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異色の“移民者ラッパー”Moment Joon、日本社会へ放つコンシャスラップがシーンに与える影響

2019年03月26日 10:31  リアルサウンド

リアルサウンド

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 出身地である韓国を離れ、大阪を拠点に活動するラッパーMoment Joon。母語ではない日本語を主体に英語や韓国語を織り交ぜながら、日本の社会や政治、ヒップホップシーンについて外国人目線の鋭い感性でリリックをつむぎ出すユニークな存在のラッパーだ。


(関連:KOHH、ANARCHY、SALU……異彩を放つ“ネームドロップ”がもたらす効果を解説


 昨年12月にYouTubeで公開されたSKY-HI「Name Tag feat. SALU, HUNGER, Ja Mezz, Moment Joon」では、メジャーシーンで活躍するSKY-HIやSALU、仙台を代表するMCのHUNGER(GAGLE)、日本進出を果たした韓国人ラッパーのJa Mezzといったアーティストたちと共演。〈俺はプロフェッショナル外人/日本で見えないの、言えないので飯食ってる毎日〉〈俺の財布には札の代わりに在留カード/黙って働くのが日本が提示するロールモデル〉〈生まれ育ちずっと日本のやつが日本語らしくもない/ラップでコケてるうち俺は呼ばれてるよ伝説〉と自らのアイデンティティーを表現したキレのあるラップを披露し、多くのリスナーに強烈な存在感を示した。


■韓国社会からドロップアウトし日本へ留学


 韓国・ソウルで生まれ育ったMoment Joonは、小学生の頃に父親の仕事の都合で移住したLAでラップを始め、中学生のときにソウルに戻ってから本格的にラップにのめり込んだ。その後、音楽の道を志したが、親の希望もあり大学受験をすることに。しかし、競争の激しい韓国の学歴社会に嫌気がさし、韓国の大学への進学を拒否。高校で日本語を専攻していたことがきっかけで、韓国社会の現実から逃れるように大阪大学への留学を決意した。


 大学入学後はMastermindというヒップホップサークルに入り、日本での音楽活動を開始。アッシャー・ロス「I Love College」をビートジャックした「I LOVE HANDAI」をYouTubeで発表し、大学生活の日常をユーモラスに描写したリリックで話題を呼んだ。その後も精力的に活動を続け、2011年にミックステープ『Joon Is Not My Name』、2012年に初のオフィシャル作品となるEP『Up Down』を発表し、ラッパーとしての活動が徐々に認知されていった。


 しかし今後の活躍が期待されていた矢先に、徴兵により韓国に一時帰国。2012年から約2年間の兵役についたが、その間もMoment Joonの制作意欲は衰えなかった。兵役期間の休暇を利用し制作した2枚のミックステープ『The Game Waits Me Vol.1』と『The Game Waits Me Vol.2』を発表。日本のヒップホップシーンに自らの存在感を示し続けた。


■日本のヒップホップシーンに巻き起こしたムーブメント


 そして、2014年の除隊後に発表した「Fight Club(Control Remix)」が大きな注目を集める。この楽曲は、2013年にUSのヒップホップシーンで話題となったビッグ・ショーン「Control feat. Kendrick Lamar & Jay Electronica」をビートジャックし、Jinmenusagi、R-指定、Ry-lax、Kojoe、チプルソ、KEN THE 390といったラッパーをネームドロップしながら日本のヒップホップシーンに対する鋭い批判と攻撃的なリリックで、ケンドリック・ラマーのヴァースを彷彿とさせた。


〈手遅れControl いまさらやったきっかけ/なぜこのビートでやったやつはBitchだけ?/What the Fuck is wrong 日本語Rapシーン/なぜ皆ダサいもの作るに熱心/これじゃまじでガラパゴス 閉じられたDNAに/俺みたいなやつが居なかったらどうする/つもりだったんだ Here comes your savior/忘れたか このゲーム唯一の正義を〉


 ケンドリック・ラマーのヴァースの本質がラップゲームに新たな「競争」を持ち込み、シーン全体のレベルを高めようとしたことにあるように、この楽曲も単なるディスやビーフではなく、Moment Joonの目から見るとぬるま湯に浸かった日本のヒップホップシーンに喝を入れ、競争心を持ち込もうとしたのだ。その結果、多くのラッパーからアンサーが生まれ、日本のヒップホップシーンに“#FightclubJP”というムーブメントが巻き起こった。


■“移民者ラッパー”としてのアイデンティティー


 その後、2015年に1stアルバム『MOMENTS』、2018年に『Immigration EP』をリリース。現在は客演やライブをこなしながら大学院に進学し、2ndアルバム『Passport & Garçon』を制作中のMoment Joon。海外での生活経験を経て日本に住むことで見えてくる文化や社会の違い、差別などを皮肉やユーモアを交えてラップするMoment Joonの楽曲は、日本人が日常生活では感じない多くのことを気づかせてくれる。


 日本を飛び出し海外で活躍してきた野球選手のイチローは、3月21日に行われた引退会見で“孤独感を感じながらプレーしていたか”と問われ、「それとは少し違うかもしれないけれど、アメリカに来て外国人になったこと。外国人になったことで人の心を慮ったり、人の痛みが分かったり、今までになかった自分が現れた」「体験しないと自分の中からは生まれない。孤独を感じて苦しんだことは多々ありました。その体験は自分の未来にとって大きな支えになると今は思います」と答えていた。


 Moment Joonも韓国のみで生活していたら出てこなかったであろうこのような感情を抱えながら、ヒップホップという音楽を通じてアイデンティティーを表現している。そんな彼の夢は「“移民者ラッパー”と呼ばれること」だという(参照:https://i-d.vice.com/jp/article/mbxjk4/10-thing-you-need-to-know-about-moment-joon)。現在は学生ビザで日本に滞在していると思われるが、将来的な日本移住の希望を明言しているMoment Joonの今後の活動に注目していきたい。(橋本洋平)