否両論に分かれていたことなどから「プログラムコードが社会的に許容されていなかったと断定することはできない」と判断。
以上から「不正な指令を与えるプログラムに該当すると判断するには合理的な疑いが残る」とし、コインハイブは不正指令電磁的記録に該当しないとした。
判決がIT業界に与える影響について、男性の代理人を務める平野敬弁護士は「ポジティブな部分とネガティブな部分がある」と評価した。 まず、判決でコインハイブが「人の意図に反する動作をさせるプログラム」と反意図性が認められた部分だ。
裁判所が反意図性を認めた理由として「一般的なユーザーに認知されていない」などの点が挙げられていたことから、「インターネットはあっという間に技術が進歩し、次々と新しい技術が生まれていく。これは一般的なユーザーに認知されておらず、気づかないところで動くものも多い」とし、他の新技術にも反意図性が認められてしまう懸念を示した。
一方で、不正性の部分について、有益性、必要性、有害性、関係者の意見など具体的な指針が出てきたことから、「今後、新技術を開発する上で、どのような点に考慮すればいいかがクリアになった」と話した。
また、判決は「新聞などのマスメディアによる報道や、捜査当局などの事前の注意喚起や警告などもないなか、いきなり刑事罰に値するとみてその責任を問うのは行き過ぎの感を免れない」と、警察による摘発に問題があったとの見方を示した。
この点について、平野弁護士は「強く警察を批判しており、重々記憶しておくべきところだ」と指摘する。
コインハイブ摘発の前後には、「Wizard Bible事件」や「無限アラート事件」など簡単なプログラムが、相次いで「不正指令電磁的記録に関する罪」(通称ウイルス罪)の取り締まりの対象となった。
平野弁護士は「不正指令電磁的記録に関する罪の要件は曖昧なため慎重な適用が求められるが、各地方警察は乱暴に摘発を進めており、今IT業界から大きな懸念が寄せられている。このコインハイブ事件で不正指令電磁的記録に関する罪の要件が具体的に示されたことで、警察の暴走が食い止められることを願っている」と慎重な捜査を求めた。
また、平野弁護士は、こうした相次ぐ摘発の裏には、法律の条文上の問題と捜査当局の運用のまずさの問題があるとみている。
「法律の条文は曖昧で、なんでも摘発できてしまう。加えて、サイバー犯罪の多くは地方警察の生活安全課で取り扱っており、サイバー犯罪に関する能力がない警察官が点数稼ぎのために摘発するという構造的な問題がある」と話し、サイバー犯罪は地方警察の管轄ではなく、統一的に取り扱う部署が必要だと訴えた。
コインハイブの一斉摘発が明るみに出たのは、2018年6月だった。2018年中に28件21人が検挙されており、略式命令を受け罰金を支払った人もいるとみられる。
今回の無罪判決が出たことで、平野弁護士は「残りの検挙されている人たちのうち、捜査中になっている人は不起訴処分になると考えられる」としながら「略式を受け入れて、有罪判決となった人の救済は今後の課題だ」と話した。
今回の事件が法廷で争われることになったのは、横浜簡裁が罰金10万円の略式命令を出した後、男性が命令を不服として正式裁判を請求したからだ。
こうした罰金や科料の軽微な犯罪が略式手続きでなされることについて、平野弁護士は「被疑者が略式で罰金を受け入れると十分な審議がなされない。しかし、警察は略式命令が出たから有罪だと判断して勢いづくという悪循環が発生する」と言う。
一方で、被疑者にとって裁判で争うことには負担もともなう。
平野弁護士は「摘発の範囲を広げていく捜査機関を止めるためには争わなければいけないが、逮捕されたり起訴されたりした時と異なり、在宅で取り調べている限り国選弁護人制度もない。弁護人をつける余裕のない人もいる」と難しさを口にした。
男性は正式裁判を申し立てた当時を振り返り、「よく裁判しようと思ったなという気持ちが大きい。結果的に無罪判決になったので、いい判断だったのかなと思う」と話した。
今回の判決公判では、判決を言い渡す予定時間の1時間前から法廷前に15人ほどの行列ができ、傍聴できなかった人もいた。
公判で弁護側の証人として出廷した、情報法制研究所理事の高木浩光氏は取材に、判決が「閲覧者が閲覧前マイニングを認知していた、または閲覧中マイニングに気づいたもののこれを容認したとみることはできない」とした部分について「ウェブブラウザを使う時点で、CPUがある程度使われることは当然認識しているべきこと」と指摘。
「個々が知っている知らないではなく、わかっているべきかどうかで判断するのが法律の趣旨。CPUが使われる規範に反しているかで判断すべきだった」と話した。
これまでコインハイブの裁判を傍聴してきた学生は「無罪判決が出た事自体は喜ばしいですが、反意図性が認められてしまったので、コインハイブ以外のケースに悪影響が出ないか心配しています」と懸念。「警察を牽制するような文があったことや、不正性の要件が説明されて曖昧だった点が少しはっきりしたことが良かった」と話した。 (弁護士ドットコムニュース)