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木村拓哉は平成が生んだ唯一のスターである 2番手・3番手の時代、絶対的主演を経た今後への期待

2019年03月26日 06:01  リアルサウンド

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 平成が終わる――。


 30年に渡るこの時代のトップを走り続けた「圧倒的スター」といえば誰だろう。いろいろ考えてみたが、やはり1人しか思いつかない。木村拓哉だ。


 今、主演俳優の名前だけですべてが語られるプレイヤーが他に存在するだろうか。興行成績、視聴率、賞の有無……マスコミはすべて「キムタク主演」の6文字を冠につけて記事を書く。


 平成という時代の終わりに、彼と同じ時間を生きてきた一視聴者として、俳優・木村拓哉という存在について考えてみたい。


 木村拓哉=絶対的主演、ととらえている人も多いと思うが、じつは最初からそうだったわけではない。単発ドラマでは10代の頃から何作か主役も務めたが、連続ドラマでは2番手、3番手の時代が続いた。たとえば92年の『その時、ハートは盗まれた』ではヒロインに憧れられる先輩の役だし、93年の『あすなろ白書』(ともにフジテレビ系)でも主演は石田ひかりと筒井道隆。木村演じる取手治はヒロイン・なるみに恋するものの最後は敗れ、ケニアに旅立つという役どころだ。


 が、この『あすなろ白書』での切なさと色気とが混在した木村の演技に視聴者は沸いた。のちに「あすなろ抱き」として語り継がれるバックハグを決め、なるみに「俺じゃ、ダメか」と囁く取手の姿に魂を持って行かれた女子は少なくないと思う。


 その後、94年の『若者のすべて』(フジテレビ系)、95年の『人生は上々だ』(TBS系)、いくつかの単発作品を経て、木村拓哉は96年に自身のブランドを確立するドラマで主演を果たす……そう、最高視聴率は36.7%を記録した『ロングバケーション』(フジテレビ系)である。


 山口智子演じる売れないモデル・南と、ピアニストとして自分の才能に自信が持てない瀬名の年の差恋愛を描いた『ロンバケ』は社会現象となった。月曜9時には街からOLが消え、ビルの窓からスーパーボールを地面に投げるカップルが続出。あ、そう言えば私も湾岸まで屋上に置かれたあの看板を探しに行った気がする……ちょっと痛い。


 『ロングバケーション』で木村は「女性に対して不器用、言葉はぶっきらぼうだが芯は優しく行動すべてがカッコ良い」という、俳優としてひとつの軸を構築。そしてこの軸は『ラブジェネレーション』『HERO』(ともにフジテレビ系)、『ビューティフルライフ』『GOOD LUCK!!』(ともにTBS系)等の大ヒットドラマへと受け継がれていく。ここではその軸を「第一形態」と定義したい。


 また、その「第一形態」とは異なるキャラクターを『ロンバケ』前後に体現。キーワードは“悪”“ミステリアス”“クール”だ。作品でいうと『古畑任三郎』2nd season「赤か、青か」で観覧車を爆破しようとする研究者や、『ギフト』の記憶をなくした運び屋・早坂由紀夫、『眠れる森』(すべてフジテレビ系)でヒロインの敵か味方かわからない存在として登場する伊藤直季などが挙げられる。これらを「第二形態」と考える。


 他にも『織田信長 天下を取ったバカ』(TBS系)『プライド』(フジテレビ系)『華麗なる一族』『安堂ロイド~A.I. knows LOVE?~』(ともにTBS系)『アイムホーム』(テレビ朝日系)等、さまざまな作品で緻密で斬新なキャラクターを構築してきた木村だが、今はあえて「第一形態」「第二形態」に的を絞って語らせて欲しい。


 昨年と今年で木村拓哉主演の映画を2本観た。1つは『検察側の罪人』、そしてもう1つは『マスカレード・ホテル』だ。


 『検察側の罪人』で彼が演じたのは己の“正義”を貫き通すために、人を殺める検事の最上毅。この作品での木村の演技は「第二形態」をさらに進化させた凄まじいものだった。初めてピストルを握った人間の恐怖、殺人を犯す時の全身の震え、自身の正義を守るために犯罪へ走ることへの葛藤、妻子に冷たくあしらわれる夫――。これまで見たことのない木村拓哉がそこにいた。


 かわって『マスカレード・ホテル』は非常に“安心”して観られる映画だ。監督も座組みメンバーの多くも木村の代表作の1つ『HERO』と重なっており、画面のテイストも見慣れた空気感。彼が演じる刑事・新田とヒロインとの対立関係から信頼が生まれ、次第にそれが恋愛感情に発展するのも、脇を手練れの俳優陣が固めているのも月9やTBSのドラマでずっと見てきた光景だった。


 興行収入は『検察側の罪人』が29億円なのに対し、『マスカレード・ホテル』が現時点ですでに40億円超えと、興行成績だけでいえば『マスカレード・ホテル』の圧勝である。


 ここで今年1月にTBSのバラエティ番組『モニタリング』で、木村拓哉がターゲットとなり、『マスカレード・ホテル』で共演した勝地涼(仕掛け人)から「引退したい」と相談されて、自身の心情を吐露するあの場面を思い出して欲しい。


 「言われるもん、何やったってキムタクだって」「やることなすことね、いろいろ叩かれるから」


 安全な場所からスターを眺める観客は残酷だ。「何をやってもキムタク」と彼を叩きながら、新たな挑戦に対しては「これが観たいんじゃない」と、そのチャレンジを突っぱねる。『ロングバケーション』や『ラブジェネレーション』『HERO』等、「第一形態」のキャラクターを後追いしているのは、木村本人ではなく、彼の髪型を真似し、彼が着た皮のダウンジャケットを買うためにショップに並んで、雑誌『an・an』の「抱かれたい男」アンケートに彼の名前を書き続けた私たちなのである。


 日本のエンタメ界では、俳優が歳を重ねれば重ねるほど“絶対的主演”でいるのが難しくなる。役所広司も佐藤浩市も中井貴一もある時からは助演に回ることが増えた。50歳という節目の年齢が見えてきた今、平成から新元号に時代が変わろうとするこの時、スターとして、そして地に足の着いた俳優として時代を駆け抜けた木村拓哉が次にどんな「第三形態」を魅せてくれるのか……同時代を生きる観客として、しっかり目に焼き付けていきたいと思う。(文=上村由紀子)