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『イップ・マン外伝 マスターZ』アクションが果たす重要な役割とは? カンフー映画の真骨頂に

2019年03月26日 10:01  リアルサウンド

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 公開中の映画『イップ・マン外伝 マスターZ』(以下『マスターZ』)は、ブルース・リーの唯一の師であるイップ・マン(葉問)を主人公とした、ドニー・イェン主演『イップ・マン』シリーズのスピンオフだ。『イップ・マン 継承』でイップ・マンとの死闘の末に敗れ去った詠春拳の達人=チョン・ティンチ(張天志)が再起し、ヒーローとして覚醒するまでを描くカンフー映画である。主演のマックス・チャンは、『ドラゴン×マッハ!』(原題:SPL2)でウー・ジン(『戦狼』シリーズ)とトニー・ジャー(『トリプルX:再起動』『マッハ!』)の二人を一度に相手し、かつ圧倒した当代随一のアクションスター。『イップ・マン 継承』でも“宇宙最強”俳優イェンと渡り合い、美しくも力強い詠春拳を披露した姿が記憶に新しい。メガホンをとったユエン・ウーピンも多数の香港映画や『マトリックス』シリーズなどでアクション監督をつとめ、監督としても、ジャッキー・チェン主演の『ドランクモンキー 酔拳』からNetflixオリジナル映画『ソード・オブ・デスティニー』まで、約50年にわたり最前線に立ち続けてきた生ける伝説である。この二人が組めば、「凄いアクション」が出来上がることは想像に難くない。


【参考】ジャッキー・チェンは今もワン&オンリー!


 しかし、『マスターZ』の魅力を「凄いアクション」で片付けるのは惜しい。本作が優れているのは、アクロバティックなスタントや、観たこともない格闘技の動きといった“アクション描写”だけではない、表現の限界に挑戦している点にあるからだ。というわけで、本記事では『マスターZ』の象徴的な場面に触れつつ、映画全体でアクションがいかに重要な役割を果たしているか訴えていく。文章の性質上、多少ネタバレしている点はご容赦いただきたい。


■アクションでキャラクターを表現すること


 アクションが映画の中で表現できるものの一つが、人物のキャラクターである。おおざっぱな例を挙げれば、ストリートで育った荒くれものは喧嘩スタイルで、狡猾な頭脳派は技巧に頼って戦うといった具合に、動きの属性でどんな人間性を描くことができるのである。これについては、『HiGH&LOW』シリーズのアクション監督・大内貴仁氏が以前、弊サイトのインタビュー(https://realsound.jp/movie/2016/07/post-2298_2.html)で答えているとおり。『マスターZ』の主人公・ティンチは、同流派のイップ・マンに敗れて詠春拳を封印したが、一方で武術以外に生きる道を知らず、息子との生活のために金を貰って夜な夜な悪人を痛めつける日々を送っている人物である。であるから、映画の序盤では攻撃を受け流しながら反撃するトラッピングや、チェーンパンチ(連続突き)、寸勁といった詠春拳らしい技術を使用せず、代わりに様々な中国拳法をミックスした我流の武術で戦う。冒頭とフラッシュバック映像の数分間だけで、こういった複雑なキャラクターを紹介しきってしまうのが本作の凄まじいところ。セリフ中心の芝居で表現しようとすれば、数倍の尺を使うことになるだろう。


 ミシェール・ヨー演じる黒社会の元締め・クワンの描き方も同様。彼女は、ナイトクラブでボーイとして働き始めたティンチの実力を測るために登場。酒をわざとこぼそうとするクワンと、そうはさせじとするティンチの間を目まぐるしくグラスが行き来する“押し付け合いバトル”が勃発する。クワンがティンチに匹敵する達人であることが明らかになる一幕だが、同時に彼女が黒社会の人間でありながら理性的な人物であることを示す場面だ。その後のあるアクションシーンでは、クワンが刀を中心とした武器術の使い手であることも判明し、闇の世界で生きてきた彼女の“冷酷さ”が強調される。人物の二面性を見せるために、二つのアクションが緻密に設計されているのである。


 また、ジャー演じる謎の殺し屋も特徴的。常に“ムエタイ使い”を演じてきたジャーは、本作では中国武術をミックスした動きを見せたうえ、全身黒ずくめのビジュアルの“ミステリアスな人物”として登場する。友情出演枠のため登場時間の短いジャーのキャラクターを印象づけるには、うってつけの演出だ。香港で活躍していた時期もあり、本来は様々な動きに対応できるジャーのスキルを、ウーピン監督は上手く引き出しているのである。こうした手法で、本作では主要な登場人物すべてのアクションに極めて細かなコンセプトを設けている。


