■配信開始から異例の早さでシーズン2の製作が決定した英発のNetflixオリジナル作品
ひょんなことから学校でも有名なバッドガール・メイヴと知り合いになった童貞の男子高校生オーティス。彼の「才能」を見抜いたメイヴと共に、同級生たちの性の悩み相談に乗る秘密の「セックス問題相談クリニック」を開くことに――。
Netflixで配信されているイギリス発のオリジナルドラマ『セックス・エデュケーション』の物語はそんな出来事から始まる。Netflixの発表によれば、1月の配信開始から4週間で4000万を超える世帯が視聴したとみられており、すでにシーズン2の製作も決定している話題作だ。
タイトルは直訳すると「性教育」。ムーアデール高校を舞台に、童貞の主人公と、セックスに興味津々で悩みも尽きないティーンエイジャーたちが織りなす青春物語は一見すると下ネタ満載のおバカコメディーのようだ。しかし、その枠にとどまらない繊細で重層的なキャラクター描写と物語が、より多くの視聴者を惹きつけた要因だろう。
■恋愛、セックス、親子関係、アイデンティティー……時に滑稽で切実なティーンの尽きない悩み
主人公のオーティス(エイサ・バターフィールド)は、自宅でセックスセラピストとして働く母親ジーン(ジリアン・アンダーソン)と2人暮らし。家にはジーンが連れ込んだ男性が頻繁に行き来している。オーティス自身はマスターベーションができないという悩みを抱えており、母親もそれに気づきつつもつい息子に過干渉していまい、疎まれている。彼は新学期に燃える親友のエリック(ンクーティ・ガトワ)とは対照的に、誰にも気づかれず部屋の隅にいる男でいたい、と願っているが、秘密のクリニックの開設を持ちかけるメイヴ(エマ・マッキー)との出会いが状況を変えていく。
好きな相手がどうしても振り向いてくれない、相手のことを好きなはずなのにセックスがうまくいかない、いつも相手を喜ばせることだけを考えていたから、自分が相手にどうしてほしいかわからない……オーティスのクリニックを訪れる同級生たちの悩みは時に滑稽でありながら切実だ。また親からのプレッシャー、予期せぬ妊娠と中絶、リベンジポルノ、クィアアイデンティティーなど、様々な立場に置かれたティーンエイジャーの葛藤が多様な登場人物たちの姿を通して語られる。
■多様で豊かなキャラクター描写。この中の誰かは自分かもしれない――
登場するキャラクターの多様さは本作の大きな魅力の1つだ。
両親の離婚の原因にトラウマを抱え、自分自身も悩みを抱える主人公のオーティス、学校でただ2人だけゲイを公言している生徒のうちの1人である親友エリック、家庭環境に恵まれないメイヴの3人が物語上のメインキャラクターだが、学校の一番「イケてる」グループに所属しながらも馴染みきれていないエイミーや、誰とでも良いから早く初体験を済ませたいリリー、いじめっ子のアダム、生徒会長で水泳チームのエースであるジャクソンといった彼らを取り巻く人物たちの背景も豊かに描かれている。
たとえば校長の息子で、みんなから恐れられるいじめっ子であるアダムも、父親の期待に応えられずフラストレーションを溜めているし、ナードなオーティスとは正反対の人気者・ジャクソンにも親や学校からのプレッシャーに押しつぶされそうになり、両親が離婚しそうだという不安にも駆られている側面があることがわかる。ナードとジョックスといったスクールカーストの典型ではなく、登場人物一人ひとりに様々な角度から光が当てられている。視聴者にとって、この物語に登場する誰かは自分である、と思えるような親しみやすさがどのキャラクターにもあるのだ。
■主人公の親友エリック。「『ゲイの親友』『黒人の親友』のカリカチュアにならないことが重要だった」
多彩な登場人物の中でもとりわけ際立つ魅力を放っているのが、ンクーティ・ガトワ演じる主人公の親友エリックだろう。
エリックは保守的な黒人の移民の家族に囲まれて育った。学校ではゲイであることをカムアウトしており、派手なファッションを好んで時にはメイクを楽しむ彼は、オーティスとの友情や、社会の冷たい視線、「人と違う」彼を心配する父親との関係などに悩み、自身のアイデンティティーに揺れる。それでも「なぜそんな風にしなければいけない? お前に傷ついてほしくない」と語る父親に、メイクをして好きなファッションで着飾ったエリックが「いずれにせよ傷つく。だったら自分らしくいた方が良い」と言い返すシーンは本作のハイライトの1つだ。
黒人でゲイのティーンエイジャーという役柄を演じるにあたって大きな責任を感じていたというガトワは、エリックというキャラクターをステレオタイプにとらわれない描き方で表現することが重要だったとインタビューで語っている。
「多くの人がエリックを見て、彼の中に自分を見出すだろうと思ったから、彼をちゃんと表現したかった。エリックがカリカチュアじゃないってことが重要だった。これまで『ゲイの親友』とか『黒人の親友』のカリカチュアをたくさん見せられてきたけど、そこからは本当に離れたかったんだ。
ローリー・ナン(本作のクリエイター)は本当にすごいよ。エリックをコミックリリーフにしてしまう恐れもあったわけだけど、多面的で包括的なゲイの黒人のキャラクターを作り上げた」
■スクリーンの中の「有害な男らしさ」、男性同士の友情やセックスの語り方にも一石を投じる
ローリー・ナンは本作が多くの視聴者を獲得した理由を、作品――特に男性のメインキャラクターたち――が含む「脆さ、繊細さ」と「正直さ」にあると分析している。それを象徴しているのが、エリックやオーティスといった男性の登場人物の間で交わされるセックスについての会話だ。
ハリウッド・レポーター誌のインタビューの中でナンは、男性は性的なことに関する不安をオープンにすべきでないというような考えを支持して「有害な男らしさ」を強化してしまうようなことは避けたかったと明かしている。テレビや映画で男性キャラクターがセックスのことを話す時、からかったり、冗談を言い合ったりするような描写は見慣れた光景かもしれないが、ナンは男性間でセックスについて語り合う際に男性の弱さを打ち消してしまうことは、彼らのオープンな対話を否定することにつながると考えた。
オーティスとエリックは互いの性に関する悩みをからかい合ったりもするが、そこに悪意や傷つけようという意思があるようなニュアンスでは描かれていない。ナンは、互いの弱さや欠点を、相手に拒絶されるかもしれないという不安なしに安心してさらけ出せる男性同士の友情を描きたかったのだという。
オーティスは内気ではあるが、誰とでも分け隔てなくオープンなコミュニケーションを行なうことができる。ナンはオーティスのその力こそ、「有害な男らしさ」への1つの対策として捉え、その意味で「オーティスが若い男性の良き例になってくれるといいと思う」と話している。
エリック役を演じたガトワも先述のインタビュー内で、「この作品は様々な点で『男らしさ』の問題を扱っているが、僕らが示したかったのは――そして示せてたら良いと思っているのは――『男らしさ』にはたくさんの側面があって、強くなるためのたった1つの方法なんてないんだっていうこと」と語っている。
本作はティーンの抱える多様で複雑な悩みを、あくまでもコミカルなトーンを保ちながら繊細に描き出すことに成功している。そればかりか近年、再定義が促され始めている「男らしさ」にまつわる議論にも足を踏み入れ、男性同士の友情やセックスを語る男性キャラの描写に一石を投じている。劇中でムーアデール高校の生徒たちはセックスについて悩み、失敗し、学んで成長していく。本作『セックス・エデュケーション』は、登場人物にとってだけでなく視聴者にとっても「性」にまつわる多くの学びのメッセージを含んでいる。