2019年03月21日 10:42 弁護士ドットコム
「児相が警察と情報の全件共有のうえ、連携して活動していれば、救えたはずの命がある」ーー。こう話すのは、元警察官僚でNPO法人「シンクキッズ」の代表理事を務める後藤啓二弁護士だ。
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後藤弁護士は子どもの虐待死を防ぐため、児童相談所(児相)と警察がすべての虐待事案について情報を共有し、連携して活動する必要性を訴え続けてきた。
相次ぐ虐待死の事件を受け、全件共有を実施する自治体は増えつつある。しかし、東京都や千葉県、福岡県、福岡市などは後ろ向きだという。なぜ、連携が進まないのか。後藤弁護士に話を聞いた。
警察と情報を全件共有することに消極的な自治体や児相などからは「福祉的な支援がおこないにくくなる」「親との信頼関係が損なわれる」という声が上がることもあるという。
後藤弁護士は「第一に救うべきは子どもです。親との信頼関係を優先させることで、命を落としてしまう子どもがいる」と警鐘を鳴らし、次のように訴えている。
「警察との全件共有と、連携しての活動に否定的な理由を突き詰めると『親がこわく、親に怒られたくない』という問題があると思います。親がこわいと思うのは、警察官でない児相の職員には仕方ないことです。
ただ、こわいからといって、親に屈して子どもを危険にさらしてはなりません。児相だけで虐待事案を抱え込むことは無理があります。だからこそ、警察と連携してほしい」
後藤弁護士は、児相が「虐待ではない」「緊急性が低い」と判断した案件で、虐待死が多発していることを問題視する。そして、「児相と警察が連携していれば、危険な兆候を見逃さずに防ぐことができた事件はたくさんあります。救えた命がある」と強調する。
2012年12月から2013年3月ごろまで、東京都足立区で、両親によって次男の玲空斗(りくと)ちゃん(当時3)がウサギ用ケージに閉じ込められた末にタオルで猿ぐつわをされ、窒息死。
2014年1月には東京都葛飾区で父親に暴行を受け、長女の愛羅(あいら)ちゃん(当時2)が亡くなった。ともに、事前に児相から警察への情報提供はなかったとされる。
後藤弁護士はこの2つの痛ましい事件について、児相と警察が連携していれば、「救えた命」だと考えている。
虐待の疑いについての通報先は児相に限らない。一般の人からは、警察に連絡がいくこともある。こうしたケースでは、警察から児相に情報提供することが重要だ。
しかし過去には、警察に虐待の疑いが通報されたのに、1人の幼女が亡くなったこともある。
2016年1月、埼玉県狭山市で母親と内縁の夫に虐待を受けた末に、次女の羽月(はづき)ちゃん(当時3)が亡くなった事件だ。羽月ちゃんが亡くなる前、通報を受けて現場に向かった警察官が「虐待はない」と判断し、児相に知らせていなかった。
警察庁はこの事件を教訓とし、虐待の疑いを持たなかった事件についてもすべて児相に知らせることを徹底するよう、各都道府県警に対し通知した(2016年4月1日付)。
「高知県では、県内で起きた虐待事件の反省を教訓に10年前から児相と市町村、警察、教育委員会などと全件共有と連携しての活動を実施しています。自分の県で救えたはずの命がある、そのような事件を教訓に警察と連携しよう、と改革に取り組む自治体も少なくありません」
児相と警察が連携し、情報を全件共有する動きは広がりつつある。現段階ですでに実施している自治体の数は17あり、実施に前向きな自治体も合わせると20以上になるという。
では、警察との全件共有と連携しての活動を実施することで、弊害は起きているのだろうか。
後藤弁護士によると、高知県では児相が警察に情報提供することで通告をためらうといった苦情や意見は特にないという。また、同じく全件共有を実施している茨城県でも支援をするうえで支障はなく、通告・相談数の減少傾向もみられないとのことだ。
一方、東京都や千葉県、福岡県、福岡市などは全件共有と連携しての活動に消極的だ。後藤弁護士はこれまで要望書を出してきたが、聞き入れてもらえなかったという。
「自治体によって、温度差があると感じています。東京・目黒区の結愛(ゆあ)ちゃんと千葉・野田市の心愛(みあ)ちゃんは、面会拒否、長期間欠席の際に児相が警察に連絡していれば、保護することができたはずです」
千葉県が後ろ向きな中、野田市の検証委員会の委員に選ばれた後藤弁護士。「心愛ちゃんの事件を教訓にしたいという市長の話を聞き、本気なのだと感じました。野田市が全国のモデルとなるようにしていきたい」と意気込む。
アメリカやイギリスではさまざまな機関が連携し、チームを組んで児童虐待の防止に取り組んでいる。アメリカの児童相談所にあたるCPS(Child Protective Services)はすべての虐待事案の情報をデータベースに記録し、警察と共有している。
「欧米ではあらゆる機関が『子どもを守る』という共通の目的意識を強く持っています。日本でも児相と警察の目的は同じ『子どもを守る』ことなのですが、『児相と警察は目的が違う』といって連携しようとしない児相が少なくないのが現状です。組織をこえて連携し、子どもを守るためになにが最善なのかをともに考えていくべきです。
もちろん、全件共有を実施するだけで、すべての虐待事案を防ぐことはできません。やるべきことは山ほどあります。警察との情報共有はその第一歩にすぎません。緊急に必要な対策です」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
後藤 啓二(ごとう・けいじ)弁護士
1982年警察庁入庁、大阪府警生活安全部長や内閣参事官などを歴任し2005年に退官。在職中に司法試験に合格。NPO「シンクキッズ」代表理事。犯罪被害者支援、子ども虐待・児童ポルノ問題などに取り組む。著書に『子どもが守られる社会に』(2019年)など。
事務所名:後藤コンプライアンス法律事務所
事務所URL:http://www.law-goto.com/