■アクションで物語を紡ぐこと


 アクションシーンは、それ自体が物語の主軸になることも可能。主人公の感情が爆発したり、事件が起きる重要な場面にアクションを配置しているのが、“アクション映画”の定義といってもいい。当然、ドラマであれば言葉や仕草で表していた感情や意図を、肉体言語に特化して表現する必要がある。『マスターZ』では、ティンチと、シン・ユー演じるナイトクラブのオーナー・フーが手合わせするシーンが象徴的だ。武術一筋でプライドが高く、客を見下すティンチに対し、雇い主のフーは「礼儀を教えてやる」と宣言して挑みかかるのだが、全編シリアスな本作の中でこのシーンだけに陽気な空気が漂っている。フーはやられながらも大袈裟に痛がってみたり、どこか戦い楽しんでいるし、ティンチも無駄の多いフーの欠点を指摘しながら、稽古をつけているかのよう。そして、戦いが終わってみれば、終止優位に立っていたティンチのほうが、「武術は競い合うためのものではなく、コミュニケーションの手段であり、礼儀である」ということを学ぶことになる。


 こうした場面を重ねることで、ティンチが時には命のやりとりをしながら、過去と向き合い、新たな人間関係を築いていくようすを描き出していく。同時に、クワンやフーもそれぞれに過去を抱え、変化しようともがいていることも明らかになっていくのだ。そして、アクションで紡いだ物語は、敵役・デヴィッドソンとの壮絶な一騎打ちシーンに集約される。デヴィッドソンは表向きは慈善家だが、裏では犯罪に手を染めている悪役。演じるデイヴ・バウティスタは、身長は約2メートル、体重120キロを超える巨躯の俳優だ。カンフー映画でこういったルックの敵役が登場するのは珍しいことではないし、「頑丈な外国人に主人公が苦戦する」のを観た覚えのある方は多いだろう。『マスターZ』のデヴィッドソンもプロレス技を使い、単純な攻撃にビクともしないのは、これまでの“巨人キャラ”と変わりない……が、よく見ればティンチの蹴りをカットしたり、腕をとるなどのグラップリング技術も使用している点に気づくはず。バティスタはもともとWWEのプロレスラーではあるが、柔術紫帯を取得し、フィリピンの実践格闘術・カリも長年にわたって学び、様々なアクションに対応できる人物だ。ウーピン監督はこのポテンシャルを引き出し、ステレオタイプから脱した圧倒的な強さを誇る怪人として描き出したのである。結果、ティンチは捨てたはずの詠春拳を「使わねば勝てない」と判断するに至る。ティンチが流派を切り替える際にひとことだけ発する「名乗り」からカタルシスを感じるのも、ここまでのアクションの積み重ねがあればこそ。その後の彼の動きが、様々な敵や仲間との出会いを経た「張天志流・詠春拳」であることも、胸を熱くする。冒頭からクライマックスまでアクションでキャラクターを描き、そのキャラクターたちによるアクションで物語を構成する。これこそ、アクション映画の真骨頂である。


■今だからこそ成立した作品


 アクションでキャラや物語を作り上げるということは、実は多くのカンフー映画で見られるもの。『マスターZ』はこの手法を追求した、いわば究極の王道なのである。しかし、今このタイミングで製作されたからこそ実現した作品であることは、お伝えしておかなければならない。「映画秘宝」2019年4月号(洋泉社)のウーピン監督へのインタビューによれば、本作は『イップ・マン』プロデューサーのレイモンド・ウォンが「張天志を主人公にして1本映画を作れないか」とウーピン監督に声をかけたところから始まったという。その後は、シリーズを一貫して担当してきたエドモンド・ウォンらが脚本のたたき台を作り、そこにウーピン監督のアイデアを加えて推敲していく、極めて密な制作体制に。くわえて、アクション監督はウーピンの弟であるユエン・シュンイーが担当。各アクションシーンは、大まかなコンセプトを兄が考え、弟が現場で具現化、そしてチーム“袁家班”で作り上げたものである。さらに言えば、主演のチャンも袁家班のスタントマン出身で、『グランド・マスター』などでもウーピン監督と苦楽をともにしてきた直弟子。ティンチのキャラ造形やアクションに、チャン自身のアイデアも取り入れられていることは、もはや言うまでもない。


 また、ウーピン監督自身が常に進化し続けてきたことも、見逃せない要素だ。例えば、監督作『酔拳 レジェンド・オブ・カンフー』や、ジェット・リー主演の『SPIRIT』のアクション設計などでも、カンフーvsレスリングの戦いを作り上げてきたが、『マスターZ』のバウティスタ戦には、そこから発展させたアクションが多く見受けられる。齢74歳にして成長するウーピン監督、家族のように密な制作陣の連携、そしてなにより、チャンが『イップ・マン 継承』で張天志を演じていたからこそ成立した企画が、『マスターZ』なのである。チャンは、シルべスター・スタローン主演の『大脱出3』などですでにハリウッドに進出済で、米国でウーピン監督と再タッグを組むこともあるだろう。しかし、『マスターZ』のような予算や技術だけでは実現できない作品に巡り合うのは、奇跡に等しい。ウーピン監督の年齢を考えれば、なおさら……だからこそ、『マスターZ』は今観ておくべき作品。さあ、今すぐ『マスターZ』を観るのだ。


(藤本洋輔